〝最後まで、共に〟
「キリナミ……」
ディライトが、茫然とその名を呼ぶ。
実も完全に言葉を失っていた。
少し長めの黄金色の髪。
透き通るような菖蒲色の瞳。
そこにいたのは、間違いなくキリナミだったのだ。
「どうして……」
「あらやだ。どうして、だなんてー。」
呻くようなディライトの問いかけに、キリナミは昔と変わらないお茶目な仕草で頬に手を当てる。
そして―――
「ルティ君だけに全部を任せて、僕だけ暢気におやすみなさーいなんて……そんなことすると思った?」
にやりと、キリナミは口の端を吊り上げた。
まるで悪戯を企むような、少し子供っぽい笑顔。
それはすぐに、柔らかい微笑みに取って変わる。
「ちゃんと、約束したじゃない。―――君を独りにはしないって。」
「―――っ!!」
ディライトの顔が泣きそうに歪む。
それを見つめながら、キリナミは昔話を紐解く。
「あの時の魔法でね、君から力を奪い取ると同時に、僕のありったけの心を注ぎ込んでおいたんだ。」
「心を…?」
「そう。ま、君の力を奪う対価として僕が差し出せるのが、寿命と心だったって話なんだけどさ。でも、心を差し出すんだったら、あわよくば僕も未来に乗り込めないかなって、色々と細工を加えたわけさ。いんやぁ~、ルティ君に分身を作る魔法を解析させてもらっててよかったよね。」
「あ…」
なるほど。
今のキリナミは、影を作る要領でこの場に存在しているのか。
「……まあ、成功率なんて限りなくゼロに近い賭けだったけど。」
菖蒲色の双眸が、思案げに揺れる。
「いくら自我だけは一流の自由人っていったって、魂も肉体も手放した状態で、心だけが何千年も残っていられるかって言われるとねぇ…。これは、ディライトの肉体を守る魔法が、幸運にも僕の心も一緒に守ってくれたのかな。もしくは……僕の想いが、奇跡を掴んだ結果? なんちゃって♪」
茶化して舌を出したキリナミは、「でも…」とすぐに唇を尖らせる。
「賭けに勝ったのはいいけど、そこから想定外が起こりすぎ! どんなに頑張っても、ディライトの中から出られないんだもん。それに、魔法の対価は寿命だけである程度足りてたみたいだね。僕の想定では心の全部を差し出すはずだったのに、ルティ君の中にも僕の心が残っちゃってるじゃん。そのせいで、ルティ君には相当しんどい思いをさせちゃった。ごめんねぇ?」
到底謝っているとは思えない軽さ。
でも、それがキリナミらしくて……
「変わってないなぁ……」
気付けば、実は笑ってしまっていた。
「うっわ。なんか、煙たそうな顔してなーい?」
「なんかキリナミって、俺のうざい知り合いに似てるんだよ。そのおちゃらけたところもそうだし、何かにつけて抱きついてくるのもそうだし。」
「あらー? その人は、ルティ君の可愛さをよく分かってるじゃない。うりうりー♪」
「わっ……言ってるそばから!」
「何さー? ディライトには自分から抱きついたくせに。僕との再会も喜んでよー。」
「あはは。ちゃんと喜んでるよ。本当に嬉しい。でも……」
キリナミとじゃれ合って微笑んでいた実は、そこで心底悲しい表情を浮かべる。
「―――すぐに、お別れでしょ?」
そう訊ねると、キリナミの顔からふざけた色が消えた。
「……うん。そうだね。」
眉を下げて微笑んだキリナミは、静かに実の言葉を肯定する。
今のキリナミは、魔力の塊に心を乗せている状態。
魂も肉体も持たない彼は、この姿を維持し続けることはできない。
解放された心は、すぐに消えてしまうだろう。
「俺のことはいいから、本当にやりたいことをやりなって。いつまで放置するの? ディライトのこと。」
「……うん。」
実に体を押し返されたキリナミは、再び実に触れることはしなかった。
ゆっくりと体の向きを反転させた彼は、唯一無二の親友と向かい合う。
「まったく…。そんな顔するくらいなら、僕がここで剣を向けた時に、素直に諦めておけばよかったじゃん。割とどぎつい攻撃を容赦なく撃ってきて……この意地っ張り。」
キリナミは困った顔で苦笑。
一方のディライトは今にも泣きそうだ。
その表情を見れば、彼がキリナミとの邂逅を心から喜んでいると同時に、遥か昔のことを後悔していると窺い知れる。
「キリナミ……」
「ほーんと、困ったちゃん。ディライトって、昔から僕にだけ意固地で八つ当たりが激しいんだよ。表では穏やかーにしてるくせに、裏で二人になった瞬間、不平不満のオンパレード。僕がちょっとでも言い返したら、途端に揚げ足を取ってお説教だもんね?」
「それは―――」
「分かってるよ。ディライトが、僕の前でしか素の自分でいられなかったってことくらい。」
「………」
返す言葉もないらしい。
ディライトは、しゅんと肩を落としてしまった。
「だから僕も、意地になるしかないじゃん。ディライトがちゃんと僕を呼んでくれて、嬉しかった。だからこうして、出てこられたんだよ。」
「!!」
ディライトが慌てて顔を上げる。
その目はなんとなく、最後の希望の糸にすがりつくようなものに見えた。
キリナミはそんなディライトに向けて、両手を広げる。
「ほら。迎えに来てあげたよ。約束どおり―――君の想いも罪も、僕が最後まで共に背負おう。」




