06 順位表も見られる
順位が告げられた日の昼休み。
担任の先生に呼ばれて、俺は研究室でお叱りを受けていた。
「――望月君。君の病気の事もご家庭の事も、私は詳しく聞いている。しかしこの学校は、そういった事情を別にして結果のみで判断する場合も多いんだ」
「はい」
「君自身が厳しい立場にいる事はよく分かる。だけどね、私達教師が学生のご家庭にどこまで介入すべきかというのは線引きがとても難しい。学校側とどうしても合わないといった時には、最悪の事も想定しなければならないからね」
「はい……」
俺が特待生として順守しなければならないのは、常に15位以内に入るという条件だけ。これは、一学年が300人を超えるマンモス学園としては中々ハードルが高い。でも守りさえすれば学費は免除される。大袈裟だが、俺にとっては本当に生活がかかっていた。
「はぁ……望月君にはこれ以上強く言えないな。教頭先生達にはアルバイトの事も上手く濁しておくから、二学期の中間試験はしっかりと高得点を取りなさい」
「すみません、頑張ります」
「それと三者面談だけど、親戚の方の出席はどうしても無理かい?」
「その、着信拒否されてるみたいです」
「そうか、じゃあ二者面談だね。では戻ってよし」
中間試験で調子に乗った結果がこのザマだ。
「失礼しました。……あれ、雛白さんも呼ばれたのか?」
「……あ、はい。失礼します」
扉の前にいた雛白が研究室へと入って行った。学校では話しかけまいとしていたが、コンビニのノリでつい話しかけてしまった。この軽い間柄が気に入っているので、あまり関係は崩したくはない。
教室に戻るまでの途中にある掲示板で止まり、順位表に目を走らせた。
掲示板の横にいる澪と志乃さんは、首を傾げながら順位表を眺めている。
『蒼お兄ちゃん、バイトの時間を圧縮するしかないんじゃない?』
……できたらやってるよ。
最初に削るべきは睡眠時間だ。
それと夏休みを使ってお金を稼がなければ。
雛白は……また2位。
凄いなぁ。
教室に戻ると、持田が嬉しそうに話しかけてきた。
さては、俺の順位表を見たな。
こいつは他人の不幸を喜ぶタイプだ。
「おいおい蒼くん、大丈夫なのかい?」
「……大丈夫じゃないな。先生も怒ってた」
「仕方ねぇな、俺が勉強教えてやろうかい?」
「遠慮しておくよ、だって持田は259位だろ」
「言うなよ!」
101位以下は張り出されない。
勉強嫌いの持田は、それで自尊心を保っていた。
「持田は煩悩が大きすぎるんだよ」
「健全な男子高校生と言ってほしいね」
「不健全だろう。教科書の孔子が泣くぞ」
「あ、それ貰い」
そう言うと、持田は嬉しそうにメモを取り始めた。文芸部に所属しているこいつは、趣味で小説投稿サイトに詩を書いているらしい。今年の文化祭でペンネームと共に張り出したいそうだが、俺は必死で止めている。
「おっと」
持田がペンを落とした。
「落としたよ、持田君!」
持田の隣の席の、いつも元気な古橋さんだ。
ペンを拾ってくれる優しい古橋さんを他所に、持田は古橋さんの大きな胸をガン見している。お前鼻の下長すぎだろ。不健全極まりない。
「持田、ちゃんとありがとうを言うんだ」
「ありがとう、古橋しゃん」
「ふふ、どういたしまして持田君!」
「あ……あぁ……」
持田からはピンク色のオーラが溢れ出した。
何だこの茶番は。
「持田君は、雛ちゃんの事が気になるの?」
「え、あ、いや。ふへへ……」
「雛ちゃんはモテるからねー。あんなに可愛いんだし、それにもう何人もイケメンがフラれたって聞くよ。本人は彼氏が欲しいわけじゃないみたいだけど、頑張ってね持田君!」
「う、うん!」
こうして急に小さくなった持田を、古橋さんが元気に切り刻んでいった。
――
「いらしゃいませぇ」
「望月さん、大丈夫ですか?」
「342円になりまぁす。大丈夫でぇす」
「この生活を続けられると、必ず体に負荷がかかります。あまり無理しないでください。それと先生から私に相談がありまして、伝言を……」
今日もご来店した雛白がカウンター越しに話しかけてきたが……どうしたんだ、急に俺の心配をしてくれるだなんて。そういえば、副委員長だったか。
気持ちはありがたいけど、夕方のこの時間は長蛇の列が出来る。どうか背後にいる殺気立ったサラリーマン達に気付いてくれ。
「申し訳ありません、お客様。内容は後ほど伺っても宜しいでしょうか?」
「あ、ごめんなさい。並んでいたんですね」
雛白が列に並ぶお客様に謝罪をすると、途端にその空気が変わった。この誰もが目を奪われる美少女は、その美貌を無意識に武器として振り回している。
彼女はその場から離れて、雑誌コーナーで女性誌を広げた。だが本を読むわけでもなく、俺の方をじーっと見ている。その視線、何だか癖になりそうだ。そして佇んでいる姿もいちいち神々しい。
しかし、今日は豆が新しくなったコーヒーが飛ぶように売れる。セットで揚げたてのガブチキも買われていく。今日の売上は楽しみだな、店長が喜ぶ顔が目に浮かぶ。
『これ、安いし美味しいんだよねぇ』
『以前よりも甘くなったし、香りも強くなったわねぇ。蒼ちゃんがこのコンビニでよかったわ』
もちろん彼女達は飲んでいない。俺が飲んだ時の感想を代弁していた。
ようやく列を処理した所で、雛白に声をかけた。
「ごめん、今日はあまり時間が取れない。話があれば学園で聞くけど」
「いえ、学園ではちょっと。目立ってしまうので」
あぁ、確かにそれはまずいな。
だがまだ夕方の5時半か。
「バイトは8時に終わる。必要なら、連絡先を教えてもらえれば後で電話するよ」
「分かりました」
雛白がスマホを取り出し、アプリで友人登録画面を出した。
あぁーやばいな、レジが並び出した。
携帯を雛白に渡す。
「雛白さん、登録したら持ってきて!」
「あ……しかもガラケー……」
そのまま8時まで客足は途絶えず、最後までレジでさばききった。コーヒー効果すごい。そして、雛白はいつの間にかいなくなっていた。
――
バイトの帰り道に、いつもの公園に立ち寄った。
夜は誰もいない静かな空間だ。
2つ並んだベンチの左側、ここが俺の家族のお気に入りの場所だった。母さんの作った唐揚げとおにぎりを、よくここに座って食べていた。今このベンチに座るのは、俺一人になってしまった。
俺は未だに家族を殺した犯人を許せていない。
もし出会ったら、我を失うと思う。
以前テレビで、息子を殺された父親が少年院で講演会を開き、『頼むからもう人を殺さないでくれ』と土下座をしていたのを見たことがある。
あの映像に俺は衝撃を受けた。少年院の人達も動揺して、多くの少年達が精神的に不安定になったそうだ。
あの父親は、一体どんな気持ちで土下座なんてしたんだろう。未だにその意図が分からないのは、俺がまだ子供だからだと思いたい。
深く深呼吸をする。
「……ふぅ」
『いい子ね、蒼ちゃん……少し落ち着いた?』
「あぁ。今から電話する」
パカっと開いた携帯のアドレス帳を眺める。
親戚の叔父さん以外で登録しているのは、持田と先生、児童見守り隊の事業所。そして……雛白結。俺のアドレス帳にも、ついに女子の名前が記載された。しかもあの雛白だ。まぁ雛白も見守り隊みたいなものだろうが。
「もしもし」
《……もしもし》
「望月です。今バイト終わりました。時間あるよ」
《もしもし、誰ですか? もしもしもし?》
……ん?
「雛白さんじゃないの? 俺だよ俺」
《――お姉ちゃん! ちょっとこれ男の人……プツッ》
あぁ、もしかして雛白の妹か何かか。
俺を通報しようとした子かもしれない。
少し待つと、折り返しの電話がかかってきた。