第30話 厄災の娘
その日は一日、砦の強化。
ラウロが中心になって柵を強化したり、周辺にマキビシを撒いたりしている。
魔物の数を油断しないよう、キツく言ってある。現場が状況を甘く見積もると失敗の原因になりやすいんだから。
偵察が戻って報告を聞いたとき「なら、やりすぎだったな」くらいがちょうどいい。
「あの二人、大丈夫かしら」
「任務は偵察だけでしょ。馬も駿馬。余程のヘマをしなければ、逃げられるわ。夕方前には帰ってくるでしょ?」
ノイエの心配と対照的に、シェリルは楽観している。いや、これは二人に信頼を置いているのかもしれない。
アーシュリーは、シェリルが封印を解いたことを恨んだ様子もなく出発した。「あの時は、それしかなかったんだろ?」と納得している。シェリルは悪びれた様子を見せないが、内心、反省もしているらしい。
「で、ノイエが村人に配っている薬はなに?」
「心臓の力を弱めて毒の巡りを遅くする薬です。毒消しは貴重ですからね。それと痛みを消すマヒ薬です。しばらく幻覚が見えるのが厄介ですけど。こちらは一時的に腕力を上げる薬です。後遺症が……言えませんが」
……シェリルと目を合わせる。
神官ともなると、常人と違う発想になるらしい。
「もちろん、私が側にいる間は、私が直接治療しますよ?」
指をさした治療台には、先日の治療でついた血がまだ残っている。その奥には、大きなナイフや包帯やノコギリ、様々な治療道具と思われるものがあった。
結局、負傷者の毒を抜くのに、周りの肉を抉った。手術を受けた当のブージェたちは、食後に出されるノイエの薬で、いまも目の焦点が合ってない。
痛みはないか聞いたが、涎を垂らして黙って頷くだけだ。これがマヒ薬の力だろうか。見た目がやばい。
「……これ、大丈夫なの?」
「数日のうちには完治します。元通りの筋力になるには、もっとかかるでしょうが」
「ブージェも、とんだお人よしよね。こんな廃村寸前の村に残って」
相変わらず、シェリルの口は悪い。
「ブージェは、もともと私の地元の騎士団でもありますから。『守る』と誓ったのであれば、死ぬまで守るのでしょう。頑固ですから」
「地元って、じゃあ、前から知り合い? 元カレ?」
「知り合いというか……幼い頃に良く遊びました。当時の彼はまだ少年騎士でしたけど」
「そういえば、あんたん家、大司教だったわね。忘れてたわ。じゃあ、何? あいつ、聖騎士?」
「正しくは元教団騎士です。いざこざで退団し、私の紹介で、ラヴァンダ騎士団に入りました。そこも解散になってしまい……。私は百年に一度の『大司教の娘』ですしね」
自嘲気味にノイエは笑った。
この『大司教の娘』には、この地に伝わる特別な意味がある。
数千年に及ぶ大司教の血筋にはほとんど男しか生まれないが、百年に一度だけ、女が生まれる。その娘がこの国に厄災を運ぶ使者になる。……という言い伝え。
偶然の一致か、確かに、その娘が存命中に天変地異が起きる。
ただ、娘がいない期間も、歴史上の災害は起きている。
だから私は全く気にしない。くだらない迷信。それに厄災が来るって教えてくれてるんなら、ありがたい話じゃん?
でも、この世界の教養レベルでは、言い伝えのほうが力が強い。
当の本人にとっては疎ましい話だろう。自分に関わると、不幸になるという噂と戦ってきたのだから。
ちなみに、神学者の間でも「厄災の娘」説と「予言の巫女」説に別れている。
それが皇室に嫁いだのだから、皇室は、巫女と考えているのかもしれない。
それよりブージェだ。昔からノイエのことを知っていたのか。
最初に会った時、ブージェも親しげにノイエに「姫」と言っていたな。何度も会っている様子だし。少なくともノイエの噂を気にしていないのは好感が持てる。年齢もほぼ同じか。
なるほど。シェリルが二人を怪しいというわけだ。
じゃあ十数年越しの恋?
さすがに、じれったいけど、禁断の恋ね。
「しかし、のんびりしているわね。どう思う? アニカ」
「さすがに、第四でも、皇子の夫人に手を出すのはちょっと」
「……何の話? アーシュリーとヒメカよ?」
……そういえば。
既に陽が傾きだしている。道に迷ったか?
それとも敵に遭遇してしまったのか。
◇
「まだ帰還なさらない、お二人分のお夕食を、村の子供に分けても構いませんか?」
夜に大臣が指令室を訪ねて確認をとってきた。もう冷めたスープだ。温め直して飲んで欲しい。
みな、黙ってそれぞれの作業を続けていたが、重苦しい雰囲気になっていた。
ラウロは西門の橋の上に立ち、ずっと丘陵方向を眺めている。
「偵察だけっていったよね?」
「うん」
「遅すぎない?」
「うん」
私たちは同じ会話を何回も繰り返し、夜を過ごした。
◇
報告は、深夜。ラウロが異変を伝えに来た。




