第17話 大型店の半額タイムセールは戦場である
夕方五時五十分。王都の庶民派大型店『モルガン商店』の惣菜コーナーには、どこか異様な緊張感が漂っていた。
フードを深めに被ったオルソンは、陳列棚の陰からターゲットをじっと見定めていた。狙うは『特製生姜焼き弁当』と『刺身の盛り合わせ』だ。どちらも定価では手が出しづらいが、六時ちょうどに貼られる半額シールが降臨すれば話は別である。
――位置取りは完璧。風上に立ち、店員の動きを察知する……。
これまでに数々の魔境をくぐり抜けてきた長年の戦術眼が、スーパーの惣菜売り場という限定的な空間で遺憾なく発揮されていた。周囲には同じく半額品を狙う主婦や近所の現場労働者たちが集まっている。彼らもまた、この過酷な生活戦場を生き抜いてきた猛者たちである。
ペタッ、ペタッ。
店員が黄色いシールを貼り始めた瞬間、周囲の緊張感がさらに跳ね上がる。
「いまだ!」
主婦の鋭い肘打ちを紙一重でかわし、巨漢の男が伸ばした手を滑らかな身のこなしで潜り抜ける。オルソンは戦場で重宝した歩法を発動し、目当ての生姜焼き弁当と刺身を一瞬で確保した。
「よし……完全勝利だ」
カゴに商品を収め、満足げにレジへ向かう。命を懸けた魔王討伐戦よりも、この半額シールを手に入れた瞬間の快感の方が、今のオルソンにはずっと愛おしかった。
買い出しを終えてアパートの古い階段を上がり、自室の重い扉を開ける。万年床の転がる殺風景な四畳半だが、今の彼にとってはどんな王宮の迎賓館よりも安らげる聖域だ。
卓上に戦利品を並べ、安酒の缶をプシュッと小気味よく開ける。香ばしい醤油と生姜の香りが漂う弁当を温め、まずは照りの良い刺身にワサビを軽くのせて口へと運んだ。
「ふう……やっぱり戦いの後の飯は美味いな」
半額の刺身を口に運ぶ元英雄の顔には、世界を救った時以上の達成感が満ちていた。冷えた酒でそれを追いかけ、甘辛い肉をご飯とともに口いっぱいに頬張る。
――大義名分や賞賛なんてなくても、美味い飯と酒があればそれでいい……他人は俺みたいな奴を「負け犬」と言うだろう……だが、それで一向にかまわない。なぜなら、安らぎを俺は欲していたのだから。
誰にも邪魔されない至福の晩酌を満喫しながら、元英雄は静かに夜の深まりを楽しんでいた。




