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死のクリスマスイブ・8

   八


 坂本伸一・三十九歳

   KINIC株式会社 係長

   旭台衆応2-5-7

   05214-3364-154

   ランク・C


 富士川義幸・二十八歳

   私立川越高校 教員

   境八日町牛込65-7-3

   06528-1473-581

   ランク・B


 波川稔・四十二歳

   IMM 技術研究所 課長

   石沢亜栗42-883-1

   10571-2010-112

   ランク・C


 立花勇作・三十一歳

   港橋警察署勤務

   穂墨区高城8-69-44

   2102-5860-3236

   ランク・AA


 風間克行・二十六歳

   KCS株式会社

   八坂区背能85-5-67

   0137-5671-4207

   ランク・C


 碓井正隆・十九歳

   八野倉大学二年

   石鷹区駆詰42-44-82

    メゾンWATASE202号室

   0150-8884-2956

   ランク・C


 乱れたベッドに寄りかかりビールを飲みながら、克行はベッド脇にある電気スタンドの小さな明かりで涼子の置いていったリスト(「殺人者リスト」、涼子と克行の二人はこの麻美の命を握る克行を含めた六名のリストをそう呼ぶことに決めた)に見入っていた。

 気のせいかほのかに涼子のつけていた香水の香りが、まだベッドに残っているように感じられる。ほんの少し麻美にたいして後ろめたさを感じていた。

 おまえは自分の恋人が危険にさらされようとしているのに何をやっているんだ? それともこのまま麻美のことなど忘れてしまって涼子とよりを戻すつもりか?

 まだ涼子の白く豊かな乳房の感触が、そしてあの時の彼女の声もまたはっきりと記憶に残っている。

(早く忘れてしまえ!)

 涼子とのことはどうせ、一夜のことに過ぎない。そもそも、このまま涼子とよりを戻す気持ちなどまったくないのだ。

――愛してるわ……私が克行を守ってあげる。

 帰り際に耳元で囁いた涼子の声が頭に響き、克行は頭を押さえた。

 忘れるんだ! 今考えなきゃいけないのは殺人者リストのなかにある特権者からいかにして麻美を守るかということだけだ。

 克行はいっきに飲みかけのビールを飲み干すと、再びキッチンの冷蔵庫のなかからもう二罐取り出してきた。アルコールの力で全てを忘れ去ってしまいたかった。すでに四罐、飲み干しており、かなり酔いがまわってきているのは自覚しているが、それでもまだ足りないように思えた。無意識のうちに指でカタカタとテーブルを小刻みに叩いていることに気づいた。煙草が吸いたかった。銘柄などはなんでも良い。とにかく煙草を口にしたい欲求にかられていた。三年前にやめて以来ずっと口にしていない。以前ならば買い置きの煙草がいつもどこかにあったのだが、今では微かな煙草の匂いすらしていない。かといって今から買いに行くわけにはいかない。情けないことに、彼はアルコールにまるで強くなかった。これから煙草を買いに行こうとすればおそらく幾段も連なる階段を一階まで無事に下りることはとても危険な賭けになるだろう。もし無事に自動販売機まで行ったとしても帰ってこられる保証はない。克行はじっと我慢し、煙りの代わりにアルコールを体のなかに流しこんだ。ビールで足りなければとっておきのウィスキーを開ければいい。

(それにしても……)

 何か強い意志によって自分の運命が決められているようなそんな不安を克行は覚えていた。

 先日は自らの会社の上司や同僚、そして恋人の名前を特命者リストのなかに発見し、今日は協力会社の上役、顧客先の課長の名前を特権者リストに見つけることになった。KINIC株式会社の坂本、IMMの波川がそれだった。二人とも一年くらい前から仕事を通じて知り合い、現在でもよく仕事で顔をあわせる。坂本にいたっては今日も電話で話をしたばかりだ。

(彼らが特権者だったなんて……)

 自分の回りの人間関係がほんの二、三日の間にぼろぼろと崩れ去って行くような感じがした。

 もう一度特権者リストを見つめてから克行はおもむろにビールの罐を開け、半分ほどグビグビと飲んだ。アルコールが体のなかで暴れているのがわかる。このままのペース飲み続ければ、一時間後には確実に胃に納まっているものは全て外へと放出されるだろう。それがわかっていても、克行は飲み続けることを望んだ。

 逃げ出してしまいたい……

 このまま麻美のことも特権者優遇計画のことも全て忘れて逃げ出せたならどれほど楽になれるだろう。なによりも今回の特権者優遇計画は危険すぎる。それは涼子に言われるまでもなく、麻美の名前をリストに見た時から克行にも本能的に感じていた。なぜだか自分が特権者優遇計画の全ての中心に位置しているようにさえ思えた。

 この特権者優遇計画には何者かの大きな意志が働いている。それが国家の意志なのか、それとももっと別の誰かの意志なのかそれはわからない。だが、それでも大きな意志が働いて克行に「死」という素敵なプレゼントを送ろうとしている。

 イバラの鞭を持ったサンタクロースのプレゼント。この年齢になって再び現れた悪夢のサンタクロース。特権者というそりに引かれ、袋のなかには多くの「死」が入っている。爽やかな笑顔を振りまいてサンタクロースは言うだろう。『年に一度のクリスマス。サンタクロースからのプレゼントをさあどうぞ』それからおもむろに袋を開けて黒光りする拳銃を取り出す。そして、爽やかな笑顔はそのままに拳銃を乱射する。

 それはあまりに馬鹿げていて、見ている人々はショーだと思って喜ぶだろう。ああ、何て素晴らしいクリスマス、何て愉快なクリスマス。それが現実だとわかっているのはサンタクロースとそりを引いてる特権者たち、そして殺された人々。

 今年は自分もそのショーに加わろうとしている。

(忘れてしまえ!)

 それなら本当に忘れてしまうか? 麻美のことなど過去のことと葬ってしまうか? そして麻美が無事に生き延びたことを知ったならばまた戻ってくればいい。おまえなら出来るじゃないか。涼子にやったことをやればいいんだ。

 ちくしょう!

 再びビールにしがみつき、一気に残りを飲み干した。そして、すぐに次のビールへ手を延ばす。いよいよもって世界は回り始め、体は克行に警告を促す。克行はその警告を快く無視した。

 克行は自分を含めた殺人者リストを改めてまじまじと見つめた。文字がふにゃふにゃと踊って読める。

 しかし、何よりもその殺人者リストのなかで目をひいたのはあの立花勇作の名前だった。しかも彼の特権者としてのランクはAA、つまり最も優れていると評価されている。涼子の話ではランクAの特権者でも数人いるだけでAAというのは涼子も初めて見たと言っていた。そんな男を克行は相手にしなければいけないのだ。

 俺はあいつに勝てるのか?

 克行はふと立花の姿を思い描いた。警察官として十分なまでにがっちりした体、そしてあのどこか神経質そうな身のこなし、まともにやりあって勝てるとはとうてい思えなかった。ただ一つ克行が有利な点といえば立花がこれほどの特権者優遇計画に対しての情報を得ていないだろうということだけだ。しかし、それでも克行にはあの男の死体の姿を想像することは出来なかった。

 あいつが麻美を狙わないことを祈るだけだ……

 全てのものを投げ捨ててでも麻美を守りたいと克行は思った。そのためならばどんなことをしてもいいと本気で思った。もし、立花が部長の命を狙うならばそれを手伝ってもいいと、いや、会社の人間全ての命をくれてやってもいいとさえ思った。

「麻美……」

 克行はぼんやりと宙を見据え、麻美のことを思った。

 麻美はどう思うだろう。俺が特権者となったことを、そして彼女が特命者として俺のリストに載ったことを……

 告げたくはなかった。だが、そんなわけにはいかない。麻美のためにも、そしてこれからのためにも彼女に話さなければいけない。アルコールがまわり朦朧とする意識のなかで彼女のことをなんとしてでも守ってみせると克行は誓った。

 時計の針はすでに午前二時をまわろうとしている。


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