イーサン それは断る
1912年、埃っぽい風が吹き抜ける荒野を、一台の馬車がけたたましく車輪を鳴らして走っていた。
乾いた地面を叩く蹄の音。
ギシギシと軋む荷台。
西へ傾き始めた太陽が、荒野を黄金色に染め上げている。
御者台に座るのは、まだあどけなさを残した二人の少年。
だが、その瞳には、年齢に似合わぬ鋭さが宿っていた。
私の名前はイーサン・リン。
アジア系イストニア人の8歳だ。
私は物心ついた時から孤児院にいた。
親は誰だかわからない。
4歳の頃、ある人に引き取ってもらい、色々と文字や勉強をしてきた。
4年間あっという間だった。
今は旅で馬車である場所に向かっている。
車輪が土の道をゆっくりと踏みしめるたび、ガタガタと小さな振動が身体に伝わってくる。
見渡す限りの荒野。
遠くには低い丘が見えるだけで、人影はまったくない。
そんな退屈な景色に飽きたのか、隣に座る少年が大きく伸びをした。
「流石にここまで何もないと暇だな」
不満そうな声が荷台に響く。
こいつはリャン。歳は同じ8歳。
孤児院の時から一緒にいた、いわば腐れ縁だ。
暇そうに空を見上げる横顔は、昔から何も変わっていない。
「おいおい、だったら運転変わってくれよ」
手綱を握ったまま文句を返す。
リャンは
「それは断る」
即答だった。
まるで考える余地すらないと言わんばかりである。
「だったら黙ってくれよ」
思わずため息が漏れた。
しばらく沈黙が続いた後、ふと隣の装備に目が留まる。
腰のホルスターに収まった拳銃。
陽光を受けて鈍く光るそれは、どこかM1911を思わせる形状をしていた。
「それにしてもいいよなお前は。その拳銃もらって」
羨ましさ半分でそう言うと、イーサンは得意げに口元を緩めた。
「だってそれ、去年軍から正式採用された最新鋭拳銃だぞ」
どこか自慢げな口調だった。
「そりゃ私が軍に大きく貢献したから貰ったんだ」
胸を張って答える。
今から2年前、あるライフルが正式採用された。
その開発に関わったのが、当時わずか6歳だった私だ。
今でも信じられない話だが、それが事実だった。
「それにちゃっかりとそのライフルを持っているじゃないか。周りを警戒してくれ。ここ最近狙われているんだから」
そう言って視線を向ける。
荷台の横には一挺のライフル。
外見はSKSによく似ている。
しかし内部構造はAK47を思わせる設計になっており、一目見ただけでは正体が分からない独特な銃だった。
ライフルを軽く持ち上げながら、リャンは肩をすくめる。
「例のあのおっさんだろ。しつこいよな」
まるで面倒な近所付き合いでも語るような気軽さだった。
だが、その言葉とは裏腹に視線は周囲を鋭く警戒している。
ここ数か月、何者かに狙われているのは事実だった。
風だけが吹き抜ける静かな街道。
その時だった。
遠くの地平線の向こうに、わずかな異変が見えた。
土煙だ。
最初は小さかったそれが、徐々に大きくなっていく。
気付いたリャンはすぐに双眼鏡を取り出した。
慣れた手付きで覗き込み、数秒後に苦笑する。
「早速おいでなさった」
その声には呆れが混じっていた。
双眼鏡を受け取って確認する。
すると、砂埃の中心には複数の騎馬が見えた。
馬を全力で走らせながらこちらへ向かってくる男達。
それぞれがライフルを携えている。
数は一人や二人ではない。
荒野を揺らしながら迫ってくるその集団は、明らかに歓迎客ではなかった。
馬車の周囲に張り詰めた緊張が広がる。
そして距離が縮まるにつれ、その姿がはっきりと見え始めた。




