ソルブライツ
水攻めの罠部屋とでも言おうか。部屋の中を水で満たして、捕らえられた人を溺死させる仕組みだろう。
「天井も下がってきてる。サムドは壊すなって言ったけど、仕方無いか」
脱出するために神具で破壊する。
「バハムート、力を寄こせ」
神具を解放し、天井に向かって振るうと、青い炎が天井を溶かして穴を開ける。
そうして、あっさりとトラップを破り、勢いよく床を蹴って飛び上がる。
あっけなくエントランスに復帰出来たが、開けた穴はすぐにまた塞がった。
「お、ラッキー」
キオがラッキーと言ったのは足場の心配をする必要がなくなったからではない。
建物自体に再生能力があるおかげで、派手に壊しても元通りに戻るのならば、力を手加減する必要が無いからだ。おかげで、次は思う存分セリザを吹き飛ばせる。
すぐにでも司令室へと戻ろうとするキオだったが、足が止まった。
少年兵の悲鳴がエントランスに響き渡ったせいだ。
「うわああああ!?」
床から石の拳がつきあがり、少年兵を打ち上げた。
打ち上げられた少年兵は天井から生えた拳にさらに殴られると、血まみれになりながら床に叩きつけられる。
砦の中は既に魔物の体内にいるようなもので、まるで侵入者を消化でもするかのようにジワジワとなぶり殺しにしてくる。
神具を持たない仲間達は時間が過ぎれば過ぎるほど、物言わぬ肉片に変えられる。
それを回避するには仲間達を砦の外に放り出すしかなかった。
とはいえ、キオの持つバハムートの炎は仲間達を焼き殺してしまうだろう。
「壁の一面だけを焼き壊せば良いか。サムド達もこれで脱出出来れば良いけど」
キオは壁に剣を突き立てて、炎で壁をドロドロに溶かし始めた。
溶け出した場所から壁が崩れ始め、砦が崩壊を始める。
一見すると、味方をも巻き込む攻撃だが、魔物の血を取り込んだアッシュなら、落ちてくる壁の欠片くらいで死にはしない。
「みんな下がれ。後は俺がやる」
「助かりました! お願いします! キオさん!」
キオの命令で少年兵達が崩れた壁から外へと退却する。
だが、逃げていく人影の中にサムドとアイリスは見当たらない。
代わりにサムドの助けを求める声がした。
「キオ! ここだ!」
「そこか」
サムドの声を頼りにキオが天井の一点に目星をつける。
守る対象がサムドとアイリスだけなら、威力に制限をかける必要は無い。
キオは迷いなく神具のスキルを解き放った。
「燃やせ。原初の火」
剣を突き出すと、螺旋を描く炎が天井を貫き、月が見える大穴を開けた。
その大穴に目がけてジャンプをすると、キオは腰を抜かして震えるセリザの前に飛び出た。
「キオ!? 今のはお前がやったのか!?」
「そうだよ」
「バカな。最も硬い罠部屋に閉じ込めたはずなのに……」
「あぁ、そうだったんだ。気付かなかったよ」
キオはまだ青い炎を帯びる剣の切っ先をセリザに向ける。
「脆かったからね」
「ま、待て! 私を殺せば、お前達が不利になるぞ!」
「どうでも良いよ。お前は今サムドを殺そうとしたし、さっきも俺達を騙して殺そうとしてきた。生かしたらまた殺しに来るだろ?」
キオの炎がセリザの服に燃え移る。
その瞬間、セリザが情けない悲鳴をあげ、炎を消そうとのたうち回るが、魔法の炎は消えること無く大きくなっていく。
「あああああああ!? 熱いいいいい!」
「キオ、そこまでだ。こいつにはまだ利用する価値がある」
セリザが全身を炎に飲まれると、サムドが待ったをかけた。
その声でキオは即座に火を止め、皮膚の焼けただれたセリザが必死に息を吸っていた。
「そうだ……それで良い……良く言ってくれたなサムド。お前は最高の部下だよ……」
「あなたの神具、制御する道具はどこですか?」
「言う訳がないだろ……」
「立場が分かっていないようですね」
サムドは胸元からナイフを取り出すと、セリザの手の甲を深々と刺した。
それも子供でもあやすかのように、柔らかい笑顔を浮かべながらだ。
「拒否すればどうなるかなんて、賢い大人なら分かるでしょう?」
「鍵だ。そこの机に入っている……」
「キオ、確認して貰えるかな?」
サムドに言われた通り、キオは机の中に入っていた鍵を見つけた。
そして、触った途端にそれが本物であることを理解した。
鍵に触れた途端に声が聞こえたせいだ。
(灰色の血を持つ者よ。我が城と契約を結ぶことを望むか?)
「サムド、パス。神獣が宿っているのは確認できた」
「あぁ、本当だ。本物だね。僕にも声が聞こえたよ」
鍵をキャッチしたサムドも声が聞こえたのだろう。すぐに納得して、鍵を自分のポケットにしまい込んだ。
「神具の在処は言った! 私を見逃せ!」
「あぁ、僕は見逃してあげるよ。契約は守るよ。傭兵らしくね」
サムドは積年の恨みを綺麗サッパリ水に流したように、あっさりとナイフをセリザから抜いた。
何故そんな切り替えが出来たのかと言えば、虐げられ、殴られた相手であっても、傭兵として生きていくのなら契約と信頼こそが商売の種だから。
――というような甘い理由ではなかった。
「お姫様、後は雇い主であるあなたが決める番です」
「私が決める番……」
部屋の隅で身を守っていたアイリスが恐る恐ると言った様子でセリザの前に立つ。
「先ほどの手紙の内容に間違いはありませんね?」
「あぁ……間違いない。ウィンストンの裏の顔を知っているのは私だけだ。殺せば後悔するぞ」
「みなさん、私は王都へと向かいます。自分の目と耳で叔父と話をして、叔父の真意を問います」
アイリスの決意表明にセリザはすがるような視線を向けている。
これだけ聞けば、セリザにはまだ価値がある。そう思わせるには十分な言葉だ。
だが、アイリスの下した判決はセリザの最も望まぬ物だった。
「その道にこの者が解き放たれれば、必ず私達の道に邪魔者として現れます」
「止めろ! 殺さないでくれ!」
「安心してください。命は取りません。もしかすると、まだ隠している情報があるかもしれませんしね」
アイリスの言葉にキオは一瞬落胆した。
アイリスは甘すぎる。
やはり自分の手を汚すのが嫌なお嬢様でしかない。そう思ったからだ。
でも、実際は死よりも酷い仕打ちが待っていた。
「サムドさん、律動の聖城の神具は物質を変化させ、動かす魔法です。己の行いを悔い改める絶好の檻を用意してあげください」
ざっくり言えば命を取らなければ、何をしてもいいという意味だったが、サムドはゾッとしたのか苦笑いしている。
「へぇ? お姫様、あんた意外とえげつない性格してるんだな」
「サムド、どういうこと?」
「こういうこと。僕の灰血に宿れ。律動の聖城」
サムドが鍵を握りしめると、サムドの腕から灰色の煙が噴き出して、指の先から石に変わり始めた。
キオがバハムートを憑依した時と同じように、神具に宿るモノが血の力を試しているのだ。
「キオにも出来たんだ……! 僕にだって!」
サムドの石化した腕にヒビが入り、パキッと割れる。
中から現れた腕に傷跡はない。神具の試練に打ち勝ったのだ。
そして、それは力を自分のモノに変えられた証拠だ。
「石の床で眠れ。セリザ」
サムドの詠唱で、セリザの身体が石に飲み込まれ、もみくちゃにされる。
鍋の中でかき混ぜられているかのように、セリザの身体がぐるぐると回ると、セリザの身体は顔だけを残して床に埋められた。
床と同化してしまったセリザは、これでもう自分から動くことも出来ず、食事も排泄も自由に出来ない姿になってしまった。
しかも、扉のすぐ近くであるため、誰かが通る度に顔を踏んづけられるという屈辱的な姿である。
もちろん、こんな姿にさせられたセリザは激怒していた。
「この売女め! 魔物どもめ! 解放しろ! お前らなんかに私は下に見られるような人間ではない! 私は領主だ! 選ばれた貴族だ!」
「貴族であるから偉いのではありません。あなたは人から搾取することしかせず、与えることが出来ていない。あなたは貴族以前に、略奪者であり罪人です。そこで一生悔い改めなさい」
アイリスの冷たい言葉にセリザはありとあらゆる暴言を返した。
そのあまりのうるささとしつこさに、静観を決め込んでいたキオもついに動き出す。
「うるさい。少し黙ってて」
キオは床から飛び出しているセリザの顔を思い切り踏んづけると、セリザはそのまま白目を剥いて気絶した。
○
「静かになったし、サムド。そろそろみんなに言わないと」
「あぁ、そうだね。この日のために僕達は耐えて来たんだから」
キオの言葉でサムドはバルコニーに出て、外に退却していた少年兵を呼び集めた。
月光に照らされる中、二百人の少年兵が整列する。
少年兵達の前には作戦の立役者であるキオとサムド、そしてアイリスがいる。
その光景は傭兵団ではなく、既に一個の騎士団のような光景だった。
そんな光景を前にして、サムドは皆に語りかけるように声を発した。
「この日をもって、僕達は傭兵団ブローシュから独立する。僕達はこれから《魂灯組》を名乗る。灰になっても消えない魂の光、僕達を食い物にする大人ではなく、僕達が持つ魂に従ってこの先を生きていく。そして、無念に倒れた仲間の魂を俺達の光で導くんだ」
魂灯組、灰色の魂を宿したアッシュ達が明日を照らすために、各々の小さな火を集め大きくした灯火だ。
吹けば消えてしまいそうな弱々しかった火は、この瞬間に大きく燃え上がった。
勝利、独立という燃料が少年兵達の心を熱くたぎらせたのだ。
「おおおおお!」
「やってやるぜええええ!」
「魂灯組! 何かシラねえけど、かっけーじゃん!」
「いやいや、もっとこうミラクルスーパークールアッシュズとかの方が格好良いって!」
「それだけはないわー! 格好悪いぞそれ」
「えー!?」
少年達の騒ぎようはもうお祭り騒ぎの域に達している。
その様子を見て、キオも頬を緩めた。
「サムド、仕事伝えなくて良いの?」
「あぁ、そうだね。みんな一旦落ち着いて。僕達の初仕事を発表するから」
初仕事と聞いて、少年達が一斉にお喋りを止める。
仕事がなければ生きていけない。戦うことしか知らない少年兵達は次なる戦いに、耳を傾けた。だが、静寂は長く続かなかった。
まるで、花火でも弾けたような大歓声にすぐ変わったからだ。
「僕達はアイリス姫の護衛を続行する。目的地は王都クルスマ。出発は二日後、各自準備を怠らないように」
「「はい!」」
「それじゃあ、僕達の新しい門出を祝って、お祝いだ! 食料庫にある肉も野菜も果物もパンも全部持ってきて! みんなで食べようか!」
「おおおおおお!」
サムドの一言で少年兵達が一斉に城の中に向けて駆けだした。
そんな少年兵達の統制を取るために、サムドもダッシュで倉庫に向かう。
その後ろをキオがついていこうとすると、急にアイリスから呼び止められた。
「キオ、あなたも笑えるのですね」
「俺を何だと思ってるの? 嬉しい時があれば笑うよ」
「あっ、すみません……。その……とても嬉しそうだったので」
「うん、嬉しいよ。だって、本当に変わったんだ。俺は自分の周りの世界はずっと変わらないと思っていたけど、サムドは本当に変えた」
「何でサムドさんは世界を変えられたんでしょうか?」
「分かんないよ。俺は考えるの苦手だから。でも、サムドはずっと耐えてた。死ぬほど危ない目にあっても、殴られる役割を買って出て、ずっと耐えて生きてきた。綺麗事だと思ったけど、サムドは自分が汚れても耐えていた。だからだと思う」
どれだけ殴られようが、危険な任務にあてがわれようが、サムドは耐えて機をうかがっていた。
口先だけでなく、ちゃんと行動をして準備をしていたのだ。
普段は柔らかい印象を受けるサムドだが、アイリスはサムドに鉄のような意思があることを聞かされて、ぽつりと呟いた。
「自分が汚れても……」
「だから、俺はまだあんたの理想を認めない。あんたはまだ綺麗なまんまだから」
キオはそう言うとアイリスを置いて、サムドの後を走っておいかけた。




