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46 竜の噂





 春の感謝祭がおわって、一ヶ月が過ぎた。

 季節がどんどん夏へと近づいて、新緑も豊かになっていく中――。

 私は相変わらず、カメさまとウイルーン様の手ほどきで訓練を続けていた。

 最近では泳ぐのもすっかり自由自在だ。

 水の中は、なんかもう第二の我が家だ。

 訓練は第三段階に入っていた。

 第三段階は、認識できたマナを体内に取り込むこと。

 ようやく最初にカメさまが言っていた、深呼吸をするようなもの、のところに来たのだった。

 最初はマナじゃなくて水を取り込んで死にかけたけど……。

 ウイルーン様が手助けしてくれて、いくらはできるようになった。

 マナを体に取り込むと――。

 びっくりするほど、体が活性化されるのがわかる。

 カメさまが憑依した時と同じだった。

 もちろんカメさまが憑依した時ほどではないけど、泳ぐ速度は楽に倍になった。

 すごいよね。

 まだまだ短時間だし、取り込める濃度も低いものだけど……。

 そんなこんなで私は大いに頑張っているのだった。


 お姉様からとんでもない話を聞いたのは――。

 そんな日々の中の――。

 いつもの夕食でのことだった。


 テーブルにはカメさまもいる。

 カメさまはすっかり、我が家の一員として、一緒に食事を取っている。


「そう言えばお父様、もう聞いた? 今、北のケレス叔父様のところが大変みたいね」

「そうなのかい? お父さんは知らないけど、何かあったのかい?」

「私は今日、行商人から聞いたんだけどね。最近、ザレース山に異変があったみたいで、山に住んでいた魔物がどんどん降りて来て被害を受けているそうよ」

「へえ……。それは確かに大変だねえ……」

「何があったと思う?」

「さあ、お父さんにはさっぱりだよ」

「まだ噂の段階なんだけどね、なんとザレース山に竜が住み着いたんだって」

「竜!?」


 お父様が驚きのあまり、フォークに刺していたソーセージを落とした。

 あわてて手で拾って口の中に入れたけど。

 お父様は料理を無駄にしたりはしない人なのだ。


「ほ、ほれはふぁいへんたねえ……」


 お父様がもぐもぐしながら言う。

 それは大変だねえ、かな。


「魔物が暴れているせいでまだ調査すらできていないそうなんだけど、山に向かって竜が飛んでいくのを見たっていう証言がいくつもあるんだって。だから多分、本当ね」

「……うちでも先月には大騒動があったし、一体、どうなっているんだろうねえ。お父さんが聞いた話では、あちこちで謎の魔物も出ているそうだけど」

「みたいね。残念ながらうちの領内では未確認だけど」

「残念ながらではないよ、タビア。それは実に幸運なことだと、お父さんは思うよ」


 お父様がもっともなことを言う。


「でも、戦ってみたいわよね。せっかくだし。ねえ、お父様。ケレス叔父様のところから救援要請が来たらどうする? 竜の討伐を手伝ってくれって言われたら」

「それは……。うーん、困るねえ……」

「私は戦ってみたい気もするけど。竜を倒せば、間違いなく英雄よね。ファラーテさんにも名声で勝てるくらいの」

「タビアに何かあったら大変だよ? うちの跡取りなんだし」

「その通りです。そもそも竜を倒すなら中央の騎士団にお願いするべきです。うちとケレスさんのところが組んだって無理ですよ」


 お母様が、お父様の意見に同意する。


「それに、竜が町に襲いかかってきたわけではないんだろう?」

「今のところはそうみたいね」

「案外、竜は旅の途中に一休みしているだけで、すぐに飛び立っていくかも知れないよ。竜の里は遥か北の地で、このあたりではないんだし。そっとしておくのが一番さ」


 お父様は言った。


「んー。それもそうかー」


 お姉様は、残念そうながらも納得したみたいだ。


 私は静かにスープを飲んでいた。

 飲みつつ、思う。


 ――ねえ、カメさま。竜ってさ、あの夜に星の扉から出てきたヤツかな?

 ――おそらく、そうであるな。


 むしゃむしゃキノコを食べつつ、カメさまが念話で答えてくれた。


 ――だよねえ。


 このあたりに竜が住んでいるなんて話は、聞いたことがない。

 竜が住んでいるのは、お父様の言う通り、王国の領土よりもずっと北、人里から離れた高地バランの奥にあるにアピスア連峰だ。

 私も家庭教師の先生に、以前、そう習った。

 それに日時的にも合致する。

 謎の魔物というのも、多分、星の扉からわらわらこぼれたヤツらだよね。


 食事がおわって、お風呂に入って――。

 私は部屋に戻った。

 もちろんカメさまも一緒だ。


「ねえ、カメさま」


 私はラグの上に座って、カメさまに声をかけた。


「ん? キノコであるか?」


 カメさまも私の頭の上から離れて、ふわりとラグの上に降りた。


「ちがうよー。さっきのことー。ねえ、竜ってさ、すっごい危険なんだよね? お母様なんて騎士団が必要とか言ってたし」

「それはそうであろうよ。竜こそはまさに、魔物の頂点なれば」

「お姉様でも勝てない?」

「聖剣士であれば少しは戦えるであろうが、とはいえそれは竜が地上かつ接近戦で相手をしてくれればの話である。竜は飛ぶものであるし、強力なブレスや魔術によって、遠距離からの攻撃も得意としているのである」

「そっかぁ……。お父様が言ったみたいに、飛び立ってくれるといいねえ」

「それはおそらく、無理なのである」

「どうして?」

「ヤツは異界より来たれり邪の竜。この世界に里などないのである」

「あー。そっかー」


 そうだった。


「間違いなく遠からず、ヤツは暴食を始めるのである。ヤツは飢えているからこそ、こっちの世界に来たのであるからして」

「でも、今は大人しいみたいだよね……? 改心したとか?」

「我の攻撃で受けた傷が、まだ癒えていないのであろう」

「ねえ、カメさま。もしかして、なら元気になったら大変? 人間も襲われちゃう?」

「当然である。人間のマナは、魔物にとっては極上の味なのである」

「そっかぁ……。私、家出とかした方がいいのかな」

「急にどうしたのであるか?」

「だってカメさまなら、簡単に倒せるんだよね? 私に憑依すれば」

「うむ。である」

「そっかぁ」


 なら私は、頑張って行くべきなのかも知れない。

 だって、竜に襲われて、ケレス叔父様の町が大変なことになったら大変だ。

 ただでさえ、山から逃げてきた魔物で大変みたいなのに。


 ケレス叔父様のことは知っている。

 うちの家に、何度か遊びに来てくれたことがあるのだ。

 がはははは!

 と大きな声で笑う、まるで熊みたいな人だった。

 戦士の刻印を持っていて、大きな斧で魔物を倒して回っているという。

 私は正直、叔父様のことは怖いけど……。

 叔父様は、いつも大きな手で、私の頭を優しく撫でてくれた。

 うん。

 それもまた恐怖だったけどね!


 でも……。


 死んじゃったら悲しい。


 ただ、と言っても、じゃあ行こう! なんて簡単には言えない。

 だって私、町から出たことなんてないし……。

 ケレス叔父様の町は、リムネーから徒歩二日って話だから日帰りは無理だし……。

 王都より近いと言っても……。

 私にとっては、遥かに遠方だ。


「ねえ、カメさま。私、どうしたらいいと思う?」

「ふむ。それはアニスが決めることである」

「えー。なんでー」

「我が憑依できる時間は限られているのである。我がアニスとして旅して、目的を果たして帰還することはできぬのである」

「うう……。あああ……」


 その夜は結局、決意できないまま、私は寝てしまった。


 そして……。


 私の運命は翌朝……。


 竜を放り出して、いきなり大きく動くことになった。





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