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世界の十字路【全話統合版】  作者: 時雨青葉
【第3部】封じられた秘めたる想い
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今、ここにいるのは……

<エピローグ>



「実、どこに行ってたの!?」



 桜並木を歩いてきた実を見つけた桜理は、すかさず実に駆け寄った。



「急にいなくなったから、心配したのよ? 桜に訊いても、何も知らないって言うし。」



 実に手を伸ばしかけて、桜理はふとその手を止めた。



「実……何があったの? そんな顔して……」



 桜理が控えめに頬に触れてくる。

 実は、そんな桜理の瞳を見つめた。



 闇色の鏡に映るのは、とても情けない表情をした自分の顔。

 それを直視できなくなって、たまらず桜理を抱き締める。



「ごめん……桜理。」



 桜理がこうなってしまったのは、自分のせいだった。

 桜理を死から救えたからといって、この事実は変わらない。



 いくら謝っても、いくら償っても足りない。

 過去には戻れないのだから。



 やりきれない気持ちに陥っていた実の頭上で、バシッと重い音が響く。

 桜理が実の頭を思い切り叩いたのだ。



 思わぬ桜理の行動に、実は呆気に取られて目をしばたたかせる。



「それ以上謝ったら怒るわよ?」



 桜理は、一度尖らせた唇をすぐに笑みの形に変えた。



「実。あなたがこれ以上私のことを気に病む必要はないの。私ね、なんだかんだ言って、ここの生活が気に入ってるのよ? そりゃ、向こうへの未練は多少あるし、やることがなくて暇を持て余すことなんていっぱいあるけど。でも、ここの生活も楽しいの。ここの人たちはみんな優しいし、桜もいるし。私は、ここの生活が嫌だなんて思ったことはない。それだけは、誤解しないでよね。」



 桜理が悪戯(いたずら)っぽく笑う。

 実は、それに淡い微笑で答えた。



「ありがとう。」



 その先に続く言葉は、そっと飲み込んだ。



 きっと、そうはいかない。

 自分は、永遠に桜理に縛られるだろう。



 過去を思い出してはいくらでも後悔し、自分を呪うに違いない。

 いつまでも、この心は罪の意識に(さいな)まれる。



 でも、それを嫌だとは思わなかった。

 相手が桜理だというだけで、どんなことにも耐えられると思える。



 桜理は自分にとって、自分以上に大事な人だから。



『お前が桜理を選んだ。そのことが、この悲劇を生み出した全ての原因だ。』



 途端に、レティルの言葉が生々しくよみがえる。

 胸が切り裂かれるように痛んで、表情が強張りかけた。



 特別なんて、作らなければ……



 そんな後悔があふれそうになるけど、桜理を想う気持ちに逆らうことはできない。

 一度知ってしまったら、知らなかった時には絶対に戻れないのだから。



「そういえばね、実。私、実に一つ訊きたい事があるの。」



 桜理がそう切り出したので、実は目だけで続きを(うなが)した。

 桜理は何度か躊躇(ためら)う仕草を見せた後、おずおずとその口を開く。



「あなたたちって、どうなってるの?」



 訊ねられたのは、そんなこと。



 想定外の内容に、思考回路が止まりかけた。

 言葉の意味を掴みあぐねて、しばし無言のまま時が過ぎる。



 桜理は、複雑そうにこちらを見つめている。



〝こんなことを訊いてもよかっただろうか?〟



 闇色の瞳が、桜理の気持ちをありありと物語っていた。

 そして、その表情を見た瞬間、桜理の質問の意味を理解する。



「もしかして………()()()()()()?」



 自分の胸を指す実。

 それに、桜理はこくりと頷いた。



「私は、昔の実と今の実は全くの別人だと覚悟してたの。あの人にそう言われたっていうのもあるけど、変わってしまった実を見て傷つきたくなかったから。でも……私には、あなたたちには区別できるようなものがないように見えるの。」



「……じゃあ、桜理には今の俺がどんな風に見えてた?」



「……そのまま。」



 実の問いに、桜理はそう告げる。



「そりゃあね、昔と比べて(とげ)がなくなったなとか、嘘をつくのが上手くなったなっていうのはあるの。でも、言ってしまえばそれだけ。他の人とは距離を置くのに、私だけは特別扱いしてくれる。そんな根本的なところは何も変わってない。」



「そう…。そうかもしれないね。」



「だから、教えてほしいの。今の実と昔の実、その違いは何? 私は、何を頼りにあなたたちを見分ければいいの? 正直、今話している実がどっちの実なのか……私には、判断がつかない。」



「………」



 桜理の言葉を聞き、実は静かに目を閉じた。



 まあ、混乱するのも無理はないか。



 今の話を聞くに、桜理は自分が背負っている運命までは知らないのだろう。

 自分たちが決裂するに至った背景を知らなければ、自分たちの関係性も理解しにくい。



 きっと、これまで内心ではかなり戸惑いながら自分と接していたはず。



 実は、自分と彼の関係について簡単に説明した。



 自分たちが生まれた経緯。

 それによって今の自分が抱える問題。

 そして、桜理のことに関してだけは、自分たちの想いが完全に同じであること。



 難解な実の話に、桜理は真剣に耳を傾けている。



 長い話に(ひと)区切りついたところで……実は、急に押し黙った。



 桜理が〝どうしたのか〟と首を傾げる。

 実は、その視線を嫌がるように顔を背けた。



「………」



 正直、迷っていた。



『私は、何を頼りにあなたたちを見分ければいいの?』



 未だに解消されていない桜理の疑問。

 その疑問が、胸の中に重い(おり)を落とす。



 果たして、今自分が感じていることを桜理に―――いや、他人に言うべきなのだろうか。



 このことを話せば、皆が余計に自分から離れられなくなってしまうかもしれない。

 ならば、このことこそ自分一人で抱えているべきだと思う。



 自分は、また同じ過ちを繰り返すの?

 そして、桜理のような悲劇を再び誰かに起こしてしまうの?



 そんな自問が、たまらなく怖い。

 なら、秘密を打ち明ける〝特別〟なんて、もう二度と……



 思考は孤独を選ばせるかのように巡るばかり。

 そんな自分の前で、桜理は根気よくこちらが口を開くのを待っていた。



 ふとした拍子に見た桜理の瞳。

 その深い闇色に、孤独に走ろうとする思考が吸い込まれるような気がした。



 この瞳からだけは、逃げてはいけない。

 これ以上、彼女を傷つけてしまわぬように。



 元々、昔からこの目には嘘をつけなかったんだ。

 強がりを見せることも、ただの空気のように無視することもできなかった。



 そうすることを心が嫌がった。

 理由は単純だ。





 ―――桜理が、ただ一人の特別だから。





 特別だと認めたから、心を許した。

 心を許したから、ありのままの自分でいられた。



 多くは望まない。

 桜理の笑顔を見ていられれば、それだけでいい。



 笑う彼女と共に過ごしている間だけでいいから、この安らぎに身を(ゆだ)ねていられたら―――



 それは、今も心の奥に根深く残る、泣きたくなるほどに切ない願い。



 ここまで桜理を特別視していたとは、さすがに自分でもびっくりだ。

 ここまで来ても揺らがない自分の気持ちに、最早観念するしかない。



「桜理……驚かないで聞いてほしい。」



 ようやく、秘密を打ち明ける覚悟を決める。





(じつ)は―――俺にも、よく分からないんだ。ここにいる俺が、一体どっちなのか。」





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