気付いてしまった歪み
全てをリセットしたことで、あの子はようやく心から笑えるようになった。
最初は記憶がないことを悩んでいたようだけど、それを笑って受け入れてくれるいいお友達ができたみたい。
あれから、エリオスはあの子の傍に影を置くことをやめた。
あの子の封印を守ることに魔力を使い続けなければならないからという理由もあったけれど、魔力の塊である影をあの子の傍に置いて、封じたはずの魔力に刺激を与えたくないのだそうだ。
確かに、あの子の魔力はまだ不安定な時期。
日に日に強くなっていく魔力を押さえつけるのにも一苦労なのに、それが何かの拍子に暴れてしまったら、あっという間に過去を思い出してしまうかもしれない。
影で不在をごまかせない分、あの子には父親と会えない寂しさを感じさせてしまうけれど、幸せのためには仕方ないことだった。
私たちは細心の注意を払って、本当に慎重にあの子を育てた。
あの子の守りや、あの子の肉体の成長スピードを調整する時。
そして、あの子にかけた封印を上書きする時。
私と彼は、人生で最大級に緊張していたと言っても過言ではない。
でも、私たちの綱渡りのような緊張感はきっと無駄ではなかったのだと思う。
あの子は健やかに、そして幸せそうに大きくなっていった。
私のことを〝お母さん〟と呼んで、無邪気に笑ったり甘えてきたりするようになった。
泣くことがあったとしても、転んだり悪い夢を見たり、無性に寂しくなったりと、そんな可愛いレベル。
そんな日は、朝までずっと傍にいてあげた。
本当に、本当に愛しい子。
この子を助けたくてあの世界を飛び出してきたけれど、今救われているのは確実に私の方だ。
眠るあの子の髪を梳きながら、私も幸せな気持ちになっていた。
底抜けに明るいわけではないけれど、いつも笑顔で周りを癒してくれる。
ちょっと口下手なところがありつつも、表情や態度に思っていることが割と正直に出ちゃっているものだから、仲のいいお友達にはからかわれてばかり。
本当に優しくて、誰かを傷つけることがとにかく苦手。
文句を言うことも憚られるらしくて、すぐにあれもこれも溜め込んでしまう。
そんなあの子が、なんだか放っておけないのかもしれない。
あの子の周りには、いつもたくさんの人がいた。
これが、本来のあの子だったのだろう。
〝鍵〟としての重荷を背負っていなければ、ああやって人々の中心で愛されているはずだったのだ。
それを壊したのは―――過去の災厄をどうすることもできなかった私たち。
本当なら、私たちはこの子のことを幸せにしてあげるべきじゃないの?
それなのに、長は―――私は、こんなにも健気で可愛いこの子から、無慈悲に力を取り戻そうとしていたの?
そんなことをしたら、この子の命が潰えてしまうと分かっているのに……
大好きな人たちを守るために、躊躇いなく自分を犠牲にしようとしたこの子から。
そんなこの子を心から愛して、苦しい代償を背負ってまでこの子と共に生きようとした彼から。
ただでさえ短い幸せな時間を、さらに短く終わらせようとしていたの?
まさに彼が言ったとおりだ。
なんてむごい。
あまりにも可哀想だ。
私は、そこではたと思い至る。
この子たちを見る度に胸を突き刺す既視感。
この感情は―――ディライトに力を渡した時と同じだ。
そしてそれに気付いた瞬間、これまで意識の彼方へさらわれていた記憶と感情が生々しくよみがえった。
―――そうだ。
絶望の底で嘆くディライトには救いがなくて、あまりにも可哀想で見ていられなかった。
だから起死回生の力を与えたのに……今までの私は、何をしようとしていたの?
世界存続のためには、仕方ない犠牲?
そんな考えで、ディライトや〝鍵〟を殺そうとしてきたなんて。
私が司るのは〝始まり〟や〝再生〟。
それなのに、私がこの子たちにもたらそうとしているのは―――〝終わり〟ではないの?
一体、どうして―――……




