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死のクリスマスイブ・25

   二十五


 麻美のもとへ訪れたのは夜の10時を回った頃だった。

 すでに麻美の名前のはいったリストを持つ5人の特権者のうち3人が死んでいる。残るは克行と立花勇作の二人となった。

 そして今年の「特権者優遇計画」が終わるまであと二日と二時間。この期間麻美を守りぬけばすべてがうまくいく。

 立花の住所は知っている。正面から立花に勝負を挑むことも考えた。だが、立花が残る二日大人しく自宅にいるとも考えられなかった。むしろ麻美のマンションで彼女を護るほうが得策に思えた。

 それにしても……なぜ立花が富士川を殺したのか、その理由がまったくわからなかった。初めは偶然、立花の標的が富士川になっただけのようにも思えたが、しかし立花が通常狙うのは特命者だけのはずだ。特権者から外されるかもしれないという危険を犯してまでなぜ同じ特権者である富士川を殺さなければいけなかったのだろう。立花が富士川のことを知っていて個人的な感情で殺したのだとすればわからないこともない。しかし、それでもわからないのは立花が拳銃を使用しなかったことだ。あの時、克行は比較的冷静に富士川の死体を観察した。しかし、外傷といえばいくつか殴られたような痣が顔にあったようだが、直接的な死因はナイフで喉を切り裂かれたものしかない。拳銃で撃たれた形跡はどこにも見当たらなかった。

(なぜだ?)

 克行は首をひねった。

 拳銃の弾丸がすでになくなったのだろうか。もし幸運にもそうだとすれば立花はそれほど大きな敵ではなくなる。コードの刻みこまれた弾丸がなければ特権者としての殺人ではなく、個人的な殺人として法的にも罪として殺人者となるのだ。そう、立花が富士川を殺したのは立派な殺人という罪だ。しかし、克行にはどうしてもそんな楽観的な見方は出来なかった。むしろ、克行の知らない何かが克行の知らないところで動いている恐怖を感じていた。

 克行は麻美のマンションを訪れ、彼女をきつく抱き締めた。

「克行……」

 麻美のぬくもりが嫌なことすべてを忘れさせてくれる気がした。

(すべてを失っても麻美だけは助ける)

 そう決意していた。

 ここに来る前に始末した西崎の死体のことが思い出された。西崎の死体は血で汚れたカーペットに包まれ、さらに二ヶ月前に買ったばかりの冷蔵庫が入っていたダンボールに詰めこまれ、ゴミ捨て場に置かれている。

――もしもし、警察ですか? 今、ゴミ捨て場に一人の男の死体がダンボール箱に入って捨てられています。彼は特権者優遇計画によって削除されたのです。ええ、もちろん特命者です。彼の体の中には特権者コードの刻まれた弾丸が残っています。

 いずれ警察がやってきて西崎の死体は処分されることだろう。克行は西崎のことを忘れることにした。

 ベッドに眠る麻美の存在が心のささえになっていた。

 ソファに座り、拳銃を握ったまま克行は立花の影に備えていた。

 不思議に眠くならなかった。

 窓から見える月を見つめ、克行はただ静かに夜を送った。


 十二月 二十三日 (土)


 明日のクリスマスイブを控え、街は活気にあふれている。

 そのクリスマスソングを聞きながら、克行は麻美の部屋で過ごしていた。麻美の手料理を食べ、静かに過ごす。まるでその光景は去年とかわらぬ幸せな日々のように見えた。だが、去年とは違い克行は特権者となり麻美が特命者となってしまっている。

 何事もないように時間がすぎていく。

 克行は麻美のPCを借り、インターネットニュースに目を走らせていた。その時、一つの記事が克行の目に飛び込んできた。

 体が堅くなる。

(これは……)

「どうしたの?」

 麻美が怪訝そうな顔でPCを覗き込む。

「――が……死んだ……」

「え?」

 それは昨夜起きた駅での事故を報じるものだった。一人の男性が駅の階段から落ち死亡した。そして、そこに載っていたのは――

「立花だ」

 立花の写真がはっきりとそこに写っている。「立花が死んだ」

「克行……?」

「立花が死んだ!」

 なにかの間違いではないかと何度もその記事と写真を見比べた。だが、間違いないそこに写っているのは間違いなくあの立花だ。

 麻美はそんな克行を驚きの目で見つめている。克行はそんな麻美にたいして叫んだ。

「終わったんだ!」

「え?」

「もう怯えることなんてないんだ。俺たちの特権者優遇計画は終わったんだ。もう麻美の名前のはいったリストを持っているやつはいなくなったんだ!」

 喜びが心からあふれてくる。

 他人の死をこれほどまでに喜べる自分が恐かった。だが、それでも立花の死は喜びを押さえずにいられない。

 体から力が抜けていく。

 こんなあっけなくあの立花が死ぬなど予想もしていなかった。

 全てが終わった感じがしていた。


 異変は夜になってからだった。

 深夜、二時を回ったとき克行の携帯電話が鳴りだした。

 涼子からだった。

「……はい」

 一瞬、嫌な予感がしたがそれでも取らないわけにはいかなかった。

――克行……

 涼子の声だ。

「どうしたんだ?」

 先日、突然全てを忘れて手を引けと言って以来何度電話してみても連絡が取れなかったのだ。

――いったいどういうことなの?

 咎めるような声が電話の向こうから響いてくる。

「どういうことって何が?」

 隣で眠る麻美を起こさないよう声を低く克行は話した。

――手を引けと言ったはずよ。それなのにあなたは……。

「何を言ってるんだ?」

――今更隠すつもり? 特権者たちを殺してるのはあなたなんでしょう。私が渡したリストによって麻美さんの名前の入ったリストを持つ特権者たちを殺しているんでしょう

すでに連絡は市にも入ってきているのよ。私が知らないとでも思ったの?

「……ああ」

 そうか、涼子も密かに特権者優遇計画を、そして克行を見張っていたのか。見放されたのではない、不思議と安心感があった。

――なぜそんなことをするの?

「なぜ? わかっているだろう。彼女を……麻美を守るためだ。おまえも以前そうするしかないと言っていたろう」

――あの人は大丈夫よ! そう前にも言ったでしょう! 克行が殺人を犯す必要なんかないのよ!

 涼子のいらだつ声が響いてくる。

「なぜそんなことが言えるんだ! おまえはいったい何を知っているんだ! それがわからない限り、たとえおまえの言うことだって信じることは出来ない。俺は俺なりに彼女のことを守る。そう決めたんだ」

 思わず声が強くなった。

 涼子は克行の言葉に痛いところをつかれたように声のトーンを低くした。

――克行……知らないほうがいいことだってあるのよ。

「いいさ。おまえが何も教えないならばそれはそれで構わない。だが、おまえが何も教えない限りは俺のやり方で彼女を守るだけだ」

――……克行!

 まだ何か言いたげな涼子の声を無視しして克行は電話を切った。

(おまえなど何の役にもたつものか! ただ俺を不安がらせるだけじゃないか)

 忘れてしまえ、忘れてしまえばいい。涼子のことはこれまでのように過去に閉じ込めてしまえばいい。先週の夜のことも、それ以前のことも全て過去という箱に閉じ込めて蓋をしてしまえばいいのだ。

 何も聞かないほうがいい。

(そうだ、もう全ての特権者は死んだんだ……もう終わったんだ)

 今は涼子の言葉は聞かないほうがいい。聞けば自分のやってきたことを間違いと思うことにもなりかねない。涼子の口調にはそれほどの恐怖が潜んでいるように思えた。

 そう思いたかった。しかし、実際心のなかでは涼子の知る全てのことを聞き出したかった。全てを知らなければ麻美を完全に守ることなど出来ない。いや、それはただのたてまえだ。本当は特権者優遇計画の裏に流れているものの正体を見極めたいという自分勝手な欲望だ。そして、その欲望はおそらく満たされることになるだろう。

 そして、克行の想像した通り一分もたたないうちに再び携帯は鳴り出した。

 克行は黙ったまま携帯を開いた。

――後悔しない?

 電話を切られることを避けるようにすぐに涼子は言った。

「しない」

 克行もまたすぐに返事をした。後悔など今更出来るはずもない。そうさ、一生後悔などするものか。

――それがどんなことであっても計画が終わった後忘れることが出来る?

 出来ないでしょう――そう言っているようだった。

 その涼子の声はさっきとはどことなく違っていた。むしろ活き活きと聞こえる。まるで実は隠し事を今にも話したかったかのようにさえ聞こえる。

 王様の耳はロバの耳――おまえはいったい何を喋りたかったんだ?

「おまえは何を知ってるんだ?」

――何も知ってなんかいないわ。私のはただの想像。でも、あなただってこれを見たらそう想像するはずよ。

「これ――って?」

――今から持っていくわ。

 その言葉に克行はふいに怖くなった。しかし、引き返すわけにもいかない。

「今から?」

――電話で話せるようなものじゃないの。二時間後にそっちに行くわ。

 二時間あれば自分のマンションまで帰ることが出来る。今、麻美のマンションにいることを気付かれたくなかった。

「それじゃ、待ってる」

 克行はそれだけ言うとすぐに電話を切った。いくぶん声が震えてることに自分自身気づいていた。

 シークレットファイル。

 おそらく涼子の知っているのはその中身だろう。いったいそこに何が入っているのだろう。

――彼女は大丈夫。

 先日の涼子の言葉がやけに気にかかる。なぜ、涼子はそんなことを言ったのか。なぜ……?

「どうしたの……?」

 いつのまに起きたのか心配そうな顔をしながら麻美が克行を見つめている。

「……ちょっと帰ってくるよ」

「どうして?」

「……涼子から電話があった」

 涼子の名前を出すのははばかられたが、今はそんなことを言っている場合じゃない。それに名前を出したところで涼子とのことば麻美にばれるわけじゃない。二人を会わせるつもりなどありはしないのだから。

「涼子さん……?」

 麻美の声にいくぶん驚きがあった。

「以前話したろう、役所に務めている大学時代の友人だ。役所で新たに情報を握ったらしいんだ。まだ詳しくはわからないが、おそらく俺とおまえのことだと思う」

「ど、どういうことなの? あの人、克行に何か言った?」

「俺にもよくはわからないんだ……以前、あいつが君は何があっても無事だと言っていたんだ。とにかく今夜、そのことで涼子が来ることになってね。だから、今からちょっと帰ってくるよ」

「涼子さん、今から克行の部屋に?」

「二時間後に会うことになってるんだ」

「……そう」

 寂しげな声。

 いかに特権者の4人が死んだとはいえ、克行も麻美を一人にしておくことは心配ではあった。だが、今は涼子の言葉が気にかかる。

「大丈夫。なるべく早く戻ってくるよ。それまで用心していてくれ」

「わかった」

 そう言った麻美の声がどことなく力をなくしているように思えた。


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