魔法少年やりませんか? 03
「………………」
架恋が帰ってくるまであと二時間ほど。今日もあと二時間で終わるという時間。つまり夜の十時過ぎ。
僕は部屋の中で立ちつくしていた。
目の前の光景に頭が付いていかないとき、人間というイキモノは言葉を発せなくなるらしい。
そこは、見慣れた部屋だった。
僕と架恋の、八畳一間。部屋の三分の二はBLアイテムで埋め尽くされている拷問空間。
それはいい。この十七年の生活でわりと慣れた。
しかしそれだけではない、見慣れない物体がこの部屋には存在していた。
物体、というべきか。生き物、というべきか。ちょっと判断しづらいものがある。
僕が宿題を終えて一風呂浴びてきたところで、部屋の中には黒い猫がいたのだ。
ただの猫ならまあ、どこからか這入り込んだのだろうと考えることができる。しかし目の前にいる猫はただの猫ではない。
まず、浮いている。
ふよふよと、浮いている。
猫は宙に浮かんだりはしない。……猫じゃなくとも、羽根や翼のないモノは重力の縛りから逃れることはできない。……少なくとも大抵の場合は。……そういえば蚊って、あれ羽根も翼もなかったような気がするけど、いまはどうでもいいか。
しかし目の前の物体……もとい猫は浮いていた。
しかもそれだけじゃない。
ソレは猫でありながら猫ではなかった。
形は猫で間違いないのだが、その造形が生物として不自然過ぎる。少なくとも本物の猫は、あんなに丸々していない。むしろこの形は猫のぬいぐるみだと言われた方がしっくりとくる。
黒猫のぬいぐるみ。
しかし一般的常識に照らし合わせてみても、ぬいぐるみは宙に浮かんだりはしないのではないだろうか。
つまり、これは猫でも猫のぬいぐるみでもない『何か』だった。
そして、極めつけにそれは僕に向かって、
「魔法少年、やりませんか?」
などと喋りやがったのだ。
……やらねえよ。