〝一つ貸しだからな〟
実の部屋に入ってみると、カーテンが全て閉め切られている室内はかなり薄暗かった。
ベッドの上には、昨日よりは幾分か顔色がよくなった実が横たわっている。
しかし、よくなったとはいうものの、その顔はやはり紙のように白く、その姿は人形か死人のようだ。
実は深い眠りに落ちているらしく、身動ぎ一つしない。
そして、ベッドから少し離れた位置にある長椅子の上には、これまた死んだような尚希が横になっていた。
部屋に入ってきた拓也たちに気付いて、尚希は力なく手を振る。
「おはよう、キース。まさか、一晩中実につきっきりだったのか?」
真上から顔を覗き込んできた拓也を、鬱陶しそうに半目で睨む尚希。
その後拓也の顔をしっしっと手で追い払って、尚希はのろのろと起き上がった。
「いや、夜中はちゃんとベッドで寝かせてもらったよ。さっきオレの魔力を実に流したから、少し疲れただけだ。まあ、お前が魔力の回復能力を上げてくれてるし、早ければ明日には目を覚ますだろう。まったく、あの馬鹿は……」
「まあまあ、そう怒るなって。」
拓也がなだめるも、拓也をじろりと射すくめる尚希の目には、未だに冷めやらぬ怒りが燃えているように見えた。
「怒るな? これを? 誰だって怒るだろうが。こんな突発的に命をぼんと投げ出すようなことをやらかされて、怒らない奴がいるか?」
「いやいや、確かに衝動的な行動とはいえ実が悪いよ。おれだって気に食わねぇさ。だけど、お前のキレ方は異常だって。実の親じゃあるまいし。」
「エリオス様がいない分、オレが怒らないでどうする。大体、実は周りが敵だらけだからって、人の好意ってものに対する意識が薄くなってるんだよ。自分のことを大事に思ってる奴が少なからずいるんだって考えもせずに、何もかも一人で背負い込もうとして……」
そのまま、尚希はどんどん機嫌が悪くしていく。
ほとぼりも冷めた頃だろうなんて、幻想だったようだ。
拓也は溜め息をつきながら、尚希の頭を小突く。
(……すみません。キースのためだ。)
心の内で、拓也はある人物に謝った。
「まあ、キースがそこまで怒る気持ちも分かるけどな~。……いいのか? お前がそうやって実のことばっか考えてるから、エーリリテさんがヤキモチを焼いてるけど?」
「え?」
「ちょっ…!?」
尚希が間の抜けた声で呟き、エーリリテの顔に火がつく。
「なっ、何言ってるのよ、あんた!?」
パニックになるエーリリテを横目に、拓也はにやりと笑って尚希の耳に顔を寄せる。
「それがさっき……」
「あーっ! やめてってば!! キース、そいつの言うことに耳を貸さないでよ!? 嘘なんだからね!?」
「嘘? 本当に?」
拓也は面白おかしそうに目を細める。
「そんなに慌てたら、おれの言うことが本当だってキースにばれちゃいますよ?」
拓也の指摘にぐうの音も出ないエーリリテは、ぐっと唇を噛んで拓也を睨んだ。
「あんた、どういうつもりよ…っ」
「いや、別に大したことは企んでませんよ。ただ、現状報告も兼ねて、キースがあんまりよそ見をしないようにって……」
「よっ、余計なお世話よ!」
「ふーん…。じゃあ、エーリリテさんはキースの頭が実一色でも構わないんですか?」
「………っ。いっ、いいわよ。」
「嫌だって、顔に思い切り書いてありますけど。」
「くっ、あんたね…っ」
「でも、図星でしょ?」
「~~~っ」
畳み掛けられまくった結果、羞恥心が限界を突破したらしい。
エーリリテが声にならない絶叫をあげた。
「あ、あんたって奴は…っ。ちょっとでも同情した私が馬鹿だったわよ! 最っ低!! 言いたきゃ、なんでも言えばいいでしょ!? わっ、私は知らないんだからぁ!!」
真っ赤な顔で捨て台詞を吐いて、エーリリテはどかどかと部屋を出ていく。
「あ、エーリリテ!」
椅子から腰を浮かせた尚希が呼び止めるも、聞こえるのは猛ダッシュで遠ざかっていく足音だけだ。
茫然と立ち尽くす尚希から実への怒りが吹き飛んだのを確認して、拓也はふと表情を和らげる。
「行ってあげろよ。今のあの人、マジで可哀想だから。」
「いや、追い込んだのはお前だろ!?」
「そうだっけ?」
拓也はわざとらしく肩をすくめる。
「ほら、行ってやれって。実はおれが見てるから。」
ぐいぐいと尚希を引っ張り、拓也は問答無用で彼を部屋の外へ放り出した。
急に追い出された尚希は困惑していたが、エーリリテのことが気になるのは確かなようで、すぐに行動を切り替えて廊下を駆けていった。
小さくなっていく足音を聞きながら、拓也は不満そうに唇を尖らせる。
「まったく、なんでおれがこんなことを……」
ぼやくも、自分の判断でやった行為なので仕方ないといえば仕方ない。
拓也は顔をしかめると、ベッドで眠る実に向かって言ってやった。
「一つ貸しだからな。実、キース。」




