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世界の十字路【全話統合版】  作者: 時雨青葉
【第2部】守護する獣の街
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拓也の憂い

 一息で意識を切り替えた拓也は、あっけらかんとした雰囲気で話を再開する。



「とまあ、そんなおれたちが心から信じられるのは、同じ境遇にいる仲間たちだけなわけです。キースは昔から保護者意識が強くて、面倒見もいいし世話焼きです。だから、あの場所ではみんなの親代わりみたいな存在でした。そんなキースから見れば、実は放っておけない問題児なんでしょう。」



 これは、尚希本人が日頃から気にしていたことでもあるし、自分もひしひしと感じていること。



「いつもどこかで無理をしていて、そのくせ誰にも助けを求めようとしない。むしろ、放っておけと言わんばかりにそっけない態度をしてばかりだ。だけど、根が優しいもんだから、誰も気付かないところで体を張って傷ついて…。実は、そんな奴ですよ。」



 レティルからの()(かく)と戦う実は徹底して無表情を貫いていたが、本当は相当つらかったはずだ。



 それは、戦闘が終わった後の実から漂ってくる香りで分かっていた。



 それなのに、実は細心の注意を払って凄惨な現実を隠し、学校ではいつもどおりの笑顔を見せていた。



 今思うと、自分で自分が情けない。



 今の実は隠し事の塊みたいなものなので、そこに一つや二つの隠し事が加わったところで、香りに顕著な変化は出ない。



 それ故に、香りで物事を見極めることがほとんどである自分は、実が危険なゲームに身を投じていることに気付くのが遅くなりすぎた。



「本当にあいつは…。ここ一週間ばかりで、あいつが馬鹿な無茶を簡単にやらかす奴だってことが身に()みて分かりました。そんな奴を、あのキースが放っておくわけないです。隙あらば心配ばかりするだろうし、時には容赦なく怒ると思います。ずっとキースに目をつけられてたおれが保証します。」



 はっきりと断言。

 すると、エーリリテが頬をひきつらせた。



「目をつけられてたって……」

「ま、おれも相当な問題児だったもので。」



 エーリリテの呟きをあっさりと流す拓也。



 言外に込められた〝詮索するな〟というメッセージを感じ取ったらしく、エーリリテは素直にこの話題から身を引いた。



「ふーん…。実のこともだけど……よく知ってるのね、キースのこと。」



 代わりに出た言葉がこれである。



(おいおい……すげぇな、これ。)



 拓也は、目をしばたたかせてエーリリテを見やる。



 これはこれは、尚希もかなり独占欲が強い女性を引き当てたものだ。

 出会って数日なのに、かなり愛されているじゃないか。



「………っ」



 笑いが込み上げてきそうになって、寸でのところでそれを噛み殺す。



 とはいえ、このままだとそのうち笑い出してしまいそうなので、話の続きをして気を紛らわせることにした。



「おれはキースと知り合ってから、かれこれ十年くらい経ちますからね。ある程度のことは知ってますよ。実の場合は……」



 言いながら、自分の顔がうんざりしたように歪むのが分かる。



「実の場合は、出会った時の実と今の実のギャップが激しすぎて、それに振り回されているうちに、なんとなく分かっちまったっていうか……」



「何それ? 究極の猫被りか何か?」



 エーリリテがティーカップに手をかけながら、同情的な視線をこちらに向けてくる。

 拓也はそれに関して、曖昧(あいまい)に言葉を(にご)した。



 おそらく、地球のことや記憶と魔力の解放云々(うんぬん)といった話までは、さすがの実もしていないだろうと思ったからだ。



「まあ、そこはなんとも…。出会った当初の実は腹黒さなんて()(じん)もない、一言でいえば純情少年って感じでしたね。」



「ぶっ…」



 その瞬間、エーリリテが飲んでいた紅茶を盛大に噴き出した。



「は? ごめん、もう一回。」

「だから……」



 拓也は淡々と事実を述べる。



「成績優秀、運動神経抜群。誰にでも愛想がよくて優しい。男子の中では頼れる存在で、女子の中では憧れの的。それであの顔なんだから、絵に書いたような完璧人間ってところですかね。中には、八方美人だって毛嫌いするごく少数派もいましたけど……って、エーリリテさん?」



 エーリリテは、途中から放心状態になっていた。

 拓也が顔の前で手を振ると、その顔が青ざめた笑みを浮かべる。



「う……嘘でしょ? そんな実、想像できないんだけど…。と、鳥肌が立ってきた。」

「本当ですって。おれとキースが証人になります。」



 拓也はくすりと笑って、次に眉を下げた。



「……でも、おれの話した実の姿なんて、きっとほんの一部です。」



 それはきっと、当然のこと。



 人間なんて、誰しも相手の側面しか知ることができない。

 分かってはいても、気分は滅入ってしまう。



「あいつはある時から、表情が急に(とぼ)しくなりました。自分の感情や思考を、相手に悟られまいとして。」



 それに対して、エーリリテは首を傾げる。

 そこに込められた意図を察して、拓也はこくりと首を縦に振った。



「そうですね。一見、何も変わってないように見えるんですよ。実からなくなったのは表情の数じゃなくて―――表情の純粋さなんだと思います。」



 言うと、エーリリテはますます不可解そうな顔をする。

 それも仕方ないと思いながら、拓也は続ける。



「今の実の表情は、言わば仮面みたいなものです。仮面だって気付いてるおれたちでも、その仮面の下の本心まではなかなか見抜けない。もちろん、全部が全部嘘で固められてるってわけじゃないけど……きっと、実の心はおれたちの推測の遥か外にまで及んでいる。そんな気がするんですよ。」



 脳裏に浮かぶ、いつもと変わらない実の笑顔。

 しかし、彼から香ってくる香りは、それとは正反対のもの。



 それを感じているから、胸中は複雑でたまらない。



「今の実は、知れば知るほど本当の気持ちが分からなくなる奴です。……ちょっと、寂しくなりますね。あいつは素直に頼ってくれているように見えて、本当は誰にも頼ってない気がするんです。もしかしたら、ただの被害妄想かもしれませんけど。」



「拓也君……」



「さてと。」



 さりげなくエーリリテの言葉を(さえぎ)った拓也は、残っていた紅茶を一気に飲み干す。



 それと一緒に胸のわだかまりも流してしまうと、勢いをつけてソファーから立ち上がった。



「キースの様子でも見に行きますか。そろそろ、ほとぼりも冷めた頃でしょう。」

「あ、そうね。」



 そう提案した拓也に(なら)って、エーリリテも腰を上げた。



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