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世界の十字路【全話統合版】  作者: 時雨青葉
【第3部】封じられた秘めたる想い
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どうして、こんなにも―――

 突然割って入った声に、全員の呼吸が止まる。

 そして、自然と声の主を目を向けた。



 倒れていたはずの実が、うつ伏せの状態から上半身をだけを起こしていた。

 無理に体を起こしているのは、震えている腕からも一目瞭然だ。



 実は渾身の力で叫ぶ。



「もうやめてくれ! これは、俺が自分で選んだことなんだ。だから、これ以上桜理を傷つけないでくれ! 桜理が生きてきた意味を、否定しないでくれ! 頼むから……桜理の未来を、潰さないでくれ!!」



 それは、切願に近かった。



 叫んだ苦しさから、実が力なく咳き込む。

 一緒に血を吐いたらしく、その口の端から血が流れて筋を作った。



 ―――生きてきた意味。



 実の言葉を反芻(はんすう)しながら、桜理はさらに自問していた。



 私は、こんなことを望んでいたの?

 本当に、実に復讐することが生きてきた意味だったの?



 このまま実を見殺しにして、私の心は晴れるの?

 私は嬉しいの?



 復讐を遂げたとして……私はこの先、何にすがってに生きていくの?





 私は……―――本当に、実に死んでほしいの?





 梨央に(いだ)いた(しっ)()

 あの時の自分を満たした、子供っぽい独占欲。



 あれは一体、なんだった?



 自問の答えを探して、桜理は実を見つめる。



 実は桜理がこちらを見ていることに気付くと、とても穏やかに笑った。

 その口元が、声を出さずに微かに動く。





 ―――――〝大丈夫だから〟





「―――っ!!」



 気付いた。

 気付いてしまった。



 気付きたくなかった。

 認めたくなかった。

 なのに、悟ってしまった。



 無意識に隠した、本当の気持ちに。



「……どうして…っ」



 桜理は、実に向かって叫んだ。



「どうして何も変わってないのよ! どうして、あの頃と同じで真っ白なままなの!? (みにく)く汚れて言い訳ばっかりしてくれれば、私は楽だった! こんなに躊躇(ちゅうちょ)しなかった! なんの迷いもなく、あなたなんか殺してやったのに!! なんで、私のために死ぬようなことができるの!?」



 どうして、どうして―――どうして!?



 心の中を吐露して、その勢いに()かされるままに桜理は駆け出した。

 しかし、実に駆け寄ろうとした足は、彼を守る結界によって(はば)まれる。



「この中に入れて!」



 桜理は桜に怒鳴ったが、桜は静かに枝を揺らすだけだ。



「それはできない。」



「どうして!?」



「それが、こやつの望みだからだ。この結界は、こやつの無意識が作り出したもの。桜理が生きるために、絶対に邪魔をさせるつもりがないということだ。(われ)は、こやつの選択に黙って従うつもりだ。」



 桜が断言すると同時に、重たいものが落ちるような音がする。

 見ると、実が完全に力を失って倒れていた。



 実はすでに、最期への一歩を踏み出してしまった。

 彼の命の灯火が燃え尽きるまで、もう(いく)ばくもない。



 そんな光景に直面して、頭が真っ白に染まる。



「聞きなさい! 実!!」



 桜理は必死に結界を叩いた。



 このくらいでは結界は壊れない。

 それでもいい。



 実に自分の言葉が届いてくれれば、ただそれでいい。



(お願い、実に届いて!)



 心の底から、切に願う。



「こんなことをされたって、私は絶対に幸せになんかなれない! あなたを失って、笑っていられるわけないじゃない!! 実を死なせるくらいなら、生き延びなくていい。私に笑ってほしいなら……戻ってきなさい、実!!」



 力の限りに叫んだ途端、ガラスが割れるような音が響いた。

 それと同時に、実と自分を隔てていた不可視の壁が消える。



 そこからは、がむしゃらに走った。



 実に辿り着くまでの距離が、普段の何倍も長く感じる。



 実の傍に転ぶように座り込み、ゆっくりとその体に触れる。



 まだ温かい。

 もう随分と弱いが、ちゃんと鼓動を感じる。



 彼は、まだ生きている。

 そのことが、どうしようもなく嬉しかった。



 桜の根が動いて、それに合わせて実の体も動く。

 実の表情が見えやすいように、桜が実の体勢を変えてくれたのだ。



「実…」



 桜理は、実の蒼白な頬に触れた。



 実が憎い。

 憎いはずだった。

 憎もうとした。



 それが、当然だと思っていたから。



「実…っ」



 涙があふれた。



 憎い。

 とても憎い。



 なのに………



 桜理は実の唇に、自分のそれを重ねる。





 なのに―――どうして、こんなにも愛しいのだろう……





「実……嘘をついて、ごめんなさい。お願い、帰ってきて…っ」



 涙なんて拭わずに、全力で実を抱き締める。



 なんて馬鹿なんだろう。

 こうなるまで、自分の本心を認められないなんて。



 本当は、最初から気付いていたくせに。

 それでも、必死に見ないようにしていた。



 忘れられた悲しさを思い返して、実を憎むことに集中して本心を塗り潰そうとした。



 だけど―――



「死なないで……お願い。」



 涙が、次から次へと零れてくる。



 失いたくない。

 消えてほしくない。



(今度こそ、私を一人にしないで……)



 目を閉じて、ただそう祈った。



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