どうして、こんなにも―――
突然割って入った声に、全員の呼吸が止まる。
そして、自然と声の主を目を向けた。
倒れていたはずの実が、うつ伏せの状態から上半身をだけを起こしていた。
無理に体を起こしているのは、震えている腕からも一目瞭然だ。
実は渾身の力で叫ぶ。
「もうやめてくれ! これは、俺が自分で選んだことなんだ。だから、これ以上桜理を傷つけないでくれ! 桜理が生きてきた意味を、否定しないでくれ! 頼むから……桜理の未来を、潰さないでくれ!!」
それは、切願に近かった。
叫んだ苦しさから、実が力なく咳き込む。
一緒に血を吐いたらしく、その口の端から血が流れて筋を作った。
―――生きてきた意味。
実の言葉を反芻しながら、桜理はさらに自問していた。
私は、こんなことを望んでいたの?
本当に、実に復讐することが生きてきた意味だったの?
このまま実を見殺しにして、私の心は晴れるの?
私は嬉しいの?
復讐を遂げたとして……私はこの先、何にすがってに生きていくの?
私は……―――本当に、実に死んでほしいの?
梨央に抱いた嫉妬。
あの時の自分を満たした、子供っぽい独占欲。
あれは一体、なんだった?
自問の答えを探して、桜理は実を見つめる。
実は桜理がこちらを見ていることに気付くと、とても穏やかに笑った。
その口元が、声を出さずに微かに動く。
―――――〝大丈夫だから〟
「―――っ!!」
気付いた。
気付いてしまった。
気付きたくなかった。
認めたくなかった。
なのに、悟ってしまった。
無意識に隠した、本当の気持ちに。
「……どうして…っ」
桜理は、実に向かって叫んだ。
「どうして何も変わってないのよ! どうして、あの頃と同じで真っ白なままなの!? 醜く汚れて言い訳ばっかりしてくれれば、私は楽だった! こんなに躊躇しなかった! なんの迷いもなく、あなたなんか殺してやったのに!! なんで、私のために死ぬようなことができるの!?」
どうして、どうして―――どうして!?
心の中を吐露して、その勢いに急かされるままに桜理は駆け出した。
しかし、実に駆け寄ろうとした足は、彼を守る結界によって阻まれる。
「この中に入れて!」
桜理は桜に怒鳴ったが、桜は静かに枝を揺らすだけだ。
「それはできない。」
「どうして!?」
「それが、こやつの望みだからだ。この結界は、こやつの無意識が作り出したもの。桜理が生きるために、絶対に邪魔をさせるつもりがないということだ。我は、こやつの選択に黙って従うつもりだ。」
桜が断言すると同時に、重たいものが落ちるような音がする。
見ると、実が完全に力を失って倒れていた。
実はすでに、最期への一歩を踏み出してしまった。
彼の命の灯火が燃え尽きるまで、もう幾ばくもない。
そんな光景に直面して、頭が真っ白に染まる。
「聞きなさい! 実!!」
桜理は必死に結界を叩いた。
このくらいでは結界は壊れない。
それでもいい。
実に自分の言葉が届いてくれれば、ただそれでいい。
(お願い、実に届いて!)
心の底から、切に願う。
「こんなことをされたって、私は絶対に幸せになんかなれない! あなたを失って、笑っていられるわけないじゃない!! 実を死なせるくらいなら、生き延びなくていい。私に笑ってほしいなら……戻ってきなさい、実!!」
力の限りに叫んだ途端、ガラスが割れるような音が響いた。
それと同時に、実と自分を隔てていた不可視の壁が消える。
そこからは、がむしゃらに走った。
実に辿り着くまでの距離が、普段の何倍も長く感じる。
実の傍に転ぶように座り込み、ゆっくりとその体に触れる。
まだ温かい。
もう随分と弱いが、ちゃんと鼓動を感じる。
彼は、まだ生きている。
そのことが、どうしようもなく嬉しかった。
桜の根が動いて、それに合わせて実の体も動く。
実の表情が見えやすいように、桜が実の体勢を変えてくれたのだ。
「実…」
桜理は、実の蒼白な頬に触れた。
実が憎い。
憎いはずだった。
憎もうとした。
それが、当然だと思っていたから。
「実…っ」
涙があふれた。
憎い。
とても憎い。
なのに………
桜理は実の唇に、自分のそれを重ねる。
なのに―――どうして、こんなにも愛しいのだろう……
「実……嘘をついて、ごめんなさい。お願い、帰ってきて…っ」
涙なんて拭わずに、全力で実を抱き締める。
なんて馬鹿なんだろう。
こうなるまで、自分の本心を認められないなんて。
本当は、最初から気付いていたくせに。
それでも、必死に見ないようにしていた。
忘れられた悲しさを思い返して、実を憎むことに集中して本心を塗り潰そうとした。
だけど―――
「死なないで……お願い。」
涙が、次から次へと零れてくる。
失いたくない。
消えてほしくない。
(今度こそ、私を一人にしないで……)
目を閉じて、ただそう祈った。




