守護獣の統一
淡い紫色の光を身にまとった獅子は、まるで幻のように周囲の景色を透過しながらそこに佇んでいる。
創造主によって、敵が誰かはインプットされているのだろう。
獅子は実を見ると姿勢を低くして威嚇するように呻き、大きく咆哮をあげた。
鼓膜を突き破るような咆哮に地面が大きく揺れ、獅子を中心とした地面にヒビが入る。
いくつもの石の欠片が周囲に飛んでいき、そのうちの一つが実の頬をかすめた。
自分の頬に血が筋を作るのにも構わず、実はただ冷静に獅子を見上げる。
唐突に出現した獅子は、何も知らない住民たちには十分すぎる効果をもたらした。
至る所で悲鳴があがり、建物のドアや窓から咆哮を聞きつけた人々が顔を出す。
「全員、建物の中に逃げろ!!」
実は叫び、両手を胸の前に掲げた。
いつの間にか、その手には小さなナイフが握られている。
「さて、仕事の時間だよ。」
実は不敵に笑い、ナイフの切っ先を人差し指の腹に当てた。
鋭い刃先が、なんの抵抗もなく指の中に潜り込んでいく。
だが、実はそれ以上の行為には及ばず、小さく指先を傷つけるだけでナイフを抜いた。
傷口からあふれた血が玉を作り、あっという間に臨界点を超えて指先に流れていく。
そして、指先でまた大きな玉を作って、ポタリと地面に一滴の雫を落とした。
血が地面に落ちた瞬間、実の足元に複雑な文様をあしらった魔法陣が現れる。
「この地を守りし獣たちよ。」
先ほどまでとは打って変わった、凛と澄んだ声。
その声に応えて、周囲の建物や地面が光を放ち始めた。
「我、汝らを統一する者として命を下す。我が呼び声に応え、分け与えし血を糧にその力を解き放て!」
街中の光がどんどん強くなっていく。
実は笑みを深め、高らかに声をあげた。
「さあ、みんなの出番だよ。持てる全部の力で主を―――この街を守れ!!」
実の宣言と同時に、獅子がまた咆哮をあげる。
その鋭い爪が、実目がけて振り下ろされた。
「おっと。」
実が余裕な動きで大きく跳躍し、獅子の爪を避ける。
標的を失って空ぶった爪が、派手な音を立てて地面に打ちつけられた。
次いで、獅子の前足が近くの建物の屋根に着地していた実を襲って薙ぎ払われる。
それも実はいとも簡単に避け、獅子の爪は実がいたはずの場所に叩きつけられるだけだった。
獅子の攻撃は全く実に当たらず、建物や地面に衝突する。
しかし、獅子の攻撃を受けたはずの建物や地面には傷一つついていない。
「これが……守護獣の統一の効果か。」
拓也と尚希は揃って息を飲み、目の前に広がる信じられない光景を見つめる。
「ま、完璧ではないけどね。」
実が二人の近くに着地し、額に浮いた汗を拭った。
そんな実を見た拓也たちは、瞬時にその異変を感じ取る。
実の顔色が、さっきよりも青いのだ。
『結界が発動している間は魔力を大量消費するだけではなく、守護獣たちの感覚を共有することになります。結界魔法の基本ではありますが、結界が受けるダメージは少なからず実様自身に返ってくることになるでしょう。』
ハエルの言葉を思い出し、拓也はハッとする。
「実! お前、こんな自由に街を攻撃させてたら…っ」
その言葉だけで、拓也の言いたいことは分かったのだろう。
実は拓也の焦りを滲ませた表情を見つめ、わずかに口角を上げた。
「大丈夫。でも、さすがに拓也たちのことまで守ってる余裕はないから、自分の身は自分で守ってね。」
まるでそれ以上の言葉から逃げるように、実は地を蹴って拓也たちから離れた。
あえて獅子に近付くように跳ぶと、獅子が迎え撃つように腕を振るのが見えた。
瞬間、戦うために冴えた脳がその軌道を計算する。
一秒にも満たない処理の後に、実は空中にいるまま体を少しだけ捻った。
その直後、首元すれすれを爪がすり抜けていく。
戦況は、明らかに実の独壇場だった。
一心不乱に攻撃する獅子を、実は幼子の相手をするようにいなしている。
しばらくそんなじゃれ合いが続いていたが、次第に獅子の動きに疲れが見え始めた。
「なんだ、もう疲れたの?」
対する実は、まだまだ余裕そうだ。
それも、無理もない展開だった。
獅子が攻撃する度に大きな動作を伴うのに対し、実は必要最低限の動きだけでその攻撃をかわしている。
使っている体力の差は歴然だ。
ふいに、これまで攻撃をかわすだけだった実の動きが変わる。
実は魔法の力を借りて一瞬で獅子の喉元に移動したかと思うと、魔法で具現化した剣でその喉元を容赦なく斬り裂いたのだ。
獅子は苦悶に満ちた声をあげ、大きく後退してその場に倒れた。
巨体から血が流れるようなことはなかったが、今の一撃は獅子にかなりのダメージを与えたようだった。
「………」
実は〝納得がいかない〟とでも言いたげな表情で獅子を見つめる。
―――弱すぎる。
あの神が創り、あれだけ不吉な気配をまき散らしていた割に、全く手応えがないのだ。
(なんか……嫌な予感がするんだよな。)
胸の奥がざわめく。
(本当に、これだけ…?)
そんな疑いに意識を傾けている間に獅子が身を起こしかけたので、実は獅子に向かって手を突き出した。
途端に、獅子が潰れた悲鳴をあげて地面に押しつけられる。
「厄介なことになる前に、終わらせとくべきだよな。」
ぞっとするような冷たい声で言い、実は空っぽな瞳で獅子を射抜く。
そのまま操る魔法に力を込めて、決着をつけるはずだった。
そのはずだったのだ。




