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死のクリスマスイブ・10

   十


 緊張感で手の平が汗をかいている。

 一秒、また一秒と時間が近づいている。

「どうしたの? この前から克行変だよ」

 心を探るような眼差しで麻美が不思議そうに克行を眺めている。だが、その目は決して克行の心の全てを見抜いてはいない。ほんの少し克行の様子がいつもと違うことに気づいているにすぎない。それは克行にとって救いでもあり、苦痛でもあった。

 克行はそんな麻美の言葉にまた時計を振り返った。

 十一時三十二分。あと二十八分で特権者優遇計画が始まる。

 話さなければいけない。

 もともとそのつもりで今夜麻美の部屋を訪れたのだ。いずれは話さなければいけないと思いつつ一週間が過ぎてしまった。藤井を通じてマスコミを動かし、「特権者優遇計画」の問題点を世間に訴えかけることで麻美を救うことが出来るのではないかと考えたが、その考えは打ち破られた。

 彼女に伝えなければならない。

――このリストの中身についての口外は一切禁止します。もしもそれを破った時にはその人にはしかるべきペナルティが与えられることになります。

 ペナルティ? 今更いったいどんなペナルティがあるっていうんだ?

「やっぱり今日の克行、どっか変よ。どこか上の空で……いったい何を考えてるの?

克行も明日仕事があるんでしょう。いくら日曜だからって、いつも日曜の夜は早めに帰っちゃうじゃないの。 それに先週だって、連絡してもぜんぜんいないんだもの。どうしたの?」

 麻美はベッドに腰かけ、黙って座っている克行をじっと見つめた。答えられるはずがなかった。麻美と言葉を交わすだけで涼子とのことがばれそうな気がして電話にすら出ようとしなかったのだ。ベッドわきのテーブルの上に読みかけの手紙が広げてある。

「手紙……誰から?」

 つい話題をそらした。

「これ? 父さんからよ。この前、届いたの。ちょっと思い出して読んでただけ」

 麻美はそう言って即座に手紙を片付けた。そういえば麻美の父親は国家公務員という話を聞いたことがある。麻美も少しは特権者優遇計画について知っているのだろうか。

 克行は再び言葉を捜すようにぐるりと部屋を見回した。

 でっぷりと肥えた黒猫のルシファーは克行を見るなりいつものようにベッドの下へ潜り込み、それでもその青い目でじっと克行を観察している。まるでいち早く克行の心のなかを察しているようで克行はぞっとした。

「麻美……」

 やっと克行は口を開いた。

「何?」

 麻美が身を乗り出した。

「明日からのこと知ってるだろ」

「明日?」

 一瞬、麻美の顔が硬張る。彼女も心のどこかに特権者優遇計画のことがひっかかっていたのだろうか。

「特権者優遇計画のこと」

「……あのこと……でも、それがどうかしたの? 私たちにはいっさい関係のない話よ」

「そういうわけにいかなくなった。実は……今年、俺も特権者として選ばれたんだ」

 克行の言葉にさすがに麻美の顔が白くすっと透き通っていく。目は何が起こったのか見定めるかのようにきょろきょろと動き、薄い紅い唇は微かに震え、その場を補う言葉を捜している。

 その麻美の仕種から彼女がいかに驚いたか克行には想像出来た。そして、その彼女の驚きは克行の予想をはるかに上回るものでかえって克行はどうしていいかわからずただ、じっと麻美を見守った。

 しばらくの間、二人とも口を開こうとはしなかった。

 通りを横切る車のエンジン音が手に取るように聞こえてくる。

 十一時四十三分。あと十七分。

 やっと麻美が口を開いた。

「なぜ……? なんで克行が……? どうしてなの?」

「わからない……」

「でも――!」

「いったい何がどうなってるのか俺にもわからないんだ。先週の日曜の朝、突然通知が届いたんだ」

「先週の日曜? それじゃ、この前会った時に?」

「そう、あの朝だ」

「なんで言ってくれなかったの?」

 責めるような目で麻美が言った。

「こんなこと誰にも言いたくなかった。当然だろう。特権者なんて言い方をしてるけど、実際には人殺しのことだ。黙っているつもりだった」

「克行も……人を殺すの? 特権者に選ばれたって言っても、どうしても人を殺さなきゃいけないってことないはずよ。人を殺さなくても済むんでしょ」

 哀願するような麻美の言葉に克行は胸が痛くなるような感じがした。やはりもう一つのことも話さなきゃいけない。そうすることが麻美のためだ。

「そりゃ、そうだけど。噂じゃ、権利を破棄すると来年は俺が特命者リストに載ることになるそうじゃないか」

「そんなの嘘よ! お願い、計画のことなんか忘れて!」

「それだけじゃないんだ!」

「それだけじゃない? どういうこと? まだ何かあるの?」

 麻美の手がぎゅっときつくシーツを握りしめる。

「……俺の持つ特命者リストのなかに……その……」

「何なの?」

「君の……麻美の名前があるんだ」

「……私の……名前? 克行のリストのなかに?」

 さっきより麻美の驚きは大きくはないように克行には見えた。ただきつく下唇を噛み、鋭い視線で克行を見つめている。

「麻美……」

「それで……克行はどうするの?」

「え?」

「私を……殺すの? 特権者優遇計画が始まるまであと――十二分、そのために今夜私のところにやって来たの? もう拳銃は持ってきているの?」

 克行から視線をそらすことなく麻美は挑戦するような口ぶりで言った。

「――まさか! 俺がなんで麻美を殺さなきゃいけないんだ!」

 思わず克行は立ち上がり怒鳴った。

「俺はおまえのことを愛してるんだ。俺がおまえのことを殺すわけないだろう!」

「克行……」

「俺はおまえのことを守りたいんだ。ほら、この通りほかのおまえを狙う奴らのリストだってある。こいつらを殺してでもおまえを守ってやる!」

 克行はポケットのなかから殺人者リストを取り出した。

「リスト?」

「ああ、こいつだ。ここに載っている俺を含めた6人が麻美の名前の入ったリストを持っている」

 リストを麻美に手渡すと彼女は驚いたようにリストと克行を見比べた。

「どうして? どうして克行がこんなものを持っているの?」

「……市役所に勤めてる友人が調べてくれたんだ」

 涼子の名前を口に出すのは避けた。先日の夜のことが思い出され、克行は心のなかで小さく麻美に詫びた。

「友達?……その人、計画に関わっているの?」

「去年、実行委員になったらしい。けど、今年は一切関わっていない。月曜に特権者全員を集めての説明会があったんだが、その帰りに偶然会って、事情を話すと調べてくれたんだ。そいつが言うには今回の特権者計画にミスがあったんだろうって。だから、麻美の名前がリストに載ったんだろう」

「ミス?」

「ああ、まったく馬鹿げてる。そんな市役所のミスなんかで人の命がむざむざ危険にさらされるんだからな!」

 克行はうろうろと部屋を歩き回りいらだちを押さえようとした。

「克行……」

 少しの間、麻美はリストをじっと見つめて何やら考えこんでいたが、やがて克行を見つめつぶやいた。

「え?」

「克行はどうするつもりなの?」

 克行にはその麻美の姿が意外にも冷静に映っていた。

「だから……おまえを――」

「私を守るって言ったけど、いったいどうやって私を守ってくれるの?」

「……」

 麻美の言葉に克行は言葉を詰まらせた。ポケットに忍ばせてある拳銃が一瞬鉄の固まりのように重たくなる。

「特権者優遇計画が終わるまで一日二十四時間ずっと私についていてくれるの?」

 克行は再び麻美の前に座り込んだ。

「いや……実際に計画による殺人が一番多いのはクリスマス・イブからクリスマスにかけての二日間らしい。だから、その二日間さえ外出しないようにしていればおそらくそれほど危険なことはないだろう」

「でも完全に安全じゃないわ」

 その通りだと克行は思った。現に立花のように特権者優遇計画に生きがいを感じているような奴もいる。

「ああ……」

「克行……」

 じっと麻美の目が克行の目を見つめる。どこか不安気でその不安が克行に何かを訴えている。麻美がその瞳の奥に何を考えているのか、それを想像するの怖かった。

 十一時五十四分。

「心配するな、麻美のことは俺が守ってやる。誰にもおまえのことを殺させたりしない。誰にもだ……」

 ぎゅっと麻美の体を引き寄せ力一杯抱きしめる。涼子とはどこか違うぬくもりが伝わってくる。

 そうだ、俺が愛しているのは涼子じゃない。麻美なんだ。

 克行は改めて麻美への愛を認識した。そして、彼女のことを命をかけても守ろうと決意していた。その克行の決意をはっきり受け止めたのか麻美は克行の腕の中で大きく頷いた。

 時計の長針はついに短針に追いついた。

 今、特権者優遇計画が始まる。


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