語らいの始まり
しとしとと、小雨が降る。
他の場所は叫び声も霞むほどの豪雨なのに、ここだけには穢れを優しく洗い流すように穏やかな雨が降り注いでいた。
「―――ここが、キリナミと別れた場所なの?」
見えた後ろ姿に、そっと問いかける。
ゆっくりと振り向いてきた瑠璃色は、ただ静かにこちらを映していた。
「泣いているのかい?」
そう訊ねてくるディライトに、実はこくりと頷いた。
「うん。涙が止まらないんだ。多分……俺じゃなくて、キリナミが泣いてるんだと思う。」
「キリナミが?」
「うん。やっぱり、ディライトにこんなことしてほしくないって……」
力なく笑う実。
「なんかさ……俺の頭の中、今ぐちゃぐちゃなんだ。ディライトと一緒にありすぎたせいかな…? 俺の魂って、ディライトの気持ちに共鳴しかしないんだよ。ディライトから逃げてた時、自分を見失って喚いてばっかでさ。拓也に刺されて痛い思いをして、ようやく自分を取り戻せたかなって思ったのに……ディライトの前に立つと、結局キリナミの想いが勝っちゃうんだね……」
「そう…」
あくまでも静かに受け答えをするディライトの瞳が、すっと細くなったのはその時。
「―――だから、私を殺しに来たのかい?」
その視線は、実が持つ青い剣に注がれていた。
しかし、実はディライトの問いに首を横へ振る。
その答えの信憑性を表すように、実は手にしていた剣を地面へと放り投げた。
「無理。やっぱり……俺には、ディライトを殺せないよ。」
自ら武器を手放した実に、ディライトは少なからず驚いた様子。
無表情の中で、瞳だけが微かに動いて大きくなった。
「それは……ルティ君の中にいる、キリナミの意志なのかな?」
「どうだろう…? これは、俺が意気地なしなだけだと思うな。」
涙を止めないままに、実は答える。
「だって、キリナミは自分を犠牲にしてディライトを止めたもん。多分、ディライトを殺す覚悟もあったんじゃないかな?」
「………」
ディライトは無言。
彼とキリナミの最後がどうだったかは知らないが、今彼が浮かべている複雑そうな表情を見ていれば、自分の推測が間違っていないと、なんとなく分かる気がした。
「ねぇ、ディライト……」
実はディライトに語りかける。
「俺さ……正直、まだ何も分からなくてさ。父さんたちを生かしてくれるなら、ディライトに力を渡して俺は消えてもいいやって……ずるいことを考えてる自分もいるんだ。」
「………」
「だからね、最後にじっくりとディライトと話してみたいんだ。それで決めようと思う。俺がみんなから託された想いと、俺が自分から受け継いだ詩織さんの想いを……俺は、どこに持っていけばいいのか。」
世界を存続させるのか、滅亡させるのか。
そんな大それたことは、自分には決められない。
だから身の丈に合う選択として、ディライトを殺すか否かを考えた。
けれど、その答えは迷うまでもなく決まっている。
自分には、ディライトを殺せない。
というか、今の自分には誰のことも殺せないと思う。
本当は、自分は誰も殺してなかったって。
鎮魂祭でそれを知った時、自分のことが怖くなった気持ちはあったけど、震えるほどに安心したんだ。
それなら、もっと自分らしく前を向けるって。
現金かもしれないけど、そう思えた。
そんな自分に、また手を血に染められるとでも?
絶対に無理だし、絶対に嫌だ。
ディライトたちと共に過ごした過去で、もしゼイドーを殺していたら状況は変わったかもしれない。
だけど、今それを考えたところで意味はない。
結局人を殺さないまま、自分はここにいるのだから。
自分が誰かの命に終焉を突きつけられるのは、詩織のように本人が真にそれを望んだ時だけ。
こんな根性なしの自分が、どうしようもなく情けないと思う。
でも―――だから、ここに来る覚悟ができた。
どうやってもディライトを殺せないのなら。
彼を否定することができないのなら。
自分にできることは、ただ向き合うことだけ。
そして彼にも、自分と向き合ってもらうことだけだ。
散々逃げたけれど、世界の行く末に答えは出なかった。
ならばもう、逃げるのはやめよう。
今この場で、二人で決めよう。
その結果自分が消えるしかないなら、その時はその時だ。
さあ、始めようか。
最期の語らいを―――……




