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世界の十字路【全話統合版】  作者: 時雨青葉
【第19部】希望ある未来へ
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曇りのない視界で見る、自分の姿。


「ああ。」



 リンドルもチェイレイもないのに、それでも人間をやり直したいのか。



 その問いかけに、ディライトは静かに首を縦に振った。

 迷いや躊躇(ためら)いのない、即答とも取れる速さだった。



「どうして?」



 実はただ、穏やかな口調で訊ねる。

 その声には、否定も肯定も存在していなかった。



「君が、どうしてって訊くのかい? ずっと人間に絶望していた君なら、言わずとも分かると思うんだけどな。」



「……やっぱり、魔力と一緒に俺の記憶も取ってったんだ?」



 特に驚くことではなかったので、実は肩をすくめて笑うだけだった。



 なんとなく、そうだろうなと思っていたのだ。



 先ほど本音をぶちまけた時、ディライトは何も対立意見を述べなかったし、自分がこう思う根拠を訊いてくることもなかった。



 かといって、いきなり突拍子もない話を始めた自分に驚いて、言葉を失っている風でもなかった。



 こちらを見つめる表情は、何もかもを悟ったように静かで。

 (うれ)いを帯びた瞳は、こちらに同情するかのように気遣わしげで。



 ああ……

 彼はもう、自分がどんな半生を歩んできたかを知ってるんだなって。



 そこで、状況を察していた。



「少しだけだよ。今がいつで、ここがどこかを知りたかったから。でも、私が今人間をやり直そうと強く思っているのは、さっきのルティ君の言葉を聞いたからだよ。」



「俺の言葉?」



 はて。

 自分は何か、ディライトの心を揺らすようなことを言っただろうか。



 小首を傾げる実を見るディライトは、深い憐憫(れんびん)を漂わせていた。



「ルティ君。君は今言ったじゃないか。人間が嫌いで、本気で生きたいと思ったことはないって。」



「うん。言ったね。」



「それが、どんなに悲しいことか分かるかい?」



「さあ…?」



 そこで、実は理解に苦しむような表情を浮かべて()(くう)を見上げた。



「まあ、俺の気持ちが一般的じゃないことは認めるよ。でも、それが悲しいことなんだって言われても、いまいち実感は湧かないかな。だって―――」



 ディライトに視線を戻した実は、こう告げる。





「俺には、それが〝普通〟だったから。」





 実に、特に強がっている雰囲気はない。



 ただ単純に、ここにある事実を言っているだけ。

 そう語るように、薄茶色の瞳は純粋だ。



 だからこそ、その言葉はディライトから瞬間的に言葉を奪った。

 ディライトが反応できないでいる間にも、淡々とした実の言葉は続く。



「そりゃあね、地球での生活を壊されそうになった時は、なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだって、周りが(うと)ましくもなったよ? 俺は不幸だーなんて、そう思いもしたよね。でも、いざ昔のことを思い出しちゃったら……ねぇ。―――ああ、そっか…。地球での平和な暮らしの方がまやかしだったのかって。そう思ったよね。」



 語りながら、過去に意識を向ける。



 過去の自分とは決別するんだと、必死に言い聞かせてきた。

 今の自分にしがみつきたくて、何度も考えた。



 どうして自分は、普通に幸せに生きられないの?

 地球にあった平和にすがりたいと願うのは、いけないことなの?



 そう思って、何度悔しさや悲しみを噛み締めただろう。



 だけど、その気持ちを誰かにぶつけることはできなかった。

 殺意や悪意を向けられた時、自分を信じてくれと訴えることもできなかった。



 ―――まあ、仕方ないよね。



 自分はどうせ、この世界じゃ殺されるだけの存在でしかないし。

 何を言ったって、意味ないよなぁ。



 胸を満たすのは、いつだって空虚な諦感。

 幼い頃に感じていたはずの悲しみも感じなくなっていた。



 当時は自分が過去に飲まれているんだって思って、その気持ちを無理やり見ないことにしていたけど……



 幼い自分の姿を借りた彼が、自分とは全然違う存在だったと知って。

 自分は人を殺していなかったって分かって。

 レティルに追い詰められた末に、人間が嫌いだって認めて。



 そうしてここに立っている自分の視界は、ものすごくクリアになっている。

 だから、今なら分かる。



 自分は、昔から根本的なところは何も変わっていない。



 思い込みで目隠しをしていただけで、本当は〝鍵〟としての記憶を取り戻したあの瞬間から、この世に対する期待なんか捨てていたんだって。



 殺すなら、さっさと殺してくれないかな?

 下手に逃げ道とか残さないでよね。

 それに気付いたら、生きなきゃいけなくなるじゃん。



 殺すなら、徹底的に希望を絶って、これじゃあ死んでも仕方ないって思える殺し方にして。



 それなら、俺が死んだことを誰も責められないでしょ?



 あーあ。

 誰か、早く俺を殺してよ。



 正直……今の俺じゃ、この封印を守れる自信がないからさ……



 胸の奥でくすぶる破滅願望が、気付いたら自分にそう思わせていた。



 その度にその気持ちを振り払おうとしたけど、どうしても打ち消すことはできなかった。



 それは決して、過去の絶望に飲まれていたからだけじゃない。





 むしろあれは―――今の自分だからこそ(いだ)いた気持ちだったと思うんだ……





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