実、なのか…?
「―――ふ……」
食い入るようにグランを見つめていた実の唇が、唐突に弧を描く。
「どうして?」
自分が刺されている状況にもかかわらず、実は笑って肩をすくめてみせた。
「お前は、正体を隠すのはそれを知られたくないからだって言った。」
「うん、言ったね。」
「もしお前が〝鍵〟だっていうなら、知られたくないっていう理由も分かる。それに〝鍵〟は異常なほど強力な力を持っていて、みんなの恐怖の対象だ。俺がお前を怖いって思うのも、納得ができる。」
「まあ、辻褄は合うね。……で? 仮に俺が〝鍵〟だったとして、あんたがこんなことをする必要があったの? 世界を救うって、無謀な正義感でも持っちゃった?」
「なっ……え…?」
からかうように言われてカッとした様子のグランだったが、すぐにその表情は感情と呼べるものを失っていく。
「あ……俺……は……」
呟くグランの声はどこか虚ろとしていて、現実感を欠いているようだった。
「地震が起きて……なんだか急に、実を殺さなきゃって思って……思い、出せない…。気付いたらここにいて、実がいて、それで……あれ? 俺、どうして……」
よろけたグランが、実から離れる。
「あ…」
茫然とした表情で、グランは自分の両手を見下ろす。
その両手は、実の血でべったりと赤く濡れている。
「あああ…っ」
自分の手を濡らしているものの正体を認識したのか、グランの顔からざっと血の気が引いていく。
自分のしたことが信じられないのだろう。
カタカタと震える両手が、その動揺のほどを物語っていた。
「ほんと……厄介な暗示。」
ぽつりと冷たい声が零れた。
その瞬間。
「―――っ!?」
拓也と尚希は全身を震わせる。
実の声が、無条件で脳髄にまで浸透していく。
その声と雰囲気。
何より、その身から噴き出す尋常ではない量の魔力。
それは拓也たちの精神だけではなく、この辺り一帯の木々すらも凍らせてしまうような威力を宿していた。
「ふふふ……」
うつむいて垂れた前髪の中から、恐怖を誘うような笑い声が聞こえてくる。
「だめだめ。僕を殺すなら、ちゃんとココを狙わないと、ね?」
顔を上げた実は無邪気だが退廃的な笑顔を浮かべ、自分の心臓を指差す。
その言葉の信憑性を示すように、腰に埋まるナイフを抜いた実は、そこに手をかざして治癒を施した。
あっという間に傷は塞がり、血に汚れたシャツの隙間からは白い肌が覗く。
「お前……実、なのか?」
怯えた表情で実を見つめながらも、グランはしっかりとした声でそう訊ねた。
そんなグランに、実は大袈裟に驚いたような仕草を見せる。
「へえー。僕を前にして正気を保っていられるなんて、なかなかやるじゃん。」
唇は笑みを形作るも、その目は全く笑っておらず、冷たい光を宿していた。
実は、気配を感じさせない動きであっという間にグランの懐に入る。
身動きできずに息を飲むグラン。
そんな彼の首筋に、実は自分の腰から引き抜いた包丁をそっと添えた。
「大丈夫。君は悪くないよ。ただ、運が悪かっただけ。だから―――おやすみなさい。」
瞬間、糸の切れた人形のようにくずおれていくグラン。
それをなす術もなく見つめていた拓也と尚希の表情が、怯えていたグラン以上に青白いものになっていった。




