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世界の十字路【全話統合版】  作者: 時雨青葉
【第19部】希望ある未来へ
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神という存在は……




「ごめんなさい……ごめんなさい…っ」





 両手で顔を覆い、詩織は泣き崩れてしまう。



「私のせいで、あなたにもエリオスにも、苦しい思いばかりさせて……」

「詩織さん……」



 すぐには、何かを言うことができなかった。



 ずっと傍にいてくれた彼女が、世界を滅亡させるきっかけの一端となった人物だったなんて。



 反射的に否定したい気持ちになりながらも、その裏で悟ってしまった自分がいる。



 今目の前で震えている彼女から感じる魔力。

 それは確かに、自分の中にも存在する力と同じもの。



 自分と彼女が同じ力を宿しているという事実に辻褄(つじつま)を合わせるならば、彼女の話を事実として受け止めるしかないのだ。



「本当にごめんなさい……」



 詩織は、壊れた機械のように(ざん)()を繰り返すだけ。

 実はそれを、なんとも言えない気持ちで聞き続けるしかなかった。



「ごめんなさい…。それと、お願い。―――私から、今すぐに逃げて。」

「え…?」



 ふいにそんなことを告げられ、実は目を丸くする。



「ど、どうして……」



 無意識のうちにそう言ってしまったのは、自分が一人になりたくなかったからだと思う。



 詩織がどんな存在だったにせよ、これまでずっと自分の傍にいてくれた彼女と離れたくない。



 不安で凍えそうな心が、そう叫んでいるのが分かった。



 戸惑う実に、詩織はふるふると首を横に振る。



「だめなの。あなたを追ってこの世界に戻ってきてから……あなたと過ごしてきた記憶や、今までの感情が……どんどん薄らいでいくの。」



「―――っ!!」



 詩織の言葉に、実はハッとして息を飲む。



(まさか……抑止力が……)



 彼女の身に何が起こっているのかは、世界の真理を知り尽くした今となっては明らかだ。



 一度はディライトに力を与えながらも、それを悔やんで彼や〝鍵〟を殺してでもその力を回収しようとしたこと。



 それは少なからず、彼女自身がそう思ったからというのもあるだろう。

 しかし、その大部分は抑止力に意識を矯正された結果だ。



 そして、とっさの感情で地球に(のが)れた彼女は、次元を超えたことで一時的に抑止力の影響を受けなくなった。



 それ故に自分という存在の歪みに気付いて苦悩してきたのに、この世界に戻ってきた今、再び抑止力によってその存在を正されようとしている。



 記憶も苦悩も書き換えられて、世界にとって都合よく動くようにされようとしているのだ。



「次に会った時の私は……きっともう、あなたが知っている私じゃない。あなたに、残酷な選択を突きつけるだけの存在になってしまう。そうしたら……優しいあなたはきっと、私に裏切られたと傷ついて、それでも私の言葉を真に受けて悩んでしまう。そうでしょう…?」



「………」



 否定はできない。



 彼女が注いでくれた愛情が本物だと知っている自分は、裏切られたからといって、彼女の言葉を頭ごなしには拒絶できないだろう。



 こちらの無言を肯定と受け取ったのか、詩織はさらに言葉を連ねる。



「あなたにそんな悲しい思いをさせる前に、今の私のまま消えようとしたけれど……現実は非情ね。私は……自分の意志で、死ぬこともできないの。」



 その言葉にも、何も返すことができなかった。



 神が消える可能性としてあり得るのは、何かしらの事故か、レティルが終焉(しゅうえん)の力を使って存在を滅した時。



 確か、ウォルノンドがそう語っていたか。

 詩織の話を加味すると、その事故に自殺は含まれないようだ。



 また一つ、神という存在の仕組みが見えてくる。



「お願い、これだけは覚えていて。次に会った時の私があなたに何を言ったとしても、真剣に取り合っちゃだめよ。ただの戯言(ざれごと)だと切り捨てて、どうか傷つかないで。エリオスのように、神は皆敵だと憎んでちょうだい。あなたと過ごしてきた私は、あなたに何かを強要するつもりはないの。世界なんてどうでもいい。あなたはあなたのために、あなたが幸せになれる道を選べばいいの。だから…っ」



 そこまでが、詩織の限界だったのだろう。



 その後の彼女は、先ほどと同じように独り言のような(ざん)()を繰り返すだけになってしまった。



 本当は、自分が後始末をつけなければいけない問題なのに。

 どうして、優しいあなたに全てがのしかかってしまうのか。



 自分はどうして、何事にも〝きっかけ〟を与えてやることしかできないのか。



 彼女の嘆きは、自分が次元の(はざ)()で初めて創造の力を使った時に思ったことと同じだった。



 世界が何を目的として、それぞれの神に特定の権限しか与えなかったのか。

 それは分からない。



 だが、レティルや詩織の苦悩を思うと、切なくて胸が潰れそうになる。

 そして、こう思うのだ。



 神という生き物は、なんて(あわ)れな存在なのだろうと。



 彼らが求められていることは、ただ与えられた役割に従って世界のバランスを保ち続けるだけ。



 そこに、彼ら自身の意思など不要なのだ。



 彼らには〝誰かを助けたい〟という、そんなささやかな願いを(いだ)くことすらも許されないのか。



 自分を生み出した世界という親に対して、自我を持って意見することも敵わないのか。



 それこそ救いがない。



 まさに、レティルが言っていたとおり。

 神という存在は、抑止力という糸に(とら)われた操り人形だ。



 それを身をもって痛感すると同時に、怒りとも悔しさともつかない感情で体が震えた。



 世界とは、なんと傲慢な存在だろうか。



 確かに、世界という土台がなければ生き物たちは生きていけない。

 だから世界が一番偉いのだと言うのなら、それは一つの真実だろう。

 そこは否定しない。



 だが、自身が生き続けるためならば、そこで(つむ)がれる数多(あまた)の想いは全部切り捨てていいというのか。



 泣き伏している詩織のように、己の歪みに気付いて嘆いた命が、これまでにどれだけあっただろう。



 そうして誰にも気付かれることなく消えていった想いが、どれだけあったのだろう。



 それを思うと、レティルがあんな手段に訴えたのも仕方なく思えてくる。



 今までの自分が、ただ操られているだけだったと知って。

 そう気付いたことで得られた自我も、強制的に消されそうになって。



 自分ではこの呪いに(あらが)えないと悟った彼は、誰かに自分の想いを受け継いでほしかったのかもしれない。



 自分は確かにここにいたんだと、誰かに覚えていてほしかったのかもしれない。



 それがきっと、彼が本当に望んだこと。



 どんな非道な手段を取ってでも、何を犠牲にしてでも叶えたかった、最初で最後の願い―――



(そっか…。そうだったんだ……)



 そこまで思い至った瞬間、荒れ狂っていた激情がすっと()いだ。



「ねえ、詩織さん……」



 小さく震える体に、そっと手を伸ばす。

 ずっと触れることを躊躇(ためら)っていたその肩に、優しく手を置く。



 自分に応えて顔を上げた詩織の瞳をまっすぐに見つめ、実はこう口にした。





「俺に、全てを(ゆだ)ねてくれないかな?」





<第6章 もう一つの物語>END 次章へ続く…



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