第20話 命令と責任
あの夜の騒動は、なんだったのか。
矢を放ったのはヒメカだった。屋敷の窓から、中庭の私を見つけ、不審者に矢を放ったのだという。
それを髑髏は払い、そして影の中に入ったと思ったら、消えていた。
慌てて駆けつけた心配顔のヒメカと、ヒメカにたたき起こされたらしいノイエさまが目を3の字にしたまま、私を守りながら、屋敷の中に戻った。
その後は、護衛武官らが騒ぎを聞きつけやってきたが、結局、髑髏仮面は見つからなかった。
◇
「ふーん。帝国の伝説に、皇子を守る骸骨騎士の話があるけど、あれ、本当だったのかな? くっそー、手合わせしたかったなぁ」
アーシュリーが悔しがっていた。
アーシュリーも深夜の騒動に目が覚め、着の身着のまま、怪しい男探しを手伝ってくれた。
「それよりも、夜の散歩は厳禁です。護衛武官にも、厳重に警護をするように伝えないといけませんね」
ノイエさまに軽く叱られた。ラウロにねちねちと叱られるよりもいい。あの護衛武官は、頭を抱えて「これだから庶民出は」と言わんばかりに一時間ほど小言を言い続けた。正直、最初の二分以外は覚えていない。アーシェリーが止めてくれなければ二時間コースだった。
いつの間にか、アーシュリーが話の輪に加わっていたのは、こういう事情だ。髑髏仮面の件はうやむやになったが、自然とアーシュリーと会話ができるようになったのは、最大の収穫だ。
「髑髏も、アーシュリーのこと知ってたよ」
「へ? マジか? なんて言ってた?」
「強い魔法剣士だって」
「うぇ? え、ほんとに?」
やっぱ髑髏の騎士伝説は本当だったんだなぁと一人で納得している。
「有能な指揮官とも言ってた」
「ええ!? そ、そうか? なんだろ? 士官学校の噂かな? まあ、魔法剣士は珍しいからな」
まんざらでもなさそうだ。
こいつ、チョロいな。少し自尊心をくすぐるだけで、やる気だ。
誉めたら伸びるタイプだな。
「そういえば、ヒメカのことも、強い弓使いって言ってたよ」
「デモ逃がシタ。アイツ強シ」
最初の矢を素手で掴まれたのがショックだったらしい。
「アレ魔物。人、ジャナイ」
「骸骨騎士さまだ。この地方の伝説的な守り神だ」
「マモノ」
「いーや。伝説の騎士だ」
アーシュリーとヒメカが不毛な言い合いをし始めた。
そんな二人をよそ目に、ノイエさまが、静かに話し始めた。
「アニカさんは、その髑髏の話を信じますか?」
ノイエさまの心配はもっともだ。
髑髏にされた話の大枠を、この三人には話した。私たち四人にシェリルさまを加えた五人、それに護衛武官で村を救いに行く話だ。
「信じる……というか、これしかないかなぁって」
ノイエさまの目がまっすぐ私に向かってきた。
「つまり、命の危険を顧みず、あなたは他者を死地に送り込む覚悟がおありですか?」
言葉が突き刺さった。
死地……。
「覚悟はおありですか? 魔物を倒すために命を賭けるのです。あなたの命令で」
「命令って……そんな……別に、私は」
「命令するのはあなたではない? では責任の所在はどこになります?」
責任の所在。
──脳裏に、過去の苦い記憶がよみがえる。仕事の記憶だ。
そのどれもが、責任を逃れようと、責任を押し付けようとする、醜い大人の姿だった。今言っても仕方がない言い訳をし、上司だ部下だ、いやあの部署だと責任を押し付け合う……。
パワハラやセクハラによる部下の退職。過度な残業。ノルマ達成の恫喝指導。不正着手など……。
当然のように「責任はお前だ」と告げる責任者は、責任を取らない。
権限を与えられた人間は、権限を使って、その責任を逃れるのだ。
それが現実だった。
それが正しいこととは一度も思ったことがない。
その思いのまま、いま、この世界にいる。
ましてや、今回は人の命の問題だ……。
仕事の責任とは比較にならないほど、重い。
もしも一度命が失われれば……。
「責任は……」
唇を噛んだ。
庶民出身の第七夫人に、なんの責任が取れるというのだ。
「ノイエ。その責任を問うなら、第三皇子だ。それに、既に俺たちには今の状況に十分な責任があるし、命令で動くわけじゃない」




