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10戦目、素直になってみれば勝負は決まっているのです。

 


「ねえ、委員長」

 あんなにも恐れていたクリスマスはあっという間にやって来た。

 断る理由もないまま、結局はクリスマスイベントに参加をすることにした。委員長にも誘われたっていうのもあるけど。

 イベントは会長主催なだけあって、大盛り上がりだ。カップル向けの企画に、恋人募集中の人向けの企画まであるから、一緒にいた他の友達は参加しにいってしまった。

 ぽつんと輪にはずれて、やっぱり参加をしなかった委員長と二人で一緒にいる。

「ちょっとバカな話、してもいい?」

「いいよ、聞きたい」

 備え付けられていたベンチに二人で並んで座る。

 遠くもなく近くもない距離では、企画の参加者が楽しそうに笑っているのが見えた。

 何処から話そうかな……。

「聡里って、格好良いよね。頭も良いし、性格も明るくて何だかんだと気遣いも忘れないし優しいの」

「あれ、のろけ話?」

 そうじゃなくて、と軽く睨むと、少しだけからかうような笑みを引っ込めた。

 でもよくよく考えれば確かにそれっぽく聞こえるかも。言葉もなく続きを促されたけど、少しだけ恥ずかしい気持ちが出てきた。

 どこから話そうなと迷いながら、持っている飲み物を握る。

 暖かかったココアは冷めてしまっていた。

「優しいの、聡里は……誰だって好きになるよね」

 いつも誰かが聡里を見つめている。

 振り向いてもらう為に沢山の努力をしたことも直接言われたこともある。

「この間の掃除の時にあった子覚えてる?」

「うん」

「あの子、美月ちゃんも聡里のことが好きで、告白してた……二人並ぶとお似合いで。わたし、ようやく気付いた……聡里の隣には相応しくなかったんだって」

 努力している子からすれば、わたしはただ幼馴染みなだけで何もしていないのに。

『いなくなってしまえば良いのに』はそんなわたしが目障りだったから。

「でもそれは旗本くんが決めることじゃないのかな」

「うん……でもね、そんな自分に優越感を感じてしまったの。わたしは特別なのって喜んでもいた……」

 感じていただけじゃなくて、態度にも出ていたんだと思う。

 わたしは何も疑わなかった、聡里の隣はずっとわたしだと。

 だけど美月ちゃんが現れてそれが揺らいだ。少なくともわたしからすれば。

「それで美月ちゃんともめて、わたしの方がドジしちゃって怪我をしたの。それで二人の関係はうやむやになっちゃった」

 あの再会まで美月ちゃんと顔を会わせることもなく、聡里は責任を感じているのかどこか可笑しい素振りをして守ろうとしてくれた。

 二人は傍目から見たら良い感じだったのに。わたしが壊した。

「美月ちゃんと話すのが怖くて、聡里と向き合うのが怖くて逃げた……」

 それでも聡里と美月ちゃんが並んでいるところをみたくないという、わたしの心は何て醜いんだろう。

 本当ならもっと早く、聡里に言うべきだったし、行動すべきだった。

「だから美月ちゃんと聡里が話せるようにセッティングしたの」

 時計を見ると、もうすぐ午後六時を指す頃。聡里が指定した中庭で会えるよう、美月ちゃんにもメールした。

 あの日の後、何度も聡里は何かを言いたそうにしていたけど、忙しさもあって話せないまま今日を迎えた。

 話を聞くのが怖かった。だって聡里は本当はわたしのことを、本当の意味で好きというわけではないから。

「……わたしの懺悔話はおしまい。きっともうおさまるところにおさまると思う」

「鈴原さんはそれでいいの?」

 委員長の平淡な声色に、わたしの思考は止まる。

 え、と言葉にはならずに、口だけが軽く開いてしまった。

 委員長は全てを見透かすように、じっと見つめている。

「な、何を?」

「鈴原さんは、旗本くんのこと好きなんでしょう?」

 心の奥底に沈めた感情。

 誰だって好きになる聡里。

 そんなことは、わたしが一番に知っているの。

「……だって」

「素直になってぶつけておいでよ。傍目から見ても分かるぐらい鈴原さんは散々迷惑かけられてきていたんだし」

「え?」

「大体恋愛感情もなく、あの発言は失礼だと思うんだよね。うん、やっぱり文句いっておいでよ」

 そうと決まれば、と委員長はわたしが持っていたココアを取り上げる。

 あんまりな展開にわたしはついていけずに、言葉が途切れ途切れにしか出てこない。

 再び委員長はじっとわたしを真っ直ぐに見る。委員長の視線はわたしの背中を押すように力強い。

「言ってしまえば良いんだよ、自分の気持ちを。それで駄目だったら慰める役目は引き受けたから」

 自分の気持ちを素直に?

 それはとても怖いことだった。だって幼馴染みとしての聡里も失ってしまうから。

 ……でも今の状況と、それは何が違うんだろう。

 そうだ、散々アイツの変態っぷりに振り回されたんだから文句ぐらい言わなきゃ何か腹が立つ!

 それに、駄目だったら委員長がいるって言ってくれているんだし……わたしはもうあの時とは違う。

 そう思うと、俄然と走り出したい気分が沸き起こる。

「いってくるね!」

「いってらっしゃい!」

 ベンチから立ち上がって駆け出す。

 6時は過ぎたばっかりだから、きっとまだ中庭にいるはずだ。

「……賭けは私の負けか」

 ぽつりと漏らした委員長の言葉は、わたしには聞こえなかった。




 イベント会場の体育館から中庭は意外に距離がある。勢いで駆け出したは良いけど、すぐに息があがった。

 白い息があがったまま、走るわたしを不思議そうに見る知り合いとかもいたけど構わず足を動かし続けた。

 ようやく中庭に付いた頃、わたしの膝はがくがくだし、肺が酸素を欲して息も苦しい。

 深呼吸を繰り返しながら、辺りを見回すと、ちらほら人はいるけどあまり賑わってはいなかった。

 照明が設置されていないから、暗がりなので誰がいるかも分からない。

「瑞希!」

 突然の呼ぶ声に、心臓がはねあがる。

 この可愛くて高めの声は、美月ちゃんだ!

 思ったより近くにいて、暗くても直ぐに判った。

「良かった、会えて」

「み、美月ちゃん……聡里はいないの?」

 てっきり一緒に居るものだと思っていたのに、美月ちゃんは一人でわたしに声をかけた。

 もしかして会えなかったのかな。聡里が約束を守らないなんて考えられない。

 わたしの問いに、美月ちゃんは静かに頭を振った。

「さっきまで居たんだけど、怒ってどこかへ行っちゃったの」

「え、怒って?どうして?」

「瑞希、私は聡里くんに会いにきたんじゃなくて瑞希と話がしたかったの」

 え、と美月ちゃんを見ると、ちょっとだけ困ったようなだけど柔らかい微笑をしていた。

 そこにわたしに対する怒りも憎しみもない。

 ただ穏やかに、それどころか最初の仲良かった頃の表情で。

「ずっと謝りたかった……でも許してほしいとは言わない。だって私は酷いことをしたから」

「そんな、わたしだって……」

 友達、だったのに。

 聡里との仲を応援することができないまま、わたしは美月ちゃんにさえ優越感を感じていた。

 わたしの醜い思いの吐露を、美月ちゃんは肩に手を置いて否定するように再び頭を降る。

「違うの。最初から答えは出ていたのに、私がかき回したのよ。だから、瑞希が自分を責めることないの」

「でも!わたしのせいで、美月ちゃんは……」

「全部自業自得よ。そのせいで聡里君からも恨まれちゃった」

 あっけらかんと笑う美月ちゃんは、どこか清々しい表情をしていた。

 ううん、本当なら明るくて優しい人。最後の記憶が悪かったからといって全部がそうじゃないのに。

「せめて誤解を解きたかった。私はとっくの昔に聡里くんに振られているから、瑞希が私に遠慮することないって」

 ……美月ちゃんにもわたしの気持ちはバレバレですか。

 わたしって周りが見えていないなぁ。こんなにも背中を押してくれる人がいるのに、気付かないままで。

 だからかな、思わず不安が言葉になる。

「……わたしだって、聡里に振られるかも」

「じゃあ、その時は誰か紹介してあげるわ」

 あれ、美月ちゃんってこんな性格だっけ?

 急な展開についていけずに呆然としていたら、ぐいっと突然腕が引かれる。

 目の前の美月ちゃんから引き離すように、誰かがわたしの前に立ち塞がった。

「瑞希に近寄るな!」

 思わず心臓が跳び跳ねるぐらいに冷淡な聡里の声と睨み付けるその表情は、今まで見たことがなかった。

 割って入った聡里の息はやや荒い。まるで直前まで走り回っていたように。

 美月ちゃんも吃驚した表情をしたけど、わたしと目があってからすぐに悪戯が思い付いたように含み笑いに変えた。

「もう話は終わったわよ」

「瑞希の前に二度と姿を現すなって言っただろ!」

「さ、聡里!」

 今にも美月ちゃんに食って掛かりそうな聡里の気を引くために、掴まれてたままの腕を引っ張る。

 結構強く掴んでいるためか、聡里の手から離れなかったけど気は向けたようだ。

「やめて、これはわたしと美月ちゃんの問題なんだから!」

 聡里が心配してくれているのはわかっていたけど、こういう言い方しか出来なかった。

 今度こそ素直になるって決めたのに……わたしの言葉に聡里が傷付く。

 聡里はわたしにそう言われるとは思わず言葉にならなかったようで、打ちのめされたような表情でわたしの腕を離し背を向けて歩き出す。

 どうやら校舎の方に向かうようだ。自分の失言に呆然として見送る。

「瑞希、追わなきゃ!」

「でも美月ちゃん……」

「今追わなきゃ、聡里君とずっと一緒にいられなくなるよ!」

 成り行きを見守っていた美月ちゃんに背を押され、わたしがここまで来た理由を思い出す。

 そう、どんな形でも聡里と仲直りがしたい。今までのことを謝って、自分の気持ちを伝えて、気を持たせるような聡里に文句を言いたい。

「ありがとう、美月ちゃん!」

「またいつか、遊ぼうね!」

 手を振る美月ちゃんを置いてわたしは聡里のあとを追いかける。

 中庭から校舎のなかに入っていった。一応一部の校舎以外は立ち入り禁止のはずだから照明は落ちている。

 聡里が入っていったのは生徒会室がある校舎の棟で、関係者以外は立ち入り禁止区域だけどそうも言ってられない。

 まだほんの少ししか経っていないのに聡里はどこに行ったんだろう?

 とりあえず生徒会室を目指して階段を昇ってみると、足音が聞こえた。

 間違いない、聡里だ。

「……聡里!待って!」

 四階建ての四階に生徒会室はあるから、もう聡里は上の方で聞こえていないかも。

 一気に階段をかけ上るけれど四階には人の気配がなく、屋上へ続く階段へ進む。

 きっと聡里はこの先だと、直感した。

 いつもは鍵のかかっている扉を開くと暗がりの中に人影が見えて、聡里の後姿で間違いない。

「聡里!」

 声を掛けると、驚いた様子も見せずにゆっくりとこちらを振り返る。

 その表情は、あの時怪我して目覚めた病院で見たときのものと一緒で。

 ぽつりと苦しそうに聡里は、吐き出す。

「あいつは、瑞希を傷付けたんだ。それなのにどうして……」

 まるで自分を責めているみたい。

 本当に心配してくれたんだね、いつだって自分のことで傷付かないように聡里は守ってくれた。

 それが、ちゃんと恋だったら良かったのに。

 ……わたしも、聡里と一緒だったら良かったのに。

「聡里、もういいよ……わたしのこと、構わなくても一緒に居なくても、もう聡里のことで傷ついたりしないから」

「瑞希」

 聡里の言葉を制するように、頭を振る。

 精一杯の笑顔で、ちゃんと言おう。

「今までありがとう。聡里の一番になれなくも、わたしはずっと好きだったよ」

「……瑞希は、やっぱり何も解ってない。俺がいつだって行動を起こすのは瑞希がいるからなんだ」

「うん、だからこれからは一番の人にしてあげて。わたしだって、聡里よりもっといい人見つけるから」

「だから!」

 聡里が急に近寄り、距離を埋める。

 じっと真っ直ぐに覗きこまれるような視線は、痛いほど真っ直ぐで。

「瑞希のことが一番に好きだ」

 とっさに反論をしようと、口を開きかけたその瞬間。

 ドンッと大きな音がして、暗い夜空を明るく鮮やかに彩る。

 いつの間にかに花火が始まったようで、聡里に連れられて来たこの場所は、まさに絶景のポイントだった。

 あまりにも綺麗に見える花火に軽く感動をしていると、それどころじゃないことを思い出し再度聡里に向き合う。

 すると視線は逸れていなくて、ずっとわたしを見ていた。

「好きだ、本当の本当に」

「そ、それは聡里が罪悪感を感じているから……」

「違う。何年一緒にいたと思っているんだ。俺のとなりは瑞希以外に有り得ないし、瑞希の隣も絶対に譲らない」

 掴まれてたままの腕を強く引かれて、ついに聡里との距離はゼロになった。

 抱き締められたままわたしの耳元で聡里は言葉を続ける。

「信じてもらえないなら何度だって言う……好きなんだ」

 本当に?

 ……信じても良いのかな?

「好きだ、ずっと……だから、俺を拒絶しないでくれ」

「聡里……」

 少し腕が緩めておでこをコツンとくっ付ける聡里の表情は泣きそうな、一歩手前。

 幼馴染みとして何回この顔を見ただろう。

 ずっとずっと、聡里が遠かった。昔は一緒だったのに、聡里はわたしよりも優れていてわたしには追いかけるだけの力がなかったから。

 だから美月ちゃんや他の女の子と戦うことも、聡里を追いかけることも出来なかった。

 でも本当は臆病だっただけなのかもしれない。そんなわたしを聡里はじっと待っていてくれた。

 ううん、置いて行かれたということさえ、わたしの思い込みだったのかも。

「……いつもだったら、運命とか赤い糸とか使ってくるくせに」

「……う」

 目尻がほんのり赤い聡里は珍しい。

 羞恥心は人並みにあったみたいで驚くのと同時にとても可笑しかった。

 あーあ、本当ならいつもの変態発言に文句を言うつもりで来たのになぁ。


「わたしだって昔から聡里だけが好きなんだから!」



 ようするに惚れた方が負けっていうことかな。






これにて、本編は完結いたしました。

長いことお付き合い頂きました皆様には大変申し訳なく、そして心より感謝を申し上げます。

本当にお読みいただきましてありがとうございました!

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