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世界の十字路【全話統合版】  作者: 時雨青葉
【第3部】封じられた秘めたる想い
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恐怖の夜

<第1章 思い出したくない記憶>



「うわあああああぁぁっ!!」



 自分の耳を、自分の絶叫がつんざいた。

 それに驚いて、慌てて身を起こす。



 しかし、これだけの絶叫をあげておきながら、夢から覚めたばかりの意識は現実感のなさに支配されていた。



 これは夢?

 それとも現実?



 混乱した頭では、それすらも判別できない。



 そんな意識とは対照的に体は活発で、肩が荒い呼吸に合わせて大きく上下に動き、心臓がとても速いテンポでうるさく脈を打っている。



 意識と肉体のせめぎ合い。

 その軍配は、やがて肉体の方に挙がった。



 興奮している体に()かされるように、おぼろげだった意識が覚醒していく。

 徐々にではあるが、暴れる呼吸と鼓動を鎮めようと理性が働く。

 その理性に応えて、体は長い時間をかけて落ち着きを取り戻していった。



 それでようやく、今が現実なのだと理解するに至る。



「―――……」



 その瞬間に全身から力が抜けて、実はベッドに倒れ込んでしまった。



 柔らかい枕が、力なく落ちてきた頭を受け止める。

 見慣れた天井が視界に広がって、無意識のうちに安堵して息を吐いた。



 目の前に広がるのは、灰色の闇。

 夜は明けるにはまだ早い時間のようだ。



 夜目が()いて青ざめた世界に響くのは、規則正しくなった己の呼吸音だけ。

 それ以外に、音らしい音は聞こえない。



 無機質な闇と異常なまでの静寂が、意識をより明瞭に、より敏感にしていた。



「………」



 ほんの少しだけ気持ちに余裕が生まれたので、実は首を巡らせて部屋を見渡した。



 闇の中に沈んでいる室内は特に異常もなく、いつもどおりの姿をさらしている。



 閉め切られたカーテンの隙間から差し込んだ月明かりが、床に細い線を作っていた。



 そんな部屋の中を見回して動いていると、冷たいものが頬を流れ落ちてくる。



 今さらながらに顔に手をやると、顔中が汗でぐっしょりと濡れていて、同じように濡れた前髪が額に張りついていた。



 おそらく、かなり長い間うなされていたのだろう。



 ふと、無意識で夢の記憶を辿る。



 瞬間、脳裏にものすごい鮮明さで、花びらが、木が、少女が、少女の笑顔が、泣き顔が、声が―――



「―――っ!!」



 一気に突き上げてきた恐怖を拒絶するように、勢いよく起き上がる。

 胸を押さえて、再び乱れかけた呼吸を必死に押し殺した。



 この一線を越えたら、自分はきっと叫び出してしまう。



 恐怖に飲み込まれそうになることにさらなる恐怖を覚えて、全神経を使って恐怖に耐えた。



 今はまだ夜中。

 こんな時間に騒ぎ出しては、近所迷惑になってしまう。



 恐怖に真正面から向き合ってしまわないように、夢とは関係のないことを自己暗示のように言い聞かせる。



 気が遠くなるような静寂の中、実は静止画のようにピクリとも動かなかった。



 しばらくして―――



「……ふう。」



 実の口から、深い息が吐き出された。

 胸を押さえていた手がベッドに落ちる。



「………」



 ゆっくりと膝を折った実は、膝の上に自分の額を乗せた。



 前髪を伝ったいくつもの汗が布団に落ちていく。

 それを眺めていると、疲れで体が重くなるよう。



 膝と額に、ぬめりとした汗の感触。

 さらには、全身にかいた汗がじっとりと服を濡らしている。

 風もない室内ではその汗が乾くわけもなく、服の中が蒸れて気持ち悪さを倍増させた。



 あまりの気持ち悪さと蒸し暑さに、着替えようと思ってベッドを降りる。

 自然と下を向いた視界に飛び込んできたのは、部屋を横切る光の線だ。



 ―――じっと。



 部屋の中にある唯一の光を、食い入るように見つめた。

 その光に吸い寄せられるように、目が自然と光の線を追う。



 こんなこと、しなくてもいいのに……



 そうは思っても、すでに意識の支配下を離れている目はただ光の元を辿るだけ。



 その先には、微かに隙間の開いたカーテン。

 それを見た胸に広がるのは、恐怖と嫌な予感。



 実はカーテンの前に立ち、布の端に手をかける。

 少しの逡巡(しゅんじゅん)の後、ぐっと手に力を込めて一気にカーテンを引き開けた。



「………」



 言葉もなく立ち尽くす。



 夜の街を優しく照らす月。

 月の背後を彩る宵闇の空。

 空に模様を作る灰色の雲。

 そんな空の芸術に包まれて、ひっそりと(たたず)む家々。



 いつもと何一つ変わらない風景が、そこには広がっていた。



 拍子抜けして茫然としていた実はハッと我に返り、ずっと詰めていた息を一気に吐き出した。



「何やってんだろ、俺……」



 ()(ぎゃく)的に笑った実は、窓に背を預けて部屋全体を見渡した。



 カーテンを開けたことで、部屋の中は(ほの)かに明るくなっていた。

 そんな薄暗い部屋の中に、月明かりを受けた窓と自分の影が伸びている。



 緊張の連続で疲れてしまい、実は疲労に浸食されている意識もそのままに、自分の影をぼうっと見つめていた。





 ―――ひらっ





「!!」



 薄茶色の双眸が、驚愕で見開かれる。



 部屋の床に映る自分と窓の影。

 そこに、新たな影が舞い込んできた。



 その影は窓の上方から現れて自分の影をひらりと横切り、窓の下方へと消えていく。



 ぞわり、と。

 背筋を(おそ)()がうねっていった。



 小さな影。

 まるで雪のような、花びらのような……



「………っ」



 組んでいた腕に力がこもり、首筋をひんやりとした汗が流れていく。

 それを拭いたくても、体が硬直して動かない。

 まばたきすらもままならない目は、窓と自分の影を見据(みす)えたまま凍りついてしまう。



 ―――ひらり、ひらり。



 時間が経過するにつれ、舞い散る影の数が増えていく。



 気のせいだと言い聞かせようとしていた自分を、嘲笑(あざわら)うかのように……



 気のせいで済ませたかった。

 夢のせいで幻影を見たのだと、きっと何かを見間違えただけだと、そう思いたかった。



 ―――だが、今はどうだろう。



 尽きることのない無数の影が、窓枠の中で踊っている。

 その様相まるで、窓の外でさんさんと雪が降っているかのよう。



 ―――でも、違う。



 自分の中には、悲しいほどの確信があった。



 だって、知っているもの。





 ―――今となっては、()()()()()()()()()()()()()()()





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