死のクリスマスイブ・28
二十八
克行の帰りを麻美は心待ちにしていたかのように出迎えてくれた。
克行は両腕で麻美の手をきつく握りしめた。
麻美は何も聞こうとしなかった。克行も強いて涼子のことを伝えようとは思わなかった。何よりも涼子の死のことを麻美に話したくなかった。その麻美の様子がどこかおかしいことに克行は気づかなかった。
「終わったのね」
つぶやくような声で麻美が言った。その顔はやけに白く、疲れているような様子が見受けられた。もしも、克行がいつもの冷静さで麻美をそして部屋を見ていたならばその様子がいつもと違うことにすぐに気づいたことだろう。だが、今の克行にその冷静さはなかった。
「そう……全て終わったんだ」
克行はぼんやりとソファに座ると全ての特権者が消えたリストをじっと見つめた。もう麻美を狙う特権者はいない。そして、今年の特権者優遇計画もじきに終了する。
ふいに涼子のことが思い出された。
(あいつが助けてくれたんだ。あいつがいてくれなければ俺はどうすることも出来なかった)
悲しみで克行に冷静さを取り戻した。そして、克行はやっと部屋の様子がいつもと違うことに気づいた。
本や衣服が乱雑に散らばっている。奇麗好きの麻美には珍しいことだ。
ベッドの下の小さな闇のなかに青い一対の目が見えた。それはすぐに猫のルシファーだということがわかった。克行が来ている時にはいつもベッドの下に隠れている。しかし、今日はいつもとは様子が違った。しっぽを微かに揺らしながらルシファーは何かにじゃれつくようにしてベッドの下からのっそりと姿を現した。
その瞬間、克行の鼓動はいっそう激しくなった。
ルシファーの姿を見たからではない。そのじゃれついているものが目に飛び込んできたからだ。
克行はそっとそれを広いあげた。ルシファーが非難を込めた鳴き声を発したが、それは克行の耳には届いていなかった。
それは金色の弾丸の一発だった。弾丸には克行の持つそれと同じようにコードが刻まれている。
(なぜこいつがここに?)
克行はそのままの状態でそっと視線を動かしさらに注意深く部屋の様子をうかがった。コートの胸のあたりが焼け焦げ、ベッドの下に隠すように突っ込んである。
(焼け焦げ……?)
階段を登ってくる途中に頭をよぎった不吉な考えが再び思い出される。
克行はそっと手を伸ばすとコートを無理やり引き抜いた。
血が微かにこびりついている。
――スタンガンよ。FBC2X、あなたも名前くらい知ってるでしょう。
――姉もスタンガンを発射したあとはあったんですけど……。
――涼子が来ることになってるんだ。
――涼子さんいつ克行のところに行くの?
(嘘だ……そんな馬鹿なことが……)
粉々に散ったジグソーパズルの欠片がしだいに一ヶ所に集まっていく。まだあちこちが穴だらけのジグソーパズル。そのパズルが出来上がることが克行には怖かった。
克行は必死になって考えを打ち消そうとした。だが、考えれば考えるほど全ての答えがそこに集まってくる。
(なぜだ? なぜ、俺がこんなものを見つけなきゃいけないんだ? ルシファー、おまえは俺を地獄へ落とすことが出来る!)
目の前をうろつくこのうす汚い黒猫の体中に残った弾丸全てを撃ちこんでやりたい衝動にかられた。しかし、そんなことをしてみてもどうにもならないのがわかっている。
パズルの欠片がこれ以上現れないことを克行は祈った。だが、その反面心の奥底で見えない欠片を捜そうとしていることにも気づいていた。そして、それがどこにあかということも。
左腕が今になって痛みだし、激しく克行を襲っていた。
背後からガチャリと拳銃のシリンダーの回る音が聞こえてきた。
「……麻美……」
やっとの思いで声を絞り出した。
「ごめんね……」
窓ガラスに麻美の姿が映ってみえた。その手には拳銃が握られている。拳銃は克行の物と同じように特権者優遇計画に使われる物のように見えた。拳銃は真っ直ぐに克行に狙いをつけている。
また欠片の一つが集まり始めた。もう逃げることなど出来ない。
(さあ、残ったピースを渡してもらおうじゃないか)
「……どういうことなんだ?」
窓ガラスに映った麻美の姿を見ながら克行は尋ねた。ガラスの向こう側で雪が舞いはじめている。
「……」
「……答えろよ。まさか……おまえが……おまえが涼子を?」
「……」
「涼子を殺したのはおまえなのか? これはその時の跡なのか?」
「……そうよ」
小さな声で麻美は答えた。
「なぜなんだ?」
「あの人は知ってはいけないことを知ってしまった。そして、それをあなたにまで伝えようとしたわ」
「あいつは俺のために、そしておまえのためにいろいろ調べてくれたんだ」
「でも結果的にあの人は余計なことをしてしまったのよ」
「余計なこと? いったいあいつは何を知っていたんだ?」
「……」
「答えてくれ……俺はおまえのために人を殺したんだ。知る権利くらいあるだろう」
「そうね。あなたは私のために特権者たちを殺してくれた。本当は全てさっきで終わっていれば良かったのよ。あなたは裏のことなど何も知らないのが……いえ、それよりあなたが特権者に選ばれさえしなければ一番良かったのよ」
「おまえ、何を知ってるんだ?」
「おそらく全てについて……それにね、私が特命者に選ばれたことは克行に伝えられる前から知っていたことなの」
「前から?」
「そうよ。以前、克行に父さんのこと話したことあったでしょう」
「公務員だって言ってた」
「そうよ、国家公務員。ただ、普通の公務員じゃないの。政府の裏に回っていろいろと政治家のやるようなこともやっているの。例えは――」
「――特権者優遇計画?」
「そう、特権者優遇計画。父さんは昨年まで国家委員会の委員長だった。だって特権者優遇計画を考えだしたのも父さんだもの。だから今でも少しは情報が入ってくるの。克行が教えてくれる前に父さんから手紙が届いて私が特命者に選ばれること教えてくれたの」
特権者に選ばれたことを麻美に伝えた夜、麻美が慌てて隠した手紙のことを克行は思い出した。
「なぜ? なぜそんなおまえが特命者に選ばれたりしたんだ?」
「父さんが失脚したの。委員会にもいろいろと勢力があって、父さんは新しい力によって委員長を解任されたの」
悔しそうな麻美の声が背中に伝わる。
「……」
「そして、私は父さんに恨みを持つ人によって特命者に加えられたのよ。私と父さんが逃げのびるには私を狙う特権者たちを全て殺さなければならなかったの」
「全て? それならもう全てが消えた」
「そうあなたを除く特権者たちがね」
声がやけに冷たい。
「俺のことも殺すつもりか?」
「本当は殺したくなんかない。でも、私もまだ死にたくないの」
「俺がおまえのことを殺すとでも思っているのか?」
思わず克行は叫んだ。
「いいえ、あなたが私を殺すなんて思ってはいないわ。でも、私が生きるためにはあなたの死が必要なのよ」
「なぜだ?」
「それがシークレットファイルの内容だから……」
「シークレットファイル?」
「そうよ、シークレットファイルには私の父のこと、そして、私のことが書かれていたのよ。私の父は特権者優遇計画国家委員会の前・委員長。そして私はその手伝いをして多くの特権者たちを集めていた。そして父の失脚のため私は特命者リストに名前を載せられたのよ。けれど一つだけチャンスが与えられた。私を殺す予定になっている特権者たち、その全てを殺すことによって私も、父も、そして家族たちも元どおりの生活が出来るようになるの」
「何だって?」
「立花も私が見つけ出した特権者よ」
「立花が?」
「私はあの男の名前をあなたの言う殺人者リストのなかに見たとき、これはチャンスだと思った。立花を使って特権者たちを殺すことが出来るって。その時はまだシークレットファイルのなかを知らなかったから、私自身を守るために必要だと思ってた。この拳銃はあの男のものよ。いざという時のためにあの男から預かっていたの」
克行は先日、麻美の部屋に訪れた時のことを思い出した。波川、坂本を殺したあと麻美のマンションに来る途中、立花の姿を見かけたような気がしたことを……。
富士川を殺すときになぜ拳銃を使わなかったかがこれでわかった。おそらく桜川部長を殺したのは別の特権者だったのだろう。
「なぜあんな奴を……」
悔しかった。自分のことではなく、立花のほうを信頼した麻美の気持ちが悔しく感じられた。
「あなたはよくやってくれた。あなたがあそこまでやってくれるとは思わなかったわ。本当なら立花に全て任せようと思っていたのに大半はあなたが殺してくれた。でもかえって私はあなたが怖くなった。立花は私が見つけた男よ。私があの男に特権者という権利を与えた。だからあの男は私を絶対裏切らない。でもあなたは違う。いくら私を愛してくれていても私を殺さないという保証はどこにもないわ」
「そんな……」
「金曜も立花が来ていたのよ。本当ならあの男にあなたのことを殺してもらおうと思っていたの。でも考え直したわ。あなたはやっぱり私が殺す。あなたのことは他の誰にも殺させるわけにはいかない」
「立花も殺すつもりでいたのか? 君が助かるには君を殺す可能性のある5人全てを殺さなければいけないんだろう。それともあの男だけは特別だとでも?」
「殺したわ」
「何だって? あいつは事故で--」
「いいえ、事故なんかじゃないわ。見える?」
克行がガラス窓に映っている麻美を見ていることを知って彼女は克行に小さなガラス瓶を軽くあげてみせた。右手は相変わらず克行に拳銃を向けつづけている。
「それは?」
「SDSKっていう薬。ほんの少量でも人が死ぬには十分な強い毒薬よ。しかも飲んでからすぐではなく一、二時間過ぎてから突然苦しみに襲われる。まだ政府内でも一部の人しか知らない暗殺用の薬。解剖によっても毒殺だとは判定出来ない。あの日、立花にはコーヒーといっしょにこれを飲んでもらったの。あなたにも出来たらこれを飲んで欲しい。そして全てを終わりにしましょう」
「本気で俺を殺すつもりか?」
「本気よ、あなたたち5人の特権者の命によって私は救われるの」
確かに麻美の目は真剣だった。その真剣な眼差しが克行の心のなかに憎悪に似た感情を生み出した。
(なぜだ?)
今までの全てのものががらがらと崩れていく。そんな音が聞こえてくる。
「これを飲んでくれる?」
あんなに愛していた麻美の声がまるで悪魔の声に聞こえてくる。
「なぜ……涼子を殺した?」
「……」
「なぜ俺を騙した?」
「……」
「なぜだ!」
怒りの全てが麻美に向かって流れ出した。この二週間の苦しみ全ての原因が見つかったような感じがしていた。
「あなたにはわからないの? 苦しんだのはあなただけじゃない。私だって苦しみぬいたのよ。私だって好きで涼子さんのことを殺したわけじゃないわ! 私はあなたに私が特権者優遇計画を支えてきた人間ということを知られたくなかった。あなたに嫌われたくなかった。だからあの人に余計なことをして欲しくなかった」
「俺を嫌われたくない? 涼子がおまえのことを俺に伝えようと伝えまいとおまえは俺を殺すつもりだったんじゃないのか。現に今、こうして殺そうとしているじゃないか? それとも……最後まで俺を騙すつもりだったのか。全てを知られることなく、おまえのことを愛したままで俺は死んでいく。それがおまえの望みだったのか?」
ひょっとするとそれが一番の理想だったのかもしれない。心のどこかでそれに気づいていた。だが、今となってはもう遅い。全ては動き出してしまった。
克行は振り返った。その怒りに満ちた目で麻美を睨んだ。麻美もまた避ける事なくその目を見つめ返した。その目にいくぶん怯えた感じがあった。
「あなたはそんなにまであの人を信じているの?」
「どういう……ことだ?」
「私がどうしてシークレットファイルの中身を知っていたと思うの?」
「?」
頭のなかを黒い靄が渦巻いている。
今まで気づかなかったが確かにおかしい。麻美が涼子を殺し、シークレットファイルを奪ったのは昨夜のことのはずだ。それなのに麻美の口ぶりではそれ以前にシークレットファイルの中身を知っていたことになる。だからこそ立花を使い富士川を殺させたんだ。それに本来なら麻美が涼子を殺せるはずがないのだ。麻美は涼子の顔を知らない。ほんの一度か二度、名前があがったにすぎない。
(それなら……)
「気づかなかったみたいね。あの人はシークレットファイルの中身を知ると、あなたに伝えるよりも先に私に連絡をくれたのよ」
「君に? あいつが? なぜだ?」
「私を脅迫するために。シークレットファイルに書かれていることからあの人は私の立場を知った。そして、その結果あの人は私を脅迫したのよ」
「……馬鹿な」
「馬鹿なもんですか。あの人は確かに克行に深い思いを持っていたわ。いえ、あれは克行に対する愛情かもしれないわね」
麻美は意識したうえか愛情という言葉に力をこめた。涼子との関係を麻美は知ったのだろうか。「どちらにしても私に対するものじゃなかった。しかも、同時に野心家だった。公務員なんてつまらない職業に飽き飽きしてた彼女は私を脅し、新たな地位を要求したのよ。もちろんそれ相応のお金も同時にね。仕方なく私はそれをOKしたのよ。あなたにシークレットファイルの中身を教えないことを条件に。それなのに……あの人は私を裏切ったのよ! あんな人を殺したからって何だって言うのよ!」
――麻美さんのことは私に任せて。
涼子の言葉。
(任せてくれってそういうことか……)
信じ切っていただけに失望があった。確かに彼女は克行が問いつめるのを待っていた。麻美との契約で口を閉ざすことになっても、それでも克行に喋らなければいけないそれだけの理由を待っていた。
しかし、だからといって克行には涼子を責めることは出来なかった。責めることなど出来るはずがない。彼女はすでに死んでいる。特権者優遇計画に関わったために、そして克行に関わったために。
「それじゃ……あの時も……俺が訪ねていった時にはもう――」
「そうよ、知っていたわ」
水曜の夕方、麻美のマンションを訪ねていったときの事を克行は思い出していた。自分自身の精神的な疲れを隠し、克行を優しくいたわってくれたあの時の麻美の姿。だが、麻美はあの時にはもうシークレットファイルのことを知っていた。あの時にはすでに克行に対する殺意が存在していた。
「麻美……」
「確かに私も浅はかだったわ。どのみち私は家族を捨てることなんか出来ないのよ。あなたを切り捨てるしかないのよ。あなたを殺すことによって私は救われる。父さんも母さんも家族みんなが救われる」
麻美は迷いを打ち消すかのようにまっすぐに克行の顔に向けて拳銃を向けた。
手が震えている。
克行は今日、ここへ来て初めてまっすぐに麻美の顔を見た。目を赤くさせ、顔は真っ白に染まって今にも倒れそうに見える。
麻美の様子、部屋の様子、全てが麻美の苦しみを物語っている。その様子に克行は自分がしくじったことを知った。
単なる特権者と特命者の関係だと思いこんでいた。その関係に苦しめられることを避けるためにほとんどといっていいくらい麻美と連絡を取ろうとしなかった。昨日ですらほとんど目をあわそうとしなかった。
(麻美の苦しみを俺はわかってあげられなかった)
もし、毎日のように一緒にいてあげられたならこんなことにはならなかったかもしれない。
「やめろ……やめるんだ」
静かに克行は語りかけた。
死に対する恐怖が麻美の頭をパニック状態にしている。その状態から少しでも救ってやりたいと思った。
「あなたも死ぬのは怖いでしょう。私だって怖いのよ。それに私だって私だけの命なら克行のために捨てることが出来るわ。でも……でも……」
涙が頬を伝わっていく。
「拳銃をおろせ」
「……お願い、薬を飲んで……。私だってあなたのことを殺したくないの。こ……こんなことになるならやっぱりあの男に頼めば良かった」
ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。麻美の苦しみが伝わってくる。
「……」
克行はゆっくりと首をふった。
麻美の苦しみは克行にもよくわかった。けれどこんな形で麻美との関係を終わらせたくなかった。それにこういう形で克行が死を選んだとしても麻美は自分の犯した罪に耐えることは出来ないだろう。
克行は麻美の左手首の包帯に気づいた。うっすらと赤く血がにじんでいる。
「……克行、なぜ? なぜわかってくれないの?」
「俺が死んでもおまえが救われるとは思わない。俺はおまえのためにこの一週間の間何人も殺した。だからこそ言えるんだ。おまえは人を殺すことなど出来ないんだ。おまえは俺を殺すことによって自分自身を殺すことになる」
「……そ、そんなことない。私は昨夜だってあの人のこと……涼子さんのことを殺したわ。私にも人は殺せる」
「けど、その罪の意識におまえ自身押しつぶされてるじゃないか」
「私が? そんなことない」
声が震えている。必死に恐怖を打ち払おうとしているように見える。
「麻美、拳銃をおろすんだ」
「……いやよ、私は死にたくなんかない。死ぬのは私じゃないわ、あなたよ。そうよ、あなたよ。あなたがみんないけないのよ。特権者になんか選ばれるから……私を殺す特権者になんか選ばれるから……だからこんなことになったのよ」
ふいに麻美の声のトーンが変わったように感じられた。やけに目が虚ろでさっきまでの目付きとは変わっている。
狂気の感覚。
克行は自分も感じたあの感覚を麻美も感じているのだと知った。
「よすんだ」
何度も何度も麻美を落ち着かそうと克行は声をかけた。しかし、それでも麻美の気持ちを変えることは出来ないことは克行にもわかっていた。克行はそっと右手をコートのポケットへいれると拳銃を握った。
「私は罪の意識なんか感じない。押しつぶされたりなんかしないわ! 人を殺したことなんか今に忘れることが出来る。きっとあなたのことも忘れられる。忘れてみせる!」
薬の瓶が麻美の手からぽろりと落ちて絨毯の上を転がっていく。麻美の決意が強くなっていく。麻美は拳銃を持ち変えると一度ブラウスで汗を拭い、改めて両手でしっかりと拳銃を握りしめた。
殺意がひしひしと伝わってくるのを克行は感じていた。
「麻美……」
「さよなら」
思いを打ち消すように麻美はつぶやき、その手に力がこもる。
時間が止まり、全てのものがまるで遠いものを見るように感じていた。
(死……死……死)
いいさ、死んでしまえばいい。どうせ、彼女を救ってはやれないんだ。コートのポケットのなかで克行は一度握った拳銃をそっと放した。
死を覚悟した。
だが次の瞬間麻美は突然奇妙な微笑みを浮かべた。それはいつもの少女のようなあどけない微笑みだった。そして、彼女は克行に向けた拳銃を、突然向きを変え、自らの胸に押し当てた。
「や……やめ――」
部屋のなかに轟音が轟く。
麻美の目がぼんやりと克行を見つめている。そして、ゆっくりと麻美の身体が崩れ落ちて行く。
「麻美!」
克行は崩れ落ちた麻美の身体を抱き起こした。
「……ご、ごめんね……」
溜め息にも似た声で麻美はつぶやいた。
「麻美!」
「……なぜ? なぜなの? なんで……こんなことになっちゃったのかしら」
「……」
「……克行」
ぎゅっと克行の腕にすがりつく。
「俺が……俺が死ねば良かったんだ」
苦しみを吐き出すように克行は言った。そんな克行を麻美はじっとすがりつき、見つめている。
「俺はおまえを助けるためにあいつらを殺してきた。おまえのためなら死んだって良かったんだ……おまえが望むなら……」
涙が溢れた。自分でも信じられないほど涙が次から次へとこぼれ落ちた。
ぽつりと麻美がつぶやいた。いや、つぶやいたような気がして克行は涙を拭い麻美の顔を見つめた。
だが、何も聞くことは出来なかった。その目は静かに閉じられ、すでに麻美の命は消えてしまっていた。
「……麻美? 麻美! あさみぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
あらん限りの力を込め克行は叫び続けた。麻美が生き返るわけでもなく、悲しみが救われるわけでもなかった。それでも叫ぶことによって自分の意識が暗闇に吸いこまれて行くことから逃げたかった。
一晩中、克行は麻美の体を抱き抱えたまま泣き叫び続けた。
ジングルベルが街に流れる。




