拓也の憂い
一息で意識を切り替えた拓也は、あっけらかんとした雰囲気で話を再開する。
「とまあ、そんなおれたちが心から信じられるのは、同じ境遇にいる仲間たちだけなわけです。キースは昔から保護者意識が強くて、面倒見もいいし世話焼きです。だから、あの場所ではみんなの親代わりみたいな存在でした。そんなキースから見れば、実は放っておけない問題児なんでしょう。」
これは、尚希本人が日頃から気にしていたことでもあるし、自分もひしひしと感じていること。
「いつもどこかで無理をしていて、そのくせ誰にも助けを求めようとしない。むしろ、放っておけと言わんばかりにそっけない態度をしてばかりだ。だけど、根が優しいもんだから、誰も気付かないところで体を張って傷ついて…。実は、そんな奴ですよ。」
レティルからの刺客と戦う実は徹底して無表情を貫いていたが、本当は相当つらかったはずだ。
それは、戦闘が終わった後の実から漂ってくる香りで分かっていた。
それなのに、実は細心の注意を払って凄惨な現実を隠し、学校ではいつもどおりの笑顔を見せていた。
今思うと、自分で自分が情けない。
今の実は隠し事の塊みたいなものなので、そこに一つや二つの隠し事が加わったところで、香りに顕著な変化は出ない。
それ故に、香りで物事を見極めることがほとんどである自分は、実が危険なゲームに身を投じていることに気付くのが遅くなりすぎた。
「本当にあいつは…。ここ一週間ばかりで、あいつが馬鹿な無茶を簡単にやらかす奴だってことが身に沁みて分かりました。そんな奴を、あのキースが放っておくわけないです。隙あらば心配ばかりするだろうし、時には容赦なく怒ると思います。ずっとキースに目をつけられてたおれが保証します。」
はっきりと断言。
すると、エーリリテが頬をひきつらせた。
「目をつけられてたって……」
「ま、おれも相当な問題児だったもので。」
エーリリテの呟きをあっさりと流す拓也。
言外に込められた〝詮索するな〟というメッセージを感じ取ったらしく、エーリリテは素直にこの話題から身を引いた。
「ふーん…。実のこともだけど……よく知ってるのね、キースのこと。」
代わりに出た言葉がこれである。
(おいおい……すげぇな、これ。)
拓也は、目をしばたたかせてエーリリテを見やる。
これはこれは、尚希もかなり独占欲が強い女性を引き当てたものだ。
出会って数日なのに、かなり愛されているじゃないか。
「………っ」
笑いが込み上げてきそうになって、寸でのところでそれを噛み殺す。
とはいえ、このままだとそのうち笑い出してしまいそうなので、話の続きをして気を紛らわせることにした。
「おれはキースと知り合ってから、かれこれ十年くらい経ちますからね。ある程度のことは知ってますよ。実の場合は……」
言いながら、自分の顔がうんざりしたように歪むのが分かる。
「実の場合は、出会った時の実と今の実のギャップが激しすぎて、それに振り回されているうちに、なんとなく分かっちまったっていうか……」
「何それ? 究極の猫被りか何か?」
エーリリテがティーカップに手をかけながら、同情的な視線をこちらに向けてくる。
拓也はそれに関して、曖昧に言葉を濁した。
おそらく、地球のことや記憶と魔力の解放云々といった話までは、さすがの実もしていないだろうと思ったからだ。
「まあ、そこはなんとも…。出会った当初の実は腹黒さなんて微塵もない、一言でいえば純情少年って感じでしたね。」
「ぶっ…」
その瞬間、エーリリテが飲んでいた紅茶を盛大に噴き出した。
「は? ごめん、もう一回。」
「だから……」
拓也は淡々と事実を述べる。
「成績優秀、運動神経抜群。誰にでも愛想がよくて優しい。男子の中では頼れる存在で、女子の中では憧れの的。それであの顔なんだから、絵に書いたような完璧人間ってところですかね。中には、八方美人だって毛嫌いするごく少数派もいましたけど……って、エーリリテさん?」
エーリリテは、途中から放心状態になっていた。
拓也が顔の前で手を振ると、その顔が青ざめた笑みを浮かべる。
「う……嘘でしょ? そんな実、想像できないんだけど…。と、鳥肌が立ってきた。」
「本当ですって。おれとキースが証人になります。」
拓也はくすりと笑って、次に眉を下げた。
「……でも、おれの話した実の姿なんて、きっとほんの一部です。」
それはきっと、当然のこと。
人間なんて、誰しも相手の側面しか知ることができない。
分かってはいても、気分は滅入ってしまう。
「あいつはある時から、表情が急に乏しくなりました。自分の感情や思考を、相手に悟られまいとして。」
それに対して、エーリリテは首を傾げる。
そこに込められた意図を察して、拓也はこくりと首を縦に振った。
「そうですね。一見、何も変わってないように見えるんですよ。実からなくなったのは表情の数じゃなくて―――表情の純粋さなんだと思います。」
言うと、エーリリテはますます不可解そうな顔をする。
それも仕方ないと思いながら、拓也は続ける。
「今の実の表情は、言わば仮面みたいなものです。仮面だって気付いてるおれたちでも、その仮面の下の本心まではなかなか見抜けない。もちろん、全部が全部嘘で固められてるってわけじゃないけど……きっと、実の心はおれたちの推測の遥か外にまで及んでいる。そんな気がするんですよ。」
脳裏に浮かぶ、いつもと変わらない実の笑顔。
しかし、彼から香ってくる香りは、それとは正反対のもの。
それを感じているから、胸中は複雑でたまらない。
「今の実は、知れば知るほど本当の気持ちが分からなくなる奴です。……ちょっと、寂しくなりますね。あいつは素直に頼ってくれているように見えて、本当は誰にも頼ってない気がするんです。もしかしたら、ただの被害妄想かもしれませんけど。」
「拓也君……」
「さてと。」
さりげなくエーリリテの言葉を遮った拓也は、残っていた紅茶を一気に飲み干す。
それと一緒に胸のわだかまりも流してしまうと、勢いをつけてソファーから立ち上がった。
「キースの様子でも見に行きますか。そろそろ、ほとぼりも冷めた頃でしょう。」
「あ、そうね。」
そう提案した拓也に倣って、エーリリテも腰を上げた。




