実の懸念
「………」
一足早く教室に到着した実は、自分の席に鞄を放り投げた後、廊下の窓から眼下を眺めていた。
ぞろぞろと連なって昇降口へと向かう生徒たち。
その中に、友人と話しながら楽しげに歩いてくる拓也の姿もある。
「………」
拓也を凝視する実の表情は、固く険しい。
すっと細められた薄茶色の瞳には、剣呑な光が宿っていた。
そうこうしているうちに拓也が昇降口の中に消えたので、窓から身を離す。
その拍子に、こちらを見ていたらしい何人かの女子生徒と目が合った。
彼女たちは慌てて目を逸らすと、教室の中に消えていってしまう。
二学期に入った頃から、自分の変化に敏感に反応している女子たちがいることは梨央から聞いていた。
ただ温和なだけの八方美人とも言える性格だった時は、多くの人に好かれる分、その性格を信用できないと毛嫌いする少数もいた。
だが、封印していた力を解放してからというもの、自分の態度や表情が変わってきたことをすぐさま察知したのは、そういった少数派の女子たちだったらしい。
『今まで実を毛嫌いしていた女子たちが、だんだん実を気にするようになってきてるのよ。どうする気!?』
梨央がそう嘆いていたのをふと思い出し、それで脳裏に浮かんだ彼女の姿に、複雑な気持ちになってしまう。
桜理との一件以来、梨央との間には微妙な空気が流れることが多くなった。
梨央は以前と変わらない態度を取り繕おうと必死なのだろうけど……
どうして桜理を許せるの?
どうして、桜理のことをそこまで大事に想えるの?
彼女がそう訊きたいであろうことは、言動の端々から感じ取ることができた。
それを直接言葉にされても困るので適当なところで話を切り上げた結果、彼女との交流は出会い頭の雑談程度で終わることがほとんど。
これまで幼馴染みとして長く付き合ってきた彼女と気まずくなるのは複雑だけど、自分の正直な気持ちは全て伝えた後だ。
この気持ちを覆すつもりがない以上、梨央に思わせ振りな態度を取るのも不誠実だろう。
だから、記憶を操作して何も知らなかった時の平穏に戻してあげたいのが本音なのだけど……本人は、それをひどく拒否している。
今のところはその意思を尊重しているけれど、葛藤している梨央を見ていると、どうしても迷いがよぎるのだ。
「やっぱり、俺のことなんて忘れさせてあげた方がいいのかな……」
ひっそりと呟く。
ちょうどその時、拓也が数人の男子生徒と共に階段を上がってきた。
「あれ……実、そんなところで何してんだ?」
きょとんとして実を見る拓也。
実はそんな拓也の背後に視線を滑らせ、一瞬その目を険しく光らせた。
拓也が自分の視線に違和感を持つ前に目を閉じ、微かな笑顔を作って口を開く。
「いや、ただ外を見てただけだよ。」
その答えに、拓也は不審がる素振りを見せなかった。
「ふーん……」
適当な相槌を打った彼は、一緒にいた男子生徒らに急かされて教室に入っていく。
その姿が見えなくなった瞬間、実の表情から笑顔が跡形もなく消え去った。
「さて、どうしようかな。」
ゆっくりと口元に手をやった実は―――
「あれは、さすがにまずいよね……」
深刻さを滲ませた声で、そう漏らすのだった。




