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蒼の記憶と黒いカラス  作者: 紫のやつ
第一章 旅立ち
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第2話「出会い」

図星をつかれて怒っちゃう人、いますよね。

はい、自分の事です。

 一週間後、オレは知らせを受けて応接室の前にいた。


 この扉の先にいるのか。

 オレと一緒に任務に行くことになるやつが。


 一体どんな人なんだろう。

 優しい人なら任務の内容も訊きやすいんじゃないだろうか。

 オレを気にせず一人で突っ走ってくれるようなやつならもっといい。

 そうすればオレは横でのんびりと観光を楽しめるだろうから。


 よし、開けるぞ。

 頼むからオレの想像するような人であってくれ!


 --ガチャリ


「あれ?誰もいねーのか?」


 もしかして部屋を間違えたか?

 それとも時間を?


 いや、第一応接室は確かにここだ。

 煌びやかながら品のある調度品、壁に掛けられた恐らくは有名な絵画。

 

 以前にも何度か来たことがあったし、間違えようがない。

 

 あらかたオレが早く来すぎたんだろう。


 なんて、そんな訳はなかった。


 自分で言うのも何だが、既に時間はすぎているんだ。

 たったの五分ではあるが、それでも相手が遅刻していることには変わりない。

 もちろん、オレもだが。


 というか、顔合わせってこんなに適当でいいんだな。

 説明というか進行役のような人もいないし、勝手に親睦を深めてくれ、という感じなのだろうか。


 とりあえず茶でも淹れよう。

 扉を開けるのだって緊張するのだ。


 オレは、棚にしまわれている来客用の茶器から良さそうな柄のものを選んで、湯を沸かした。

 どうせ後から入ってくるであろう人物も客には違いない、茶葉も良いものにしよう。

 ソファが少し硬いのだけが残念だ。


 オレは沸かした湯をカップに少し注ぎ、全体へ行き渡るように軽く回した。

 茶葉をポッドに入れ、蓋を閉じる。


 そろそろ十分だろう。

 カップの湯を捨て、蒸らした紅茶を注ぐ。

 いい香りだ。


 では、いただきます。


 オレが口を付けると同時に、扉が開いた。


 おっ、やっと来たようだ。

 ここは先に来た者の余裕を見せて、「大丈夫、少しくらい遅れたって構わない」と慰めてやるか。

 それとも、「心構えが足りないんじゃないのか?」と責めてやるべきか。


 一瞬の思考の後、オレは後者を選んだ。

 少し強く出た方が、舐められずに済むだろう。

 だが、あくまで茶を楽しみながら、優雅に。


「もう時間は…」

「おお、クレシアンくん!こんなに早く着いてるなんて、いい心構えだな!」


 オレが言い終わらないうちに、大きな声に遮られる。

 カップを置いて顔をそちらに向けると、見知った大柄な男が、そこにはいた。

 カップを落とさなくて、よかった。


 えぇ、後でってそういう意味だったのかよ。

 もう一週間も経っていたから、フォルテの事などとっくに忘れていた。


 この前会ってから数日の間は、出くわさないかビクビクもした。

 けどまさか、任務が一緒であることを知っていたからの言葉だったとは。


 だが、ちょうどいいのではないだろうか。

 フォルテは丁度、オレが思い描いていた人物像そのままの奴だ。


 ん?待てよ。

 後ろにも誰かいるようだ。


「あれ、お前は?」

「今日は遅れてしまってすまない。僕はアメリスという。言い訳にはなってしまうが、騎士団の訓練が長引いてしまったんだ」

「あ、そうなんだ。まあ、お前も座れよ。茶でもどうだ?」

「ありがとう、頂戴するよ」


 騎士団の訓練ってことはこの青年は騎士ってことになる。

 こんなに若いのにもう騎士なのだろうか。

 教会の騎士か城の騎士かはさておき、あの難しいと有名な入団試験を突破したというのか。

 それとも、噂に聞くスヴァルフだろうか。

 あの種族は長寿のわりに、人間と区別がつかないらしいから。

 長いこと鍛錬を積んだって事も十分有り得るか。


 だがそれにしたって妙だ。

 街を訪問するだけで騎士を連れていく必要なんかあるだろうか。

 あれ、そういえばフォルテも騎士団の一員だったはずだ。


 ここまで考えて、オレはとうとう大きな思い違いをしているんじゃないかと思い至った。


「な、なあ。当日の段取りだけど、何か考えはあるのか?」


 オレはさりげなく聞いてみることにした。

 ただの巡回任務であれという小さな願いを込めて。


 だがオレの願いに反して、フォルテは柄にもなく真面目な表情で答えた。


「そうだなぁ。小規模だが万一ってこともある。装備の点検はしっかりしておいた方がいい」


 まん、いち……?


 アメリスはフォルテの言葉に頷き、続けて口を開く。


「そうですね。二人だけとはいえ、ルシータの啓示の手先です。追い詰められた彼らが予想外の動きをする可能性は十分あるでしょう」


 何の話をしているんだ、この二人は。

 小規模とかルシータの啓示とか予想外の動きとか。


 聞いているうち、ある言葉がオレの頭に浮かんだ。


『魔獣』


 ルシータの啓示は異端宗派の組織だ。

 五十年ほど前から活動を始め、急激にその勢力を広げていったらしい。

 オレの知る限り、この世界のほとんどの国や人々はレステン教を信仰している。

 オレの住んでいるこの教会も、神であるレステンを讃えるために建てられたものだ。


 だからと言って、別に他の信仰を持つヤツらを間違いを犯しているとは思わない。

 オレだって教典にある物語は好きになれないが、何かを信じることで幸せになれるのなら、それはその人の自由だと思う。

 空にある雲だって、道端に咲く花だって、好き勝手に信じてくれたらいい。


 でもルシータの啓示はわけが違う。

 あいつらは訳の分からない力を使っては、人々の生活や、あまつさえ命をも脅かすようなことを繰り返すテロ組織のようなものだ。

 今までどれだけの人々が犠牲になってきたのか、考えたくもない。

 アイツらの正体だってただの人には違いないはずなのに。

 なのに。

 どうしてそこまで他人の命を平気で踏みにじることができるのだろうか。


 彼らが動物をいじくり回して造り出した魔獣は、通常の動物よりも強く、凶暴なのも多い。

 オレの父さんだって、あのとき…。


「ひとつ聞きたいんだが、アイツらって生きて捕まえなきゃいけねぇのか?」


 オレの言葉に、二人の騎士は驚いているようだ。

 無理もない。

 自分でも少々過激な発言をしたことは認める。

 つまるところ、オレはアイツらなんて殺したって構わないだろう、と聞いたのだから。


 たった二人の異端。

 これで復讐になるとは思わない。

 オレはヤツらのトップが誰なのかも知らなければ、どれほど強いのかも知らない。


 父さんが亡くなったばかりの頃は、ひたすらに鍛錬だってこなした。

 だがふと気付いたんだ。

 教会に囚われているオレが、復讐する機会を得られるはずがない、と。


 その時からだった。

 オレが何をするにも身が入らなくなったのは。

 鍛錬も座学もサボってばかり。

 意味がないことだと本気で思った。

 いっその事、母さんがオレを勘当して追い出してくれればいい、と心の片隅では思っていた。


 でも考えてもみろ。

 もしこの任務が上手くいったらどうなる。

 次はもう少し大きな任務を任せてもらえるかもしれない。

 異端どもを捕まえれば組織について何か聞き出せるかもしれないし、第一歩としては悪くない。

 異端審問官ですら聞き出せていない情報を下っ端が持っているとは流石に思わないが、自分で調査を始めるにはいいチャンスだろう。


「クレシアンくん、まだ引きづっているのか?」

「……そんなわけないだろ。念の為訊いただけだ。戦いになれば、そういうことも有り得るから」

「そうか、それならいいんだが」


 そうは言うが、きっとフォルテにはバレているのだろう。

 あいつだってオレの父さんとは仲が良かったはずだ。

 フォルテなりに思うことだってあるはずだし、オレの気持ちも尊重してくれると、願いたい。


「何を考えているのかは知らないけど、勝手な行動だけはくれぐれもやめてくれよ」

「は?」


 何を思ったのか、アメリスが口を挟んだ。

 静かにしているかと思ったら、急に何様のつもりだろうか。


 勝手な行動?オレが?

 そういうことも有り得る、そう言ったばかりだろう。

 何を聞いていたんだ。


 よく見ると、澄まし顔でお高くとまっちゃって。

 オレ程この任務に対して本気なやつも他にはいないだろうに。


「お前、オレの何を知っててそんなことが言えんだよ。こっちは真面目に話し合いしてんだ。何が気に入らない?」

「もちろん君については知らないよ。だが、さっきの話を聞くに、何やら因縁があるようだと思ってね。違うか?」

「だったらなんだ」

「いや別に。ただこの世界には、異端組織に大切なものを奪われた人々が山ほどいる。君もそうなんだろう、と思っただけだ。でも、怒りや焦りで戦局を見誤って欲しくはない。仲間として」


 そんなことは言われなくてもわかっている。

 わかってるけど、だからと言ってこの怒りが簡単に治まるか?

 そんなわけが無い。

 オレと言わず、この世界にどれだけの人が自分の感情を完璧にコントロールできるってんだ。

 誰でも言えるような正論で、無責任にオレを決めつけようとするな。


 あいにく、オレはお前が求めるようなできた人間じゃないんだよ。

 会ったばかりで、一時的に行動を共にするだけで、すぐに仲間面か?

 どういう精神なんだ。


「じゃあお前は家族の誰かを魔獣に食われたのか?オレの心情を理解できるのか?お前は!一切何も考えずに冷静に任務を遂行できるのかよ!なあ!」


 正論が痛くて気に入らなかった。

 バカにされてるようでムカついた。

 下に見てるような物言いに腹が立った。


 オレは勢いのままアメリスに掴みかかる。

 頭に血が上って、怒りのままに怒鳴る。

 オレに指図しようとするのがいけないんだ。

 オレにはオレの考えがある。

 こんなお坊ちゃんにオレの行動を邪魔される謂れはない。


 アメリスは何も言わない。

 反撃もせず、されるがままだ。


 なんだよ、だんまりか。

 何で、そんな可哀想な奴を見るような目を向けてくるんだ。


 ふざけるな。

 ふざけるな。


「おい、落ち着け」

「離せ!離せって!」


 フォルテに仔猫を咥えるように持ち上げられてなお、オレは目の前の男に殴りかかろうともがいた。


 その時、また扉が開いた。


 --ガチャ


「あの〜、遅れちゃったよ、ね?というかここで合ってる…?」


 オレも、フォルテも、アメリスも、三人で扉の方を見やる。

 夕暮れ色の長い髪を二つに結んだ、魔女のような装いの少女だ。

 不安そうに、部屋の中を確認した少女だったが、オレたちが揉み合っていることに気づき、一気に身を引いた。


「すみません!失礼しました!」

「ま、待ってくれ!」


 アメリスが呼び止めるも、少女は逃げるように部屋を出ていった。

 というか誰が呼び止めたって無駄だっただろう


 ソファで服を乱された男が一人。

 それに掴みかかろうとする怒れる男が一人。

 更にそれを引き離そうとつまみ上げる大男が一人。


 怖かっただろう。

 イカれた男三人の中に放り込まれるなんて、オレであっても怖いと思う。


 ケンカは中止だ。

 まずは彼女に事情を説明しなければ。

 このままでは、次期教皇の変な噂が流れるのも時間の問題だ。

 それは絶対に阻止したい。


 オレたちは三人で顔を見合せて頷いた。

性格柄、こういう戦いになりそうな任務なんて本人は怖がりそうですけどね。

なんと言うか、人って考えがすぐ飛躍しちゃうんですね。

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