〝全部終わったよ〟
「……ねぇ。」
「………」
「ねぇってば。」
「………っ」
「起きてよ。」
「う……」
優しく肩を揺さぶられて、拓也は大きく顔をしかめた。
次に、うっすらと目を開く。
ぼやけた視界の向こうにいる誰かの姿が、徐々に像を結んで―――
「やっと起きた。拓也が最後だよ? ……ま、拓也が一番魔力の消費が激しかったし、仕方ないか。」
困ったような、安堵したような。
そんな微笑みが自分を出迎えた。
「ルティ!!」
一瞬で目が覚めた拓也は、自分の傍でしゃがむ実に飛びかかっていた。
「お前…っ」
「大丈夫だよ。」
切羽詰まった表情をする拓也に、実は淡く笑いかける。
「もう、全部終わったよ。」
そう言われて、拓也は思わず空を見上げる。
あんなに地面を激しく打ちつけていた雨が、今はやんでいる。
吹きすさぶ暴風も、穏やかなそよ風へと。
そして、あんなに荒れ狂っていた魔力バランスが、すっかり元通りになっていた。
「ルティ……」
この状況を見れば、実がどんな決断を下したのかは明白。
故に実は何も答えず、ただ笑みを深めるだけだった。
「……………はあぁーっ」
一気に息を吐き出した拓也は、その場にどさりと尻餅をついた。
「お前って奴は……やっぱり、世界を生かしやがったな。いっそ滅ぼしちまえって言ったのに。」
「ごめんね。」
心底不満そうな拓也に、実はあっさりとした口調で謝罪する。
「だって、俺には拓也たちを殺すなんてできないんだもん。なら必然的に、世界も生かしてやるしかないじゃん。」
「おれは、死んでもよかった。」
「うん、知ってる。でも、それは俺が嫌。」
間髪入れずに断言した実は、何を言っても意見を変えそうにない。
「……おれだって、分かってるわ。」
ぼそりと、拓也は不機嫌な顔つきのままぼやく。
「お前は昔から、そういう奴だよ。いっつも人間を怖がって警戒して、心のどこかでは人間を嫌ってすらいるはずなのに……苦しんでる人間を見たら、手を伸ばさずにはいられない……そんな、どうしようもないお人好しだよ。」
まったく。
面白くない。
どうせ実はこういう道を選ぶだろうとは思っていたが、混乱に乗じて上手く乗せられるんじゃないかと、そう期待していた自分もいたのに。
どうしてこの主は、こんなにも慈悲に満ちあふれた選択しかできないんだか。
ぶつぶつと恨み言を量産する拓也の前で、実が目を丸くする。
「さすが拓也。俺が人間を嫌ってるって、とっくのとうに気付いてたんだ。俺自身でさえ、レティルに追い詰められてようやく気付いたのに。」
「お前は、自分に悪い感情を許さない潔癖症だからな。どうせ、無意識のうちにその気持ちに蓋でもしてたんだろ。」
「うーん…。否定できない。」
「事実だからな。」
「そんな怒んないでよー……」
底冷えする拓也の睨みに、実は眉を下げて両手を挙げた。
「ルティ。」
その時、実の後ろに立つ影が。
「本当に……本当に、よく頑張ったね。君は、私たちの誇りだよ。」
後ろからきつく実を抱き締めたエリオスが、時おり声につまりながらそう言う。
それに対し、実はというと……
「俺は、別に大したことはしてないけどなぁ。」
この返事である。
実が自分の功績を認めないのはいつものこと。
今さら、そこに突っ込む人間はゼロであった。
「よかった……みんな、ちゃんと生きてるよね。」
父の温もりにほっとして、実は周囲を見回す。
「うん。実、お疲れ様。」
そっとこちらの手を握って、労いの言葉をくれる桜理。
「実…っ。ありがとう……お前のおかげで、オレは…っ」
エーリリテやニューヴェルが救われて安心したのか、涙ぐんで頭を下げてくる尚希。
「実、おかえり。実が望む道を選べたみたいでよかった。」
最初から変わらず、自分の心を第一に慮って微笑んでくれるユーリ。
「ほーんと、よくやったよ。それにしても、戻ってくるなりやることが僕の回復なんだもん。まさか、エリオスたちよりも優先されるとは思わなかったよ。」
皆と一緒に優しい言葉をかけてくれる一方で、何故か複雑そうなルードリア。
みんな……みんな、生きている。
少なくとも、大事な人たちはちゃんと守れた。
目の前の現実を噛み締めた途端に、全身から力という力が抜けてしまった。
「おっと。」
腕の中に倒れ込んできた実の体を、エリオスがしっかりと抱き留める。
「そうだね。頑張りすぎて、疲れちゃったよね。」
「疲れたっていうか、本気で安心した……」
素直にエリオスの胸を借りる実は、弱りきった笑顔を浮かべる。
「みんなが生きてて、本当によかった。みんなのことだけは、失いたくなかったんだ。本当に、本当に……大好きだから。」
「!!」
実の告白に、その場の誰もが大きく目を見開いた。
「みんな、大好きだよ。こんな俺を見捨てないでくれて、愛してくれてありがとう。やっと……やっと、正直に言えた。」
次に皆と顔を合わせたら、何よりも先に伝えたかった想い。
色んな思い込みや建前が邪魔をして、ずっと本心からは言えずにいた想い。
たった一言を伝えるだけで、こんなにも満たされた気持ちになれるんだったら……
もっと早く受け入れて、もっと早く言えばよかった。
「ルティ…っ」
数秒の間を置いた後、エリオスが痛いくらいに抱き締めてくる。
桜理や尚希なんか号泣だ。
拓也は照れ隠しでそっぽを向いて、ユーリは何がまぶしいのか手で庇を作っている。
ルードリアはポカンとした顔。
反応はそれぞれだけど、皆が本気で喜んでくれていることは伝わってくる。
手遅れになる前に伝えられて、本当によかった。
しばらくは、愛しい人たちと一緒にこの想いを味わっていよう。
エリオスの胸に頭を預けた実は、幸せそうな表情で目を閉じた。




