今の役割と過去の役割
想いも罪も、共に背負う。
それが、過去に二人で交わされた約束だったのだろう。
そしてそれは、ディライトの心に強く響いたようだ。
「―――っ!!」
ディライトが、弾かれたように地面を蹴る。
「―――すまない…っ」
必死にすがりついてくるディライトの頭に手を置いて、キリナミは優しく微笑んだ。
「謝るのが遅いっての。それと、僕たちが謝らなきゃいけないのはルティ君でしょ。どうすんのよ、あの子のぶっ飛んだ価値観。純粋にひねくれちゃったから、直しようがないじゃない。」
「………っ」
キリナミにそう言われ、ディライトが肩を痙攣させる。
しかし、彼はそれ以上の行為には及ばない。
それ以上のことができないのは、嗚咽で震えている様子を見れば明らかだった。
「ルティ君。」
ディライトを抱いた体勢のまま、キリナミは顔だけを実に向けた。
「ありがとう。僕のお願いどおり、ディライトを救ってくれて。ルティ君がディライトの心を解きほぐしてくれなかったら、僕はディライトの中から出られなかったよ。」
「いや。礼を言われることのほどでも。俺は純粋に、ディライトに後悔するような道を選んでほしくなかっただけだし。」
肩をすくめてそう言う実を、キリナミは目をすがめて見つめる。
「かなり追い詰められてたからどうしようってヒヤヒヤしてたけど、問題なかったね。ルティ君が出した綺麗な答え、ちゃんと僕にも聞こえてたよ。」
「綺麗、かな…?」
キリナミの言うところがいまひとつ分からなくて、実は眉を寄せて首を捻る。
「俺は別に、世界を存続させるって決めたわけじゃないよ。どんな形であれ、想いを繋ごうって思っただけ。世界が助かるんだとしたら、それはただの結果論だよ。」
「そう言われると、なんとも…。僕もディライトを止めた時って、別に世界を救おうなんて大それたことは考えてなかったしなぁ。」
「でしょ? 人間なんて、そんなもんだよ。」
あっけらかんと実が言うと、キリナミもそれにつられて笑った。
「でも、君が優しい道を選んだことには変わりないね。きっと、そんな君だからこそ、周りの人たちがあんなにも君を愛してるんだと思うよ。」
「うん…。俺も、ここまで来てやっとそのことに気付いた。死なずに戻るなら、ちゃんとお礼を言わなきゃ。」
「そうしな。みんな、飛び上がるくらい喜ぶはずだから。」
ぽんぽん、と。
空いている手で実の頭を優しく叩いたキリナミは、とても穏やかに笑った。
「ルティ君。最後までお願いばかりで申し訳ないんだけど……君が望んでくれるなら、僕たちのこの想いを君が受け継いでくれないかな。」
「もちろん。」
キリナミの問いかけに、実は迷うことなく頷いた。
「これからを変えていくのは、今を生きてる俺たちの仕事だもん。キリナミたちはもう……ゆっくりと休んでいいんだよ。」
長い悪夢も、これでやっとおしまい。
あとは静かに眠って、幸せな無の中に溶けていけばいい。
彼らの魂や心が消えたとしても、彼らの想いは決してなくならない。
なくさないから。
「―――本当に、君は綺麗な子だね……」
ちょっとだけ涙ぐむキリナミ。
それに実が首を傾げると、キリナミは「いや…」と笑って、すぐに涙を引っ込めてしまった。
「じゃあ……もうそろそろ、お別れだよ。」
そう言ったキリナミは、実に手のひらを差し伸べた。
「その剣、もう一回貸して?」
行為の意図を掴みあぐねていた実にそう告げて、キリナミは再度手を突きつける。
「え、なんで…?」
「なんでも何も、当然のことでしょ?」
ルティ君こそ、何を言っているの?
丸くなった菖蒲色が、明らかにそう語っていた。
「これからを変えていくのが君たちの仕事なら、過去の負債を清算していくのは僕たちの仕事だよ。」
「!!」
返答に窮した実に、キリナミは慈愛に満ちた表情と声で最後の想いを伝える。
「君はもう、これ以上は何も背負わなくていい。僕たちの想いを受け継いでくれるだけで十分だ。これで君もしがらみから解放されて……これからはちゃんと、自分のために幸せに生きるんだよ。」
ね?
笑みを深めたキリナミは、こちらが何かを言う前に、勝手に剣を奪っていってしまった。




