第10部:決戦の幕開け〜炎の終わりと、温かな始まり (後編・エピローグ)
第10部:決戦の幕開け〜炎の終わりと、温かな始まり(後編)
水の国の兵士たちによる不意打ちの特攻により、火の国の城内は目まぐるしい激闘が繰り広げられていた。
城門の真下。いよいよ僕とオオカミたちの出番だ。刻一刻と迫る決戦の時に向けて、僕は隣に立つシドへ声をかけた。
「さあ、行こうか……兄弟!」
叫んだ直後、わずかな沈黙が流れる。
(あ……あれ? 僕、調子に乗っちゃったかな……!?)
冷や汗が背中を伝う。けれど、シドは突き刺さるような視線を僕に向けたあと、不敵にニヤリと口元を歪めた。
「フッ……いい目だ! 途中でくたばるなよ、兄弟!」
その言葉が、どんな鉄壁の鎧よりも僕の心を熱く、力強く鼓舞してくれた。
「ウオオオオオオーーーッ!!」
ハイドの雄叫びに応じ、オオカミ全軍勢の地鳴りのような遠吠えが天を突く。次の瞬間、僕たちは地を蹴り、一斉に城へと攻め入った!
ゴゴゴゴゴッ……!
異変に気づいた敵の手により、重厚な城門が急速に閉ざされていく。
「構わん! 壁を昇るぞ!」
先頭を走るハイドの重々しい指令に、すべてのオオカミたちが咆哮で応えた。
オオカミの集団は勢いを殺すことなく、垂直にそびえ立つ城壁に向かって全速力で駆け上がる! 勢いが落ちそうになっても、後方のオオカミたちが投石器から放たれた巨石のように僕らを力強く押し上げ、まるで大きな一筋の潮流となって垂直な壁を突き進んでいく。
城壁を破り、ハイド、シド、そして僕の三匹は、城の最上部に位置する屋上庭園へと躍り出た。
庭園の奥を見やると、そこには不自然に鉄格子がはめ込まれた部屋の窓が見えた。
「あそこだ! あそこにスイが閉じ込められているんだ!」
僕は叫ぶ。アレンからの情報によれば、階段へ続く扉の鍵はエマさんが解除してくれているはずだ。
バン!!
僕たち三頭は扉を叩き割り、一瞬の迷いもなく城内へと飛び込んだ。幸いなことに、敵兵の多くは前庭の混乱へと出払っている。道中、おびえて動けなくなっている使用人たちがいたけれど、無駄な争いはしたくない。彼らには目もくれず、一心不乱にスイの部屋を目指した。
後から増築したような、不自然に頑丈な扉。
「ここだっ!!」
僕たちはその扉を力任せに蹴破り、室内へと雪崩れ込んだ!
「スイーーーッ!!」
「スノウ!!」
そこにスイはいた!
スイはエマさんを庇うようにその前に立ち、その目と鼻の先では、怒りに満ちた剣を振り下ろすヴァルガと、それを間一髪で受け止めるアレンの姿があった。
息を呑むほどの、狂気的な圧迫感。アレンの決死の裏切りと作戦の露呈に気づき、ヴァルガは完全に正気を失っていた。
「おのれ貴様らーーッ! 皆殺しにしてくれるわーッ!!」
「ヤバい……! 覚醒する!」
前回の悪夢が脳裏をよぎる。僕は咄嗟に叫んだ。
「アレン! ここは僕たちに任せて、スイとエマさんを連れて引いて!」
「わかった、頼んだぞ!」
アレンが素早く退いたその瞬間──
「我!! 最強なりぃぃぃッッ!!!」
ヴァルガの咆哮とともに、凄まじい熱風が吹き荒れた。彼の全身が真っ赤な炎に包まれ、手に握られた大剣までもが激しく燃え上がる!
以前目にした覚醒をはるかに上回る、圧倒的な火炎。あんなもので斬られたら、一瞬で命を奪われてしまう!
恐怖で、僕の足がガタガタと震え出した。無理もない。僕は一度、あの男に斬られて死にかけたんだから。
その時、隣に滑り込んできたシドが、疾風のような声で叱咤した。
「おい! ビビってんのか!? お前、何のために熊を狩ったんだ! 俺とお前が組めば、最強だろうが!」
「……っ! はい、シド!!」
胸の奥の恐怖が消し飛び、シドと死力を尽くした過酷な特訓の日々が熱く蘇る。
僕とシド、そして覚醒したヴァルガとの壮絶な死闘が始まった!
ヴァルガが狂ったように炎の剣を振り回すたび、舞い散る火の粉がカーテンやソファを呑み込み、部屋全体に瞬く間に火の手が回っていく。しかしヴァルガはそんな惨状すら意に介さず、猛烈なスピードで火の刃を繰り出してきた。
ヒュン! ヒュン!
僕とシドは息を合わせ、極限の集中力でその熱風をかわし続ける。熊との戦いで培った持久戦──「一度きりのその瞬間」が訪れるのを、じっと待ち続けながら!
(今だ……!)
ヴァルガの大剣が床を深く抉り、わずかな隙が生じたその瞬間、僕は弾丸のように跳躍し、ヴァルガの顔面を目がけて爪を立てた!
「グガァッ!?」
視界を奪うことには成功した。けれど同時に、ヴァルガの返り血のような炎の刃が、僕の身体を深く切り裂いた。
「くっ……!?」
劇痛。視界がぐらりと歪み、全身の力が抜けていく。あの時と同じ、死の冷たさが襲いかかる──。
けれど、僕が倒れるより早く、影が走った。
シドが死角から飛翔し、研ぎ澄まされた鋭い爪でヴァルガの喉笛を深く掻き切ったのだ!
「ギャアアアアッ……!?」
凄まじい絶叫とともに、ヴァルガの巨体が崩れ落ちる。全身の炎が消え失せ、喉から溢れ出る血でゴボゴボと虚しい音を立てながら、床に転がった。
「とどめだ……! スノウの仇を取ってやる!」
シドが怒りを露わにし、突進しようとしたその時──
「そこまでだ」
重厚な声が響き、ハイドが静かにシドを制した。
「人殺しの汚名を着るのは、ワシだけでいい」
ハイドは深く静かな歩調で、倒れているヴァルガへと歩み寄った。
「のう、ヴァルガよ。昔のことを覚えているか? 我らオオカミとお前たち人間が、争っていた頃のことを……。あの頃のお前さんには『民のため』という誇り高き信念があった。……だがお前は、いつの間にかその信念を見失ってしまったのだ」
血を吐き出しながら、ヴァルガが途切れ途切れに狂笑する。
「下らん……! 我こそが最強で……火の国こそが、最強なのだ……!」
「……ヴァルガよ、もう、終わりにしようや……」
ハイドは静かに目を閉じると、ヴァルガの喉元へ深く噛みつき、その息の根を止めた。
まわりに回る炎の熱気と、傷口の激痛。倒れる僕の視界は暗転し、意識は完全に途絶えていった──。
スノウの身体がくずれ落ちるのを見た瞬間、私の世界から全ての音が消え去った。
「スノウ! スノウーーーッ!!」
私は炎の熱さも忘れて駆け寄り、血だらけになったスノウの体を強く抱きしめた。溢れ出る涙が、スノウの冷たくなっていく毛皮を濡らしていく。私を救うために傷つき、そして再び私を護るために斬られてしまった……!
悲痛に泣き叫ぶ私に、シドが静かに声をかけてきた。
「嬢ちゃん……そいつはよくやった。だがもうだめだ、このままだとみんな焼け死んじまうぞ」
「そんなの関係ない! スノウは……スノウは私のパートナーなんだから!!」
私は首を強く振り、スノウから離れようとしなかった。
すると、息絶えたヴァルガの元から、ハイドがゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。
「嬢ちゃん、ちょっと離れておれ」
ハイドが静かに呟くと、その威厳ある巨体が神聖な光を放ち始めた。ハイドは横たわるスノウの首筋へ、そっと牙を立てる。すると同時に、スノウの全身もまた、温かな光に包まれていった。
「これは……一体……!?」
あまりの光景に、アレンが息を呑む。
「おいスノウ。スイが泣いてるぞ。……お前がスイを連れて帰るんだろ?」
どこか遠くで、懐かしい声が聞こえた。
「うぅ……ん……」
重い瞼を開けると、目の前には涙と煤で顔を汚したスイの顔があった。
「スノウーーーーっ!!」
スイが泣き叫びながら、折れそうなほど強く僕に抱きついてくる。
「あれ……? なんか……全然痛くない……!?」
僕は驚いて自分の身体を見回した。あんなに深く切られたはずの傷が、綺麗に塞がっていたのだ。
「ハイド殿、一体何をされたのですか……!?」
驚愕するアレンに、ハイドはふっと鼻を鳴らした。
「なあに、ワシの寿命をちょっとばかり分けただけだ。それよりも、火の手がいよいよヤバそうだぞ。……そこのお二人さんも、ワシとシドが背中に乗せていってやる。早く逃げるぞ」
急かすハイドの言葉に、アレンとエマは顔を見合わせた。そして、互いに深く頷き合うと、決意に満ちた強い眼差しを私たちに向けた。
「……我々は、ここに残ります」
アレンの言葉に、スイが目を見開いた。
「えっ……!? アレン、エマ、どうして……!?」
「この国は今、指導者であるヴァルガを失った。このままでは民たちがどうしていいか分からず、混乱に陥ってしまう。……二人で力を合わせ、水の国と、そしてこの火の国を正しく再建するんだ」
「わかってください、スイ様……いいえ、スイ」
涙を浮かべながらも微笑むエマに、スイは堪らず駆け寄り、二人は固く抱き合った。
「……ようやく、『スイ』って呼んでくれましたね」
「ええ。必ず……また会いましょう」
最後の別れを告げ、アレンとエマに見送られながら、僕はスイを背中に乗せた。ハイド、シド、そしてオオカミの群れとともに、燃え盛る城を後にして脱出した。
◇
幾重もの森を抜け、やがて見えてきたのは、白銀に輝く僕たちの故郷──氷の国だった。
城門は固く閉ざされることなく、大きく開け放たれている。街に入ると、そこには信じられない光景が広がっていた。街のみんなが温かな笑顔で溢れ、帰還したスイを大歓声で迎え入れてくれたのだ。
「スイ女王様の凱旋だーーーっ!!」
僕たちと共に歩むオオカミたちも、恐れられることなく温かく歓迎された。城門をくぐると、街の子供たちが興味津々に集まってきて、大きなオオカミたちの毛皮をなでなでしている。オオカミたちも満更でもなさそうに、嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振っていた。
お城の前で、オオカミたちとの別れの時がやってきた。スイが誇り高く、深く頭を下げる。
「この度は、大切な命をかけて力を貸してくださり、本当にありがとうございました」
僕もスイに向き直った。
「……ハイドとの約束だから、僕は行かなきゃ」
スイは涙をポロポロとこぼしながら、僕を強く抱きしめてくれた。
「……たとえ離れ離れになっても、あなたはずっと、ずっと私の大切なパートナーです!」
「スイ……」
胸が締め付けられるほど辛かった。だけど、僕は固い約束を果たさなきゃいけない。涙を拭い、ハイドのもとへと歩み寄った。
「ハイド様、お待たせしました」
すると、ハイドは僕を見下ろし、重々しく告げた。
「あぁ……お前、クビだ」
「えっ!?」
横からシドも、意地悪くニヤリと笑う。
「お前、ヴァルガにやられたしな!」
「……っ! ハイド、シド……ありがとう!!」
僕は全てを理解した。溢れる感謝を胸に、トコトコとスイの元へ走り戻った。
「えへへ……なんか僕、クビになっちゃったみたい!」
「ふふっ、あははは!」
僕の言葉に、肉屋のおじさんをはじめとする街の人たちが大爆笑した。スイは涙を拭い、とびきりの笑顔で僕に飛びついてきた。
「スノウ……!!」
スイの元へ歩み寄ったハイドに、スイが優しく声をかける。
「ハイド殿、これからはいつでも遊びに来てください。お城の門は、いつでも解放しておきますから」
「フッ……気が向いたらな」
珍しくハイドが破顔し、嬉しそうに笑った。
「じゃあねーーーっ!」
遠ざかっていくオオカミたちの背中に手を振りながら、僕は急にお腹が空いていることに気づいた。
「そうだ! 僕、すっごくお腹が空いちゃったよ! みんなでご飯を食べよう!」
こうして、スイが戻った氷の国では、国中のみんなで美味しいご飯を食べ、温かな笑顔の中でいつまでも復興と平和をお祝いしたのだった。
(第10部・完)
エピローグ
それから、数年の月日が流れた。
ヴァルガの暴政から解放された火の国は、アレンとエマの手によって大きく生まれ変わっていた。アレンは水の国と火の国の同盟を固め、両国の民が互いに助け合える新たな秩序を築き上げた。そしてその傍らには、常に冷静な知恵と優しさで国を支えるエマの姿があった。
火の国の象徴だった「黒炎石」は完全に底をついて採掘できなくなってしまったけれど、この世界に絶望は訪れなかった。
なぜなら、代わりに僕たちの氷の国で、誰も想像しなかった「すごいもの」が掘り出されたからだ。
それは──なんと「燃える氷」! 名付けて「氷炎石」!
見た目はただの冷たい氷なのに、火を近づけるとメラメラと燃え上がる不思議な氷なんだ。僕には難しい仕組みはよく分からないけれど、大人たちは「メタンガスがどうとか」って嬉しそうに話していた。
これが採掘されたおかげで、黒炎石がなくなっても蒸気機関や暖房をそのまま動かすことができるようになった。
そしてスイは、この「氷炎石」を独占するのではなく、火の国と水の国へも分け合おうと、アレンとエマに真っ先に提案したんだ。かつてヴァルガが力で奪おうとしたエネルギーを、スイは温かな優しさで分かち合った。
ある春の温かな日。氷の国の城門前に、見覚えのある馬車が到着した。
「スイ! スノウ!」
馬車の扉が開き、ドレスをまとったエマと、王の品格を深めたアレンが降り立つ。
「エマ! アレン!」
スイはドレスの裾を揺らしながら駆け出し、エマと固く抱き合った。二人を追いかけるように、僕もまた元気に雪原を駆けてアレンの足元へ飛び込む。
「スノウ、相変わらず元気そうだな」
「うん! エマもアレンも、会いたかったよ!」
「スイ、あなたが分けてくれた『氷炎石』のおかげで、火の国の街にも暖かな灯りが戻りました。本当にありがとう」
アレンが感謝を伝えると、スイは誇らしげに微笑んだ。
「お互い様ですよ、アレン。私たちはもう、争う必要なんてないのですから」
その時、遠くの森の小高い丘から、風に乗って悠然とした遠吠えが聞こえてきた。見上げると、そこには群れを率いるハイドと、ひと際たくましくなったシドのシルエットがあった。
シドと目が合うと、彼は誇らしげにニヤリと笑い、一瞬だけ尾を振ってみせた。
「見て、スノウ。みんなが見守ってくれているわ」
スイが僕の隣にしゃがみ込み、優しく首筋を撫でてくれる。
過酷な試練を乗り越え、繋ぎ止めた固い絆。「燃える氷」の温かな光に包まれながら、僕たちの約束はこれからもこの豊かな大地とともに、永遠に続いていく──。
(『火の国の約束』・完)
最後までお読みいただきありがとうございました。
本編である『レゾリューション』と、
そのスピンオフ作品『レゾリューションDiva』も、
是非よろしくお願いします。




