自分の選択は……
すっかり全身から力を抜いたディライトは、頭痛でもこらえるかのように額に手を当てた。
「ルティ君…。君は、そこまでして私を止めたいのかい?」
訊ねられたのは、そんなこと。
それに実は、間髪入れずに首を横へ。
「ううん。俺の意志は、ちゃんとここに表れてるでしょ? ディライトがそれを受け入れてくれないだけでさ。」
自分の意志を示すように、実はディライトに剣を押しつける手に力を込める。
「俺が心残りなのは、本当にその結論でディライトが傷ついて後悔しないのかってことだけだよ。ディライトが自分のことを理解して受け入れた上で、それでもいいって言うなら、俺は何も言わない。その代わり、その道に俺がついていかないってことだけは分かってほしい。」
「それは、君が私の意見に反対だからってことかい?」
「違うって。何度も言ってるよ? 俺には耐えられないって。」
実は苦笑する。
「俺には、誰かを切り捨てるなんてできない。そもそも、切り捨てる基準もよく分かんない。だって、善悪の基準なんて曖昧じゃん?」
〝違う?〟と目で問いかけながら、実は自分が思うことを率直に述べる。
「例えば、人殺しが悪だって基準を作ったとして、自分の身を守るために仕方なくとか、殺してくれって頼まれた場合とかは完全に悪なのかな? その場合は悪と断定できないから、正当防衛や情状酌量っていう例外があるわけでしょ?」
―――そう。
人間の世界は規律や秩序で保たれているけれど、それは多くの例外があるからこそ成立しているものだ。
先ほどのディライトが、自分の願いを受け入れて父たちを生かすと言ったように。
自分の琴線に訴えるものがあれば、人は簡単に〝特別〟という名の例外を作ってしまう。
ほとんどの人間がそうなのに、自分なら大丈夫なんて理屈はないだろう、と。
理性が冷静にそう判断したのが、自分はディライトと共に歩めないと思った理由の半分。
そして、もう半分はただの感情論だ。
「例外を認めずに、罪を無理やり黒として人を切り捨てるなんて、俺には無理だよ。やったとしても、そのうち罪悪感で潰れちゃう。」
あなたは、傷つけることが何よりも怖い子。
両親や拓也、今はいない詩織まで、皆が口を揃えてそう言った。
そして、今ディライトに剣を向けらずにいる自分自身も、それが自分の本質だと理解せざるを得ない。
口喧嘩ですら苦手な自分が、機械的な判断で人を排除し続けられると思う?
特に、これまでの半生が半生だった自分には、〝特別〟という存在が人一倍重たいんだよ?
そんなことをしたらさ……
「仮に今ディライトについていったとしても、いずれ自分で死ぬか、ディライトに殺してくれって頼むのが関の山。そうなっちゃった時、ディライトは俺を止めずに見送ってくれるの?」
「………」
ディライトはまた口を閉ざす。
今の時点で自分を見送れないのだ。
共に過ごす時間が長くなるほど、その選択はできなくなるだろう。
「俺を……いや、キリナミをどうしても殺したくないって言うなら、諦めるしかないよ。世界を創り変えることなんて。」
「!!」
ついに告げられた、実からのメッセージ。
それに、ディライトが大きく目を見開く。
「ルティ君……やっぱり、君は―――」
「早とちりしないでね?」
実はあくまでも穏やかな笑みのまま、ディライトの言葉を否定する。
「俺が、世界を救いたいからこう言ってるって思ってる? 俺は最初に言った。人間なんか大っ嫌いだって。で、さっき気付いたんだけど、この世界のことも大嫌いみたい。」
「じゃあ、どうして……」
「単純だよ? ディライトに傷ついてほしくないだけ。だから、ディライトが何もかも覚悟の上で世界を創り変えるって言うなら止めないし、このまま人間も世界も生かすって言うなら―――残された時間の全てを使って、ディライトの想いを次に繋げたいと思う。」
「想いを……繋げる…?」
「そう。それが、俺が導き出した、俺だけの答え。」
一度瞑目した実は、ゆっくりと頭上の空を見上げる。
「何度も考えた。こんな腐敗した世界を守る価値があるのかって……そんな問いかけをどうにか否定したくて、人間を肯定しようとした結果、見事に逆を行って封印が緩んでさ…。それでも拓也たちに支えられて、なんとかここまで来た。だけどやっぱり、今でもあの問いかけに答えは出ないね。でも、答えなんて出なくていいのかなって思う。だって俺、神様じゃないもん。」
それはあまりにも当然のことで、二歳だったあの時には普通に分かっていた摂理だったはずだけど。
色んなことを知って、たくさんの人に影響されて、そんな根本的なことが見えなくなっていたんだと知る。
「世界の滅亡か存続か? そんなの、たかが一人の人間でしかない俺に決められるかっての。俺はそんなにできた人間じゃないんだよ。無理に神様と同じ高さに連れていかないでくれる? 俺は自分勝手でわがままだもん。俺は……」
それまで穏やかだった実の声が、そこで大きく揺れる。
「俺は……目の前にいる大切な人たちを失わないためにしか動けないよ。だから今、こんなに苦しいんだ。父さんたちもディライトも失いたくなくて、どっちの味方にもつけないから。」
「ルティ君……」
「ふふ。優柔不断だって思うなら、そう罵ってくれて構わないよ。でも、選べないものは選べないんだ。だから、またたくさん考えたよ。」
自嘲的に笑いながら、実はこの短い時間を振り返る。
「人間の俺にできることってなんだろう? 俺が後悔しない選択って何? 父さんたちもディライトも助けられる道って、どこかにないのかなって……欲張れる方法を必死に探した。でも、多分そんな都合のいい道なんてなくてさ。だけど、それでも……」
ぐっと両手を握り締めた実は、次にふっと力を抜く。
「少なくとも、俺が後悔しない道は見えた気がする。」
ずっと上を向いていた顔を戻して、ディライトを見つめる。
「想いを受け取って、紡いで、次に託して繋いでいく。それが人間にできるちっぽけなことで、何よりも強い人間の武器。だから俺は、ディライトの想いを受け継ぐか、俺の想いをディライトに託すかのどちらかを選ぶ。それが、俺が辿り着いた答えだよ。」
真摯な気持ちで、実はそう告げた。
<第7章 最後の語らいを>END 次章へ続く…




