あんな夢、もう……
「―――っ!!」
実の微笑みを見た瞬間、何かが盛大に弾けた。
衝動のままに勢いよく実に駆け寄って、その肩を強く掴む。
「なんで……なんで、こんなになってまで助けを求めない!! なんのためにおれらがいるんだよ!?」
叫んだ。
それと同時に、乱暴に実の肩を揺さぶる。
実は下をうつむいて、虚ろだがしっかりとした声でこう言った。
「なんで来たの?」
「―――っ! おれの質問に答えろ!!」
拓也が怒鳴るが、実は強く口を引き結んで頭を横に振る。
「別に、助けなんていらない。これは……あくまでも俺の問題、だから。だから……誰にも、頼らない。だい…じょう、ぶ……だから……」
実の言葉が、不自然に途切れがちになる。
薄いその肩が、拓也の手の中で何度も危なげに揺れた。
拓也は慌てて実を支え、実の顔を覗き込む。
実の顔色は、病的なまでに青白かった。
表情には全く生気がなく、目の下にはうっすらと隈ができている。
それが何を意味するのか分かって、無意識のうちに手に力がこもった。
「実……お前、寝てないのか?」
鋭く問うも、実は答えない。
だが、答えを得られずともこの見解が間違っていないことは明らか。
激情が引いていって、代わりに溜め息が漏れた。
「分かった。話は後でにしよう。今はとりあえず眠って―――」
その瞬間、拓也の言葉を遮るように実が拓也の手を振り払った。
予期していなかったその展開に、拓也は思わず固まってしまう。
そんな拓也のことなど眼中にない様子で、実は自分の肩を抱いて小さく震え出した。
「嫌だ。眠りたくない。」
放たれた答えは拒絶。
それにカッと血が上って、拓也は先ほどよりも激しく実の肩を掴む。
「馬鹿言うな! お前 、今どんな状態だからそんなことが言えるんだ!!」
「嫌だっ……嫌だ嫌だ嫌だ!」
「実!!」
「嫌だっ!!」
「―――っ」
とうとう、拓也の堪忍袋の緒が音を立てて切れた。
その目が厳しくすっと細められ―――
「そうかよ。」
ぽつりとそう告げた次の瞬間、拓也は実の額を前髪ごと掴んで乱暴に実をベッドに叩きつけていた。
目を丸くする実を見下ろすその表情は、強い怒りに染まっている。
「ふざけるなよ。今までは実が自分でケリをつけられてたから、何も言わなかったんだ。でも、今回ばかりは好き勝手にさせねぇから。どんだけの人がお前を心配してると思ってんだ? どうしても嫌だって言うなら、無理にでも眠ってもらうぞ。」
拓也の凄みのきいた声とその言葉の内容に、実は息を飲んで肩を震わせた。
抵抗したい実がこちらの腕を引き剥がそうともがくが、睡眠不足と疲れが祟ってか、入っている力なんて微々たるもの。
拓也は実の抵抗など歯牙にもかけず、無言で魔力を込めた。
「―――――っ!!」
実は、声にならない悲鳴をあげた。
拓也の魔法が浸食してきて、だんだんと体から力が抜けていく。
抗いがたい睡魔が意識をさらおうとする。
「い……やだ…っ」
睡魔に対する恐怖が火事場の馬鹿力を生み、拓也の腕を掴む手に尋常じゃないほどの力がこもる。
その勢いが余って、実の爪が拓也の皮膚を突き破った。
拓也は痛みに顔をしかめるも、魔法に込める力をむしろどんどん強くする。
だが―――
「………?」
拓也はそこで、怪訝そうに眉を寄せた。
実からの抵抗が急になくなったのだ。
そして、それと引き換えに実は激しく震え出してしまった。
「………嫌だ……」
今にも泣き出してしまいそうな声。
それを聞いた瞬間、無意識で手に込めた力を緩めかけた。
そんな拓也の変化になど気付く余裕もなく、実は己の内側から滾々と湧き出してくる恐怖に体を震わせていた。
「嫌だ…嫌だ……あんな夢……もう、見たくない…っ」
絞り出すような声と共に、実の両目から涙があふれ出す。
それに、拓也は驚愕して目を見開いた。
「……夢?」
疑問に思って、訊ねてみる。
しかし、その時にはもう、実は質問に答えられる状態ではなくなっていた。
「嫌だ……怖い、怖いんだ……」
実はただ、機械のようにそう繰り返すだけ。
何度も声をかけてみてが、一度として会話が成り立つことはなかった。
(どうするか……)
思わず逡巡。
ここまで怖がられると、無理に眠らせることへの抵抗が出てくるというもの。
しかし、体のことを考えるなら一旦眠ってもらわないと困る。
魔法で実の体調を治すことは可能だが、それは一時的なものでしかない。
体調を戻すとはいっても、やることは単に体の機能を強化するだけ。
結局はいつか限界が来て、また元の状態に逆戻りしてしまう。
どちらにしろ、行き着く先が同じならば……
対応を決めた拓也は、一度肺が空になるまで息を吐き出す。
「実。大丈夫だ。夢を見るのが怖いなら、夢を見ないくらい深い眠りに落としてやる。だから、怖がらなくていい。」
意識して、実の神経を刺激しないように注意を払って優しく語りかける。
しかし、実はゆるゆると首を振るだけ。
「……嫌だ。」
やはり、今の実にはこちらの言葉が届かないようだ。
拓也は実の意見を聞くのをやめ、魔法に集中する。
「怖い…嫌だ……」
拓也はもう、一切答えない。
「怖い…怖い……」
「………」
「嫌だ……」
「………」
「嫌…だ……こわ―――」
言葉が途切れた。
実の手が完全に力を失って、ベッドに落ちる。
拓也は油断せずに、ゆっくりと慎重に実の額から手を離した。
穏やかに眠った実の顔が目に入る。
呼吸も落ち着いていて、規則正しい呼吸も確認できた。
「―――はあ。」
疲労困憊の溜め息を盛大に漏らす拓也。
ふと手首を見ると、実の爪が食い込んだ傷跡から血が流れていた。
それに、思わず眉をひそめる。
なんとも言えない、複雑な後味だ。
それを振り払いたくて視線をさまよわせた結果、ベッドの上で眠る実を見下ろす。
「………っ」
気まずさは消えたものの、引いていたはずの怒りがじわじわと戻ってきてしまった。
(まったく…。どうしてこいつはいつも……)
そのままぐるぐると思考が巡りそうになり、埒が明かないと気付いてやめる。
拓也は制服のポケットから携帯電話を取り出した。
何度かボタンを操作して、それを耳に当てる。
「あ、尚希? ……うん、今実の家。それはそうとさ、少し相談があるんだけど、今大丈夫か?」




