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第二話 青年と副官A


タブレットが打ちづらくて泣きそうです。

第二話




回廊の手すりに腰掛け、さぁどうするかと首を捻る。




ある程度竹簡の山を崩したところで、


ーーなんで俺は刺史の政務を自然に手伝っているのか。


という事に今更ながらに気付いた四季は適当な事を言って逃げて来ていた。



時折前を通り過ぎようとする官吏の挨拶に適当な返事を返しながら、思考を沈ませる。




春蘭は賊討伐、華琳の所からはたった今逃げたばかりだ。


となると暇を潰せる相手は必然的に限られてくる。



「秋蘭のとこに行ったら...駄目だ、強制的に夜まで楽しい楽しい文官作業確定だわ」



誰に言うわけでもなく、こそりと呟く。



四季の記憶が確かならば、今頃秋蘭は文官達と政務に没頭している筈だ。


そんな場所に顔を出したら秋蘭にも文官にも縋り付かれる事は明白。



別にやる事もないし手伝う事も(やぶさ)かでないのだが、なにせ先程華琳の所から逃げ出してきたばかりだ。


折角の休暇なのだから、少しは休暇らしい事をしてから手伝いたい。



ーー街で適当な差し入れでも買って持って行くか。



行ったら最後、あの魔窟からは夜まで逃れられないだろうがまぁ良い。



そこまで考えて腰を上げる。そのままどこへともなく視線を向け、



(いつき)。」



一言だけ呟いた瞬間。



まるで最初からそこに居たかのように、四季の真横に全身黒ずくめの男が立っていた。


黒いマフラーのようなもので首から口にかけては隠され、長い金髪に隠れた目からは何も窺えず、何を考えているのかすらも分からない。



そんな男の出現に、四季はさして驚いた素振りも見せずに目線を向ける。




「よう、暇なら警邏ついでに街出るの付き合わね? 山紫(さんし)は確か調練の指揮してるから放置してくけど」



「......................」




何も喋らず微動だにしていなかった男だったが、やがて首を微かに縦に動かした。



この男、名は鄧艾(とうがい)、字は士載(しさい)、真名を樹という。


多忙を極める四季の二人居る副官の一人として四季を支えている。



文武共に優れ、将の一人として取り立てられても可笑しくはないのだが。


本人がそれを固辞し、あくまでも四季の下で働く意思を見せた為に華琳も無理強いはせず、現在の地位に留まっている。


副官に収まっている理由の一つには、基本的に全く口を開かず、意思疎通が一部の人間にしか出来ないというのもあるだろうが。




「うっし!じゃ、行くか」



四季がニカッと笑って歩き出すと、その数歩後ろを音も立てずに追随する。



片方は表情をコロコロと変えながらもう片方に喋りかけ、もう片方は何も口にも顔にも出さず、時折首をほんの少し縦か横かに動かすのみ。



そんな道中なのにも関わらず、その二人はどこか楽しげで。



そんな珍妙な、けれど陳留では当たり前になった光景があった。
















ーーーー四季が樹と街へ向かっている最中。



華琳は無言で政務を続けていた。


今ではほんの少しの量になった竹簡に手を伸ばしながら、華琳は先程まで居た男を思う。




いつもと同じ執務室が、少し広く感じた。




男は 「ちょっと誇りどっかに落としてきたから探してくる」 などと訳の分からない事をのたまい、

華琳の唇にそっと己の唇を落とすと慌てて出て行った。


大方、自然な流れで刺史の職務をやってしまっている自分に気付いて焦ったのだろう。



ーー今まで何度もやっているのだから、今更という気もするけど。



そもそもそこいらで落とすような誇りなどとっくに侍女に掃除されてしまっているだろうに。


四季のあの慌てた顔を思い浮かべてクスクスと笑みを漏らす。



そして同時にどこか心配にもなる。


先程仕事を手伝わせた自分が思う事ではないのかもしれないが、 休息はきちんと取れているのか、と。





『あれ』は根本的に善人だ。


困っている者が居れば寝覚めが悪いだとか適当な理由をつけて、必ず手を差し延べる。


そしてあれは基本的に一人で何でも出来てしまう。出来てしまうのだ。




自分も含め、どれだけの者が寄り掛かってしまっているのだろうか。


どれだけの重荷になっているのだろうか。


そして、彼は誰に寄り掛かっているのだろうか。






刺史に就任してから今まで、随分と周りに無理をさせてしまったものだと少女は思う。



刺史就任直後の大粛清。

あれから一年以上過ぎた今でも、その弊害は果てしない。



本当は、華琳とて怒りを感じつつも四季や秋蘭の陳言が最善だと分かっていた。


暫くは誰もが新刺史の目を気にして、大それた事はしないだろうという事も。




ーーただ、許せなかった。



ーー『彼』と同じ男が、そんな巫山戯た事をしているという事実が。



ーーそんな男が自分の下に居るという事実が。



ーー街の姿を見た『彼』に、あんな表情をさせた者達が。



ーー『彼』の優しい笑顔を曇らせる存在全てが。




ーーーー少女には、許せなかったのだ。




随分、昔と比べると変わったなと苦笑する。


四季と出会うまでの華琳にとって、男など路傍の石と同義だった。



それが今ではこうだ。我ながら安い女だと自嘲する。


けれど、不思議と不快には感じない。







ーー今度、暇が出来たら久し振りに二人で街にでも出ようかしら。


四季が、春蘭が、秋蘭が。皆が心血を注いで立て直した街を、二人で語らいながら見て回って。


茶屋で一息ついて。道歩く人々を眺めて。


彼に自分の服を選ばせて。彼の服は私が選んで。次の逢瀬の時にはその服を着よう。


夕餉は久しぶりに腕を振るおう。暫く作ってないが、腕は錆び付いてはいないはず。


夕餉を終えたら同じ寝台で抱き合って眠ろう。きっと最高の目覚めになる。






今より少しだけ先の未来に、少女は思いを馳せる。


それだけで、長い政務で重くなった肩が軽くなった気がした。


いつの間にやら置いていた筆を手に取り、再び覇王は竹簡と睨み合う。





少しでも早く、その未来にたどり着く為に。







もうこれ名前無しでいいんじゃねーかな。

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