第14話 車
アパートを出た四人は、建物の駐車場へと向かった。
唯月が一台の車の前で足を止めると、愛珠奈が目を丸くした。
「えっ、これ佐伯さんの車?」
「ああ」
「うわ、めっちゃ高そう! アパートもだしさ、やっぱお金持ちじゃん!」
「別に、そこまでじゃないだろ」
「えー? 絶対そんなことないって!」
唯月はそれ以上気にすることもなく、車のロックを解除した。
愛珠奈と瑠丹は後部座席のドアを開けると、興味深そうに車内を覗き込んだ。
「うわ、広っ! しかもめっちゃきれいじゃん!」
「シートもふかふかだよー!」
二人が車内を眺めている間に、美俐沙は唯月へ声を掛けた。
「あの、佐伯さん。結局、どこへ行くんですか?」
「少し遊びに行くだけだ」
「えっ、そうなの? 楽しみー!」
愛珠奈が嬉しそうに振り返った。
「やったー! どこ行くのー?」
瑠丹も目を輝かせる。
「さあな。まだ内緒だ」
「えー! 気になるー!」
そう言いながらも、二人は楽しそうに後部座席へ乗り込んだ。
美俐沙は思わず二人を呼び止めそうになった。
行き先もわからないまま車に乗って、本当に大丈夫なのだろうか。
もしかしたら、面倒になった自分たちを、どこかに置き去りにするつもりなのかもしれない。
「全部顔に出てるぞ」
「えっ」
不意に声を掛けられ、美俐沙は驚いて顔を上げた。
唯月はすぐそばに立ったまま、後部座席の二人には聞こえない声で続けた。
「今さら見捨てるほど、俺も鬼ではないつもりだがな。やっぱり信用できないか?」
美俐沙はすぐには答えられなかった。
昨日出会ったばかりの、それも平然と嘘をつく男だ。
簡単に信用できるはずがない。
それでも、あの店から助け出してくれたのは、ほかでもない彼だった。
「……いえ、信じます。でも、もし二人に何かあったら……一生かけてでも後悔させますから」
美俐沙は唯月をまっすぐに見据え、気丈に言い切った。
「はは、それは怖いな」
どのみち、二人をこのまま行かせるわけにもいかない。
美俐沙は意を決すると、車の反対側へ回り、助手席に乗り込んだ。
落ち着いた色合いの内装に、ゆったりとした座席。
後部座席では、愛珠奈と瑠丹がこれからどこへ行くのか、楽しそうに話していた。
唯月も運転席に乗り込み、シートベルトを締めると、車を始動させた。
ほどなくして、車はアパートの駐車場を出た。
美俐沙は助手席でおとなしく座っていた。
ときおり、唯月の横顔に視線を向けるものの、何かを尋ねることはなかった。
彼は佐伯拓馬と名乗った。
二十八歳で、フリーランスのデータアナリスト。
美俐沙は昨日渡されたスマートフォンを取り出し、運転席から画面が見えないように気をつけて、そっと名前を検索してみた。
だが、それらしい人物の情報は見つからなかった。
職業も加えて検索し直そうとした、そのときだった。
「……あまり無駄に使うなよ」
「えっ!?」
突然声を掛けられ、美俐沙は慌てて画面を伏せた。
まさか、何を調べていたのか気づかれたのだろうか。
「プリペイドのデータSIMだからな。通信量に上限があるんだ」
「あ……そ、そうなんですね。すみません」
「調べ物くらいなら構わないが、動画なんかを見すぎるとすぐなくなるぞ。部屋にはWi-Fiがあるから、帰ったらそっちを使うといい。テレビでも動画配信サービスが見られるはずだ」
「はい。気をつけます……」
どうやら、何を調べていたのかまでは気づかれていないらしい。
美俐沙は小さく息を吐いて、スマートフォンをしまった。
それから三十分ほど経った頃、車は大通り沿いにある施設の駐車場へと入っていった。
目の前に現れたのは、ガラスと金属を組み合わせた、近未来的なデザインの建物だった。
外壁には鮮やかな映像が広がり、陽光の差し込む海底から、見たこともない植物が生い茂る森へと、景色が次々に移り変わっていく。
ときおり巨大な生き物が壁面から飛び出すように現れ、まるで建物そのものが、いくつもの異世界につながっているかのようだった。
「えっ、なにここ!?」
愛珠奈が窓の外を見て声を上げた。
「わあ、きれー!」
瑠丹も目を輝かせている。
唯月は空いているスペースに車を停め、システムを停止させた。
「着いたぞ」
その声を合図に、愛珠奈と瑠丹はさっそく後部座席から降りていった。
美俐沙もあとに続こうとしたが、ドアに手を伸ばしたところで動きが止まった。
見慣れた形のレバーが見当たらない。
すぐには開け方がわからず、少し焦ってしまう。
「あ、あの……これ、どうやって開けるんですか?」
「ん? ああ、そこのスイッチを押せばいい」
唯月が助手席側へ身を乗り出し、ドアのスイッチを指差した。
思いがけず唯月の顔が近づき、美俐沙は息を呑んだ。
……確かに、愛珠奈たちが騒ぐのもわかる気がする。
そんな考えが浮かんだことに自分でも驚き、慌てて視線を逸らした。
唯月は特に気にした様子もなく、元の姿勢へ戻る。
「あ、ありがとうございます……」
美俐沙は教えられたスイッチを押し、少し赤くなった顔を隠すように車を降りた。
車の外に出ると、壁面の映像は車内から見たとき以上の迫力だった。
その光景に、美俐沙も足を止めて見入ってしまった。
「ねーねー、ここって何するとこなの?」
瑠丹が唯月を見上げた。
「XRを使った体験型の施設だ。ゲームなんかも楽しめるらしい」
「えっくすあーる?」
「VRとかARは知ってるか?」
「うん! VRなら知ってるよ!」
「XRっていうのは、そういう技術をまとめた呼び方だ。ここでは、現実と映像を組み合わせた体験なんかもできるらしい」
「へえー! なんかすごそう!」
瑠丹がわくわくした様子で振り返ると、愛珠奈も嬉しそうに笑った。
「ね! めっちゃ楽しそうじゃん!」
「はやく行こーよ!」
二人はすっかり乗り気になっていた。
美俐沙は建物を見上げ、それから唯月へ目を向けた。
本当に、ただ遊びに連れてきてくれただけなのだろうか。
まだ少し戸惑いはあったものの、目の前ではしゃぐ二人を見ているうちに、張り詰めていた気持ちがわずかに緩んだ。
「じゃあ、入るか」
唯月が歩き出すと、愛珠奈と瑠丹が弾むような足取りでそのあとを追った。
美俐沙も少し遅れて歩き出し、四人は施設の入口へと向かった。




