72 リタとおしゃべり
「ねえ、あのお……。リタは、どうしてそんなにお金がほしかったの?」
私はリタにしゃべりかけてみた。
するとリタは、驚いたように私のことを見た。
「どうしたの?」
私がたずねると、こう聞かれた。
「アニス様って二重人格?」
「え? なんで?」
「だって、急に話し方が変わって……。別人みたいだし」
「あ」
それはたしカニ。
さっきまではカメさまだったよね。
どうしようか。
「私ね、ピンチになると人格が切り替わるの。さっきまでの私は、最強の武神さま。今は平和だから普通の私なの」
「へー。すごいんだねー。あ、ですねー」
「普通にしゃべってくれていいよー」
私はカメさまじゃないしね。
「と言ったって……。ボク、人質なんですよね?」
「それは、まあ、ね」
「ああああ。あいつらになんて、言うんじゃなかったよー」
「ねえ、それでどうして、そんなにお金がほしかったの?」
私が見る限り、リタの血色は悪くない。
他の子達もそうだった。
着ている服も、古びてはいても、ボロボロというわけではない。
生活できていそうだけど……。
「実はボク、病気の妹がいるんだよ……。だからどうしてもお金が必要でさ……」
「そっかぁ、そうだったんだぁ」
大変なんだね……。
ここで私は、さっきの出来事を思い出した。
「ねえ、リタ。これからリタの家に行こう! うちのラズは、こう見えてすごい魔術師だから妹さんを助けてあげられるかも!」
「え。あ」
あれ。
すごくいい話だと思ったのに、リタの返事は微妙だった。
――アニス。
――なぁに? カメさま。
――リタの目を、じーっと見るのである。
私は言われた通りにしてみた。
するとリタは、すぐに目を反らして「あはは」と笑った。
と思ったらレンガの山から下りて……。
「すみません、嘘です」
深々と頭を下げて、土下座をした……。
――最初からバレバレだったのである。
――そうなの?
――で、ある。
私もレンガの山から下りた。
リタの脇にしゃがむ。
「ねえ、リタ。とりあえず顔を上げて?」
「はい」
「嘘だったんだ?」
「はい」
「そっかー。それならいいけど……。大変じゃなくてよかったよー。でも、すごい演技力だったね。私、すっかり騙されちゃったよー」
「えっと、アニス様……。気づいて怒ったんじゃないの?」
「私?」
「うん。そう」
「全然。言われるまでわかんなかったよー」
あははー。
私が笑うと、リタは身を起こした。
「あの、アニス様。ボクが言って良いことなのかわかんないけど……。それが本当なら、いくらなんでも簡単すぎると思うよ?」
「ん? 何が?」
「よくそんなで、一人で歩き回っているよね」
「その通りである。リタよ、せっかくの機会である。アニスに世間の歩き方というものをよく教えてやるのである」
私の頭の上からカメさまが言った。
「え。今の声……? 何……?」
リタがあたりをキョロキョロする。
「カメさまの声です。素直に言う事を聞くべき、尊い声ですよ」
済まし顔のまま、メイド姿のラズが言った。
「神さま? それって、精霊の声ってこと?」
「そうです。ご主人様のご相棒様です」
「お貴族様ってすごいんだねえ……。まあ、いいや。教えろっていうなら教えるけど、その代わりボクのことは許してね?」
「アニスのためになったのであれば、許してやるのである」
「なんか、さっきのアニス様の口調だね」
するどい!
「じゃあ! せっかくだしいろいろ教えてよ! 私、実は自分の町から出たのは今回の旅が初めてなんだよ。だからわからないことばかりでさ」
私は誤魔化して笑った。
「わかった。なら、教えてあげるよ。そもそもね、いきなり町で話かけられた時には、まず相手のことを疑ってかかるのが常識だよ?」
この後しばらく、リタからお説教みたいな話を聞きました。
正直、勉強になりました。
そんなこんなで時間が過ぎて……。
日も傾いてきた頃……。
ぞろぞろと、散っていった悪党の子達が戻ってきた。
正直、私は……。
みんな逃げちゃって戻ってこないかも知れないねえ、と思っていたのだけど……。
さすがはカメさま、しっかりと脅しが効いていたようだ。
彼らはなんと、ゴールデンボンバーを見つけてきた。
ゴールデンボンバーは、まさに爆発したかのような、傘の開いた大きな黄色いキノコだった。
なので、一目でそれだとわかった。
他にもたくさんのキノコがあった。
加えて、大きな鍋に、野菜に、調味料に、魔導コンロに……。
私は、調理は焚き火でするのかなーと思っていたけど、町中での焚き火は厳禁らしい。
なので、わざわざ魔導コンロを煮る用と焼く用で二台も準備してくれた。
ありがとう。
「大義である! よくぞ見つけてきたのである! さあ、調理をするのである!」
カメさまは大興奮だった。
私の頭の上で飛び跳ねてしまって、普通にしゃべってしまって……。
誤魔化すのが大変だった。
とにかくカメさまには、再び私に憑依してもらった。
カメさまの号令で、魔導コンロを起動して、大きな鍋を乗せて……。
鍋には、水と調味料とキノコと野菜を入れて……。
もうひとつのコンロには網を乗せて、ゴールデンボンバーの串焼きを置いた。
ゴールデンボンバーは鍋にも入れた。
やがて鍋と串焼きが完成する。
最初に食べるのはもちろん、私ことカメさまだ。
カメさまは、まずは豪快にゴールデンボンバーの串焼きを食べると、次に静かにキノコのスープを口の中に運んだ。
私も同時に味わった。
串焼きもスープも、どちらも美味だった。
「美味である! 我は満足なのである! これにて、其方らの罪は許すのである! あとは安心して其方らも食らうのである!」
カメさまも満足のようだ。
よかった。
みんなも安心したのか、一斉に明るい顔でスープを飲み始めた。




