情報を得る手立て
闇の中を、実は走る。
どうしたものか。
焦りそうになる頭で、必死に考える。
桜理がああ言うのだ。
図書室には、手がかりはないと考えていいだろう。
護衛たちや侍女たちが何かを知っているとも思えない。
万が一知っていたとしても、桜理が口止めしている可能性が高い。
思考の方に意識を取られた結果、実はふと立ち止まる。
桜理を助ける方法を知るのに一番手っ取り早い方法は、桜理の意識を一時的に乗っ取って話させること。
しかし、それだけは絶対にやりたくない。
いくら命に関わる害がないとはいえ、桜理が望みもしないのに魔法に訴えるのは嫌だ。
自分がいくら不利になろうとも、桜理の意志は絶対。
幼い彼が胸に決めていた思いが、自分の行動に制限をかけていた。
(何か、別の手立てを……)
考える実の足元に、ふと光が差し込む。
無意識に光源を探って、視界を巡らせる。
横手にある窓から、月明かりが差し込んでいた。
今日の天気は曇天だ。
空を覆う雲の切れ間からわずかに月が顔を出し、柔らかな光を地上に届けている。
その光に、降りしきる桜の花びらが綺麗に映えていた。
「あ…」
ひらめいた。
そうか。
たった一つ、いるじゃないか。
桜理のことを深く知っていて、それでいて彼女の意志とは関係なく自由に語れる存在が。
どうして、こんな簡単な方法に気付かなかったのだろう。
思い至った実は、窓に向けて手をかざす。
「つっ…」
魔力を放出した瞬間に左手首が熱を伴った痛みを発し、思わず顔が歪んだ。
少し不安になったが、その不安に反して窓は一切音を立てずに開いた。
魔法が正常に働いたことにほっと胸をなで下ろし、シャツの袖を少しめくる。
左手首にはまった銀の腕輪が、熱を持って微かに震えていた。
これをつけている状態では、基本的にまともな魔法を使うことはできない。
たまに腕輪のことを忘れて魔法を使おうとしてしまうが、その度にこうして少し痛い思いをする。
実は腕輪の上で指を躍らせた。
何回か指が腕輪に触れると、カチリと音を立てて腕輪が外れる。
手首は、火傷を負ったかのように赤くなっていた。
それを見て息をつきながら腕輪をポケットにしまうと、窓に手をかけて勢いよく外へ飛び降りる。
上空を見上げると、桜の大木がカーテンのように枝を伸ばして空を覆っていた。
「………」
実は目を閉じて自問する。
後悔しないか。
覚悟はあるか。
閉じた目を開く。
引く気はない。
それが答えだ。
実は魔法を展開しつつ、足に力を入れて地面を蹴った。
建物の屋根に着地し、そこから屋根の向こうにあるものを見下ろす。
建物に囲まれるようにして、あの桜の木がある。
自分にしかこの桜の元には辿り着けない。
桜理はそう言っていた。
しかし、それはおそらく建物内にいればの話。
おそらく、巫女にしか辿り着けないように空間がねじれているのだ。
ならば、単純にそのねじれを避けて通ればいい。
上手くいくかどうかはやってみないと分からないが、考えうる限り一番確実な手段と言えるだろう。
実は躊躇することなく、屋根から飛び降りた。
一応何が起きてもいいように警戒はしていたが、その警戒は杞憂に終わり、足は地面へと降り立つ。
やはり、建物の外から来る分には特に妨害もないらしい。
実は、目の前にそびえる太い幹を見据えた。
少し息を整えて、そっと木の幹に触れる。
(正直、上手くいくかは分からないけど……)
自ら感情を表現できる動物はともかく、物言わぬ植物との対話を望むなら、こちらがとことん合わせてやらなければならない。
誰に教わったかは忘れたけれど、そんな知識が頭に残っている。
そして、昔にその技術を使って遊んでいた記憶もある。
久しぶりすぎて心許ないが、今は四の五の言っている場合じゃない。
弱気になりかける自分を叱咤しつつ、意識を集中させた。
手のひらを介して、微かに桜の鼓動を感じる。
それは、自分のものに比べるとひどくゆっくりとしていて弱々しかった。
実は目を閉じて、木の鼓動に合わせて呼吸のリズムを変えた。
それに影響され、自分の鼓動のリズムも変わっていく。
徐々にゆっくりと、そして小さく。
そして―――木と自分の鼓動が完璧に重なる。
瞬間、世界がぐるりと反転するかのような感覚が襲う。
「これは驚いた。」
男性とも女性ともつかない、中性的な声が頭に直接響いてきた。




