想いは次へ
「ねぇ、父さん。」
皆の動揺がそれなりに落ち着いた頃、実は微かに頭をもたげてエリオスを見上げた。
「今回のことだけど、人間の意識を締め直すにはいい機会だと思うんだ。さすがに戦争をゼロにするとか、みんなが仲良くできる世界を作るとか、そんなことまではできないと思うけど……それでも、ディライトたちの想いを無駄にしたくない。何か、俺たちにできることってないかな?」
「そうだね……」
実の質問に、エリオスは真剣な表情で唸る。
「変革……とまではいかないだろうけど、できることはたくさんあると思うよ。なんたって、君の母さんは王族じゃないか。」
「あ…」
「ルティ……そろそろ、君に流れている血が純貴族だって認識を持っておこうね。」
目から鱗の情報を聞いたと言わんばかりに間の抜けた表情をする実に、エリオスは苦笑を呈しながら先を続けた。
「確かに、今回の件はいいお灸になるね。どのみちあの方が消滅したことも報告しなくてはいけないし、ちょっと話を盛ってしまおうか。例えば……人間の度重なる悪行に怒ったあの方が、己の命と引き換えに世界ごと人間を駆逐しようとした、とかね。」
「ふむ……少なくとも、レティルの信者が多いアズバドルには大打撃か。」
「間違いないね。ただまあ、私の報告を国がそのまま公表するとは限らないから……キース君、ニューヴェルで大々的に告知を頼めるかい?」
「お任せください。」
待っていましたと、尚希が笑顔で胸を叩く。
「手がつけられなくなるくらいに煽ってやりますよ。国への不信感が高まるリスクはありますが、それはお前らがどうにかしろって話ですよね。」
「そうだね。陛下たちも、後ろめたい事情が何もないなら堂々としていられるはずだよ。」
「エリオス様。後ろめたい事情だらけだって分かってて言ってますよね、それ。」
「さあ? 国家の内部なんか、私は知らないよ。あの方たちは、知恵の園が絡まない限り私を会議になんか呼ばないから。」
「呼んだら負けるからでしょうね~。」
尚希がカラカラと笑う。
エリオスもそれに笑いながら、また思案げに視線を落とした。
「しかし、一応国民をなだめる策は講じておこうか。私から発案するつもりはさらさらないけど、セリシアに託しておけば、彼女も安心するだろう。」
「さすが。奥さんのためなら、そのくらいはやると。」
「当たり前だよ。それに、ここまでは前座みたいなものさ。私は、この機会に〝鍵〟を英雄にでもしてしまいたいんだ。」
「!!」
その発言に、実は目をまんまるにする。
しかし、この場でそんな反応をするのは実だけ。
他の皆はそれを聞くと、瞳を爛々と輝かせた。
「確かに、そっちの方が重要ですね。神が消えて世界が滅びかけた混乱で〝鍵〟の存在が霞んでも困るし……こりゃ、王族の皆さんには頑張ってもらわなきゃですね。」
「そうなんだよ。とはいえ、どうやって〝鍵〟の存在をこの話に絡めるかなぁ……」
尚希に乗って話を進めるエリオスは悩ましげである。
「本音を言うなら、ルティが世界を救ったんだって堂々と自慢してやりたけど……そんなことをしたら、あの方の代わりにルティが祀り上げられそうで嫌なんだよね。」
「確かに…。実があいつの力を引き継いでるってことも、言うわけにはいきませんしね。」
「死んでも言うもんか。ルティは偶像崇拝の道具じゃない。」
考えただけで嫌なのか、途端にエリオスの表情が氷のように冷えきった。
「……仕方ない。怒った神を食い止めたのは〝鍵〟の人間だったとしつつ、最後には〝鍵〟もこの世から去ったとするしかないか。複雑だけど、物語としては締まりがいい。〝鍵〟は二度に亘って世界を救った。その事実が浸透することが第一だ。」
「じゃあ〝鍵〟が去った経緯は、殺され続けてもなお人間を守った慈悲深さに胸を打たれた神の長が、褒美として神の世界に召し抱えていったってことにでもしませんか?」
尚希がそう提案する。
「エリオス様としてはふざけんなって話なのは承知ですけど、いいシナリオだと思いますよ。悪行を繰り返して滅ぼされかけた大勢と、いい対比になるじゃないですか。自分も神に救われたいって、己の行いを正す奴がぞろぞろと出てくるんじゃないですか? それに、〝鍵〟がもうこの世界に現れないと、そういう認識をごく自然に植え付けることも可能でしょう?」
「確かに、そうなんだけど……」
エリオスは非常に複雑そうというか、嫌そうだ。
「何がシナリオだ。ほとんど、事実そのままじゃないか…っ」
「エリオス様……駄々こねないでくださいよ。現実として、これが実に被害が及ばない理想の英雄譚じゃないですか。」
「うっ…」
実に被害が及ばない。
その言葉に、エリオスが露骨に反応した。
「おい。」
そこで口を挟んできたのは拓也だ。
「その話、ヤウレウスを使ってレイキーにもばらまいとけ。エリオス様が納得するのを待ってたら、いつまで経っても収集つかねぇ。」
「なるほど。外堀も同時に埋めておくと。了解。他国の王族がそう発表すれば、こっちもそれ相応の対応を取るしかなくなるもんな。」
拓也が意図することを瞬時に悟り、尚希はあっさりと頷く。
思えば、ここにはとんでもない権力者が二人もいるのだった。
あまりにもするすると話が進んでいくので、実はただまばたきを繰り返すばかりだった。
「とまあ、お灸のインパクトはこれでいいとして、本題はここからだな。」
そこで表情を和らげた尚希は、実の頭を優しくなでた。
「安心しろ。今回のことは、絶対に無駄にしない。ニューヴェルを率いる人間として、この教訓を糧に街をよくしていくよ。二度とこんなことが起こらないように、少しずつ人間を変えていこう。」
尚希は、力強く宣言してくれる。
それは確かに、ディライトたちの想いが自分を通して彼に受け継がれた瞬間だった。
「ありがとうございます。」
気付けば、頬がほころんでいた。
なるほど。
レティルや詩織が最後にああやって笑った理由が、今理解できた。
自分の想いを、誰かが受け継いでくれる。
受け継いでくれたと実感できる。
それは、こんなにも胸を温かくしてくれるのだ。
ディライトたちと自分の想いは、尚希に伝わった。
他の皆も、自分の想いを受け止めてくれている。
この想いが広がっていくきっかけは、ちゃんと作れた。
これでもう―――思い残すことはない。
「みんな……ありがとう。」
そっと囁いた実は、もう一度目を閉じる。
次の瞬間、実の体が淡い光をまとった。
「!?」
突然の出来事に、皆が瞠目する。
何が起こったのか。
そう疑問に思う暇すらなかった。
光に包まれた実の体は、細やかな粒子となって天に上っていく。
最後には―――何も残らなかった。




