07 何を見つめるタイプなのか
「――もしもし望月です」
《雛白です。ごめんなさい、姪っ子が勝手に電話に出てしまって》
「いや、俺の方こそ待たせてしまってごめん。それで用事って何?」
電話しながら、いつものベンチで仰向けに寝転がる。傍目で見ると、確かにこれは浮浪者だな。
《はい。えぇとまず先生からですが、私の家と望月さんのバイト先が近いので、夏休みの間にこっそり様子を確認しておいてほしいと頼まれました》
「こっそりって、それを俺に言っていいの?」
《はい、望月さんでしたら伝えた方がちゃんとしてくれると思ったので。どうやら、特待生として選んだ学校側の事情もあるみたいです。次の試験で一桁順位を取れば何も問題ないそうですが、夏休みの間に反省しているかどうかも私に確認してほしいと》
「それは……先生にも悪い事をしたな、反省します。雛白さんにも随分と損な役回りを。ご迷惑をお掛けします」
《いえ、私は大丈夫ですから。その代わり、ちゃんと勉強してくださいね。望月さんは一桁順位は取れそうなんでしょうか?》
「やるだけやってみるよ。一応特待生でも成績トップで入学したらしいし。雛白を軽くちょちょっと追い抜くぐらいは何とかなるかもな」
《ふふ、言いますね。楽しみにしてますよ。私より上の順位になったら、私に勉強を教えてくださいね?》
凄いな、電話越しでも声のトーンだけで雛白の可愛さが想像できてしまう。というか、声も特徴的で可愛いんだよな。
「分かった、任せとけ」
《それと一応確認ですが、今どちらにいますか?》
「――んん!? か、帰り道だけど」
いや待て、その質問をするという事は分かっているんじゃないか。意地悪か。
《ふふ、気を付けて帰ってくださいね。それと――いえ、何でもありません。あまり無理はしないでくださいね。先程は顔色も良くなかったですし、今日はご自宅でゆっくり休んで下さい》
「……ありがとう、そうするよ。自分の事を心配してくれる人がいるのは何だか新鮮だな。先生にも雛白さんにも迷惑かけないように頑張る」
《……っ!》
「それじゃまた明日。お休み、雛白さん」
《……はい、お休みなさい……ツーツー》
ふぅ。
『良かったね、蒼お兄ちゃん』
「……そうだな、滅茶苦茶やる気でたよ。どうやら今の俺は周りの人に恵まれているらしい」
原因は自分の試験結果が悪いからだけど。
でも多分、家族も見てくれてるんだと思う。
そう考えるとサボる気も起きない。
そして自宅に戻り、家族の写真に祈った。
この夏休みは大事な稼ぎ時だ。できれば数ヵ月分を稼いで、2,3年生になった時の勉強の時間を確保しておきたい。
俺になりたい職業や行きたい大学があるわけでは無い。大体高校1年生で将来なりたい仕事が決まってる人間は、俺の周りじゃ持田ぐらいだろう。今俺が考えているのは、良い学歴と奨学金が欲しいという程度だ。
『お父さんは学校の先生で、お母さんは元女優さんだったっけ?』
「そうだな」
どちらも人前に立つ仕事だ。目立つ事には勇気がいるけど、子供は好きだし教えるのも好きだ。しかし、精神病持ちという点でどう判断されるか。
「二者面談で話す将来の目標は、とりあえず教師にする。大学は教員免許が貰えて奨学金制度の手厚い私立になるな」
『頑張ってね、蒼お兄ちゃん!』
あぁ、何かみなぎってきた。
魚肉ソーセージ食べて宿題やろう。
――
二者面談は何の問題も無く終了した。俺が立てた夏休みスケジュールを先生に渡し、次のテストで10位以内を約束した。だが『頑張れば何だかやれる気がするんです』という怪しい台詞を吐いてしまった。
そして今日は、一学期の終業式の日。
これから長い夏休みが待っている。
学園の生徒は皆、どこか浮足立っていた。
持田も同様らしい。
「蒼、夏休みはどうするんだ?」
「バイトと勉強かな」
「お前学生だろう? もっと遊ばないと駄目だぞ」
「学生の本分は勉強だろ」
「違うよ、全然違うよ蒼くん。てもまぁお前は特待生だしな、仕方ねぇか。せめて1日ぐらいは遊ぼうぜ、俺は夏休みの後半はこっちにいるから」
「……そうだな、予定が空いたら連絡するよ」
ふとした瞬間に澪や志乃さんに声を掛けてしまわないかが心配だが、持田なら多分誤魔化せるだろう。
「そういえば蒼、雛白さんが入学してから何人に告白されたか知ってるか?」
「知らないな。10人ぐらいか?」
いや、もっといそうだな。
この前は他校の生徒が雛白を待ち伏せしている姿を見かけたし、先日は先輩達が雛白に話しかける姿も見かけた。
それを周りの女子達が制止している様子は、さながら護衛のようだった。声をかける男の中には、女子達がイケメンや王子様と黄色い声を上げる相手もいた。
「それが俺も知らないんだよ」
「おい持田、何で聞いた」
「知ってたら教えてほしいと思っただけだ。……しかし蒼、そんな雛白さんが今日もこっちをじーっと見てるぞ。ここまでくると、もはや有難いなぁ」
「そうだな……」
雛白は以前と変わらず頻繁にコンビニへとやって来る。一言二言会話する程度だから特に気にもされていないだろう……と思っていたが、学校では相変わらずこちらをじーっと見ている。あの可愛さで見つめられるのは、いつまでたっても慣れない。それに、最近は何だか悲しげな眼をしている。
それに最近は、雛白の周りにいる女子達もこちらをチラチラと見るようになった。妙に落ち着かないが、鋼の心を持った勇者の持田はそうでもないようだ。
「何なんだろうな一体」
「蒼のバカ! あの視線を見て見ろよ。俺達に興味があるからこっち見てるんだって!」
むしろ興味なさ気だろう。
「俺達のどこに興味を惹く部分があるんだ?」
「それは……逆に考えてみろよ。蒼は興味のない物をじーっと見つめるか? うんこした時に、自分のうんこをじーっと見つめるか?」
「持田と雛白さんの考え方は違うだろ。雛白さんはうんこを見つめるタイプかもしれないぞ」
「おい蒼、それだと俺達がうんこみたいじゃねぇか」
「かもしれないってだけだ。そんなに気になるなら、雛白さんに聞いてみたらどうだ?」
「分かった、聞いてくる」
本気かこいつ。
女子の間を縫って、持田が突撃した。
「……あ、あの雛白さん」
「はい?」
「雛白さんは自分のうんこを見つめるタイプですか?」
その台詞を最後に持田は静かになり、俺達は夏休みを迎えた。




