第93話「地下遺跡の発見と、三つ目の大陸の影」
それは、浴場の増設工事で見つかった。
凪の島リゾートの開業から二週間。予約の抽選制は順調に機能し、第一期の利用者十八名が満足して帰った後、ルークはギムリからの要望書を承認した。「浴場が一棟では足りない。もう一棟、岩盤を掘って露天風呂を作る」。ドワーフにとって風呂は譲れない案件らしく、要望書は三枚に及ぶ熱量だった。
掘削を担当したのは、ギムリと彼の鍛冶師二名。島の東側、小高い丘の斜面に露天風呂用の穴を掘り始めた。地表から二メートルほど掘ったところで、ギムリのツルハシが硬い何かに当たった。
岩盤ではなかった。
人工物だった。
「——ルーク殿。来てくれ。妙なものが出た」
ザックの伝令符がルークの手元に届いたのは、午前十時。ルークはサンアンド領の執務室で、アリスのリゾート運営報告書を読んでいた。報告書を閉じ、コーヒーを一口飲み、立ち上がった。
中継島までは、赤牙艦隊の定期便で半日。ルークは午後の便に乗り、日没前に島に着いた。
掘削現場に降りると、ギムリが腕を組んで待っていた。
「見ろ。この石材は、俺の知っている鉱物じゃない」
穴の底に、灰色の平面が露出していた。土と砂を払うと、滑らかな表面が現れる。石でも金属でもない。指で叩くと、低い共鳴音が返ってきた。
「これは蓋だ」ギムリが言った。「この下に空間がある。叩いた音の反響でわかる。かなり広い」
ルークは蓋の表面を観察した。均一な灰色。継ぎ目はない。一枚の素材から切り出されたか、あるいは注型されたもの。表面に文字や模様は見当たらないが、一箇所だけ——中央に、円形の窪みがあった。直径約十五センチ。深さ約二センチ。何かをはめ込むための溝。
「開けるか」ギムリが聞いた。
ルークはその間、蓋の周囲を歩き、地形を観察していた。丘の斜面。海抜約十五メートル。島の中では最も高い場所。浴場の候補地に選んだのは偶然だが、この位置に人工物が埋まっていたのは偶然ではないだろう。高台は、何かを守るための場所だ。
「よし。——開けろ。ギムリ、頼む」
ギムリが鍛冶師二名と共に、蓋の縁にツルハシの先端を差し込んだ。てこの原理で持ち上げる。灰色の蓋が軋み、砂埃が舞い、地面から切り離された。
蓋の下に、階段があった。
灰色の同じ素材で作られた階段が、地下へ向かって真っ直ぐ降りている。暗い。魔法灯を差し出すと、十五段ほど先で水平な床に変わっているのが見えた。
ルークは魔法灯を手に、階段を降りた。ザックが続き、ギムリが殿を務めた。
地下空間は、想像よりも広かった。
階段を降りきると、縦約二十メートル、横約十五メートルの長方形の部屋が広がっていた。天井の高さは約四メートル。壁、床、天井、全てが同じ灰色の素材で構成されている。湿気はあるが、水は溜まっていない。排水構造が生きているのかもしれない。
空気は澱んでいたが、呼吸はできた。階段からの外気が、ゆっくりと流入している。
部屋の中央には何もなかった。がらんとした空間。家具も装置も遺物もない。ただ——壁が、違った。
四面の壁の全てに、壁画が描かれていた。
「これは——」
ザックが魔法灯を壁に近づけた。光に照らされた壁画が、薄暗い地下室に浮かび上がった。
色は褪せていたが、判読できた。鮮やかだった頃は、青と緑と金色が主調だったのだろう。今は灰色がかった淡い色彩が残っている。しかし、線は明瞭だった。細い筆で、正確に描かれた線。
北壁。海の絵。広大な海が壁一面に描かれている。波の一つ一つが細かく、うねりの方向や潮の流れまで表現されている。そしてその海の中に——三つの陸地。
「大陸だ」ルークが言った。
三つの大陸が、海の中に浮かんでいた。
左側の大陸は、輪郭からしてエンドレア大陸だった。サンアンド領がある、ルークが最初に転移した大陸。形状は現在の海図と概ね一致している。
右側の大陸は、シャングリア大陸。ユイの故郷。浮遊都市と鍵盤のある大陸。これも海図と一致する。
そして——中央の下方に、三つ目の大陸があった。
エンドレアとシャングリアの間、やや南寄りの海域に位置する、見たことのない陸地。他の二つよりも小さいが、陸地であることは間違いない。輪郭ははっきりと描かれ、内部には山脈と河川と思われる線が走っている。
「三つ目の大陸……」ザックが呟いた。「現在の海図にはありません。エンドレアとシャングリアの間には、中継島以外の陸地は確認されていないはずです」
「沈んだのかもしれない。あるいは——まだ見つかっていないだけか」
ルークは壁画に目を凝らした。三つの大陸の間に、点線が引かれている。三本の点線が、三つの大陸を三角形に繋いでいた。
点線の上に、小さな文字が添えられている。文字は——読めなかった。エンドレアの共通語でも、シャングリアの上位語でもない。見たことのない字体。
「ザック、この文字を模写しろ。全部だ」
「了解であります」
ザックが壁に顔を近づけ、羊皮紙に一文字ずつ写し取り始めた。
ルークは次の壁に移った。
東壁。三つの大陸が拡大されて描かれている。それぞれの大陸に、記号のようなものが一つずつ配置されていた。
エンドレア大陸の上に——四芒星。
シャングリア大陸の上に——七芒星。
三つ目の大陸の上に——記号はなかった。代わりに、空白の円が描かれている。中身のない円。何かが入るはずの場所が、空のまま残されている。
「四芒星はエンドレアの標準的な魔法体系と一致します」ザックが模写しながら言った。「七芒星はユイ殿の刻印と同じ。——三つ目の大陸の空白は、何を意味するのか」
ルークは答えなかった。南壁に移った。
南壁には、三本の点線——三つの大陸を繋ぐ線——が、より詳細に描かれていた。点線ではなく、太い帯状の線。その帯の中に、階段のような構造が描き込まれている。
「海底の道……?」
ギムリが壁を撫でた。石工としての直感が、この絵の意味を読み取っていた。
「これは建造物だ。海の底に、道を通している。トンネルか、あるいは——橋のような構造体。三つの大陸を、海底で繋いでいる」
「海底の道」ルークが繰り返した。「三つの大陸を繋ぐ、海底の道」
北壁の海図と合わせれば、構造は明らかだった。エンドレア、シャングリア、そして未知の三つ目の大陸。この三つが、かつて海底の道で繋がっていた。物理的に。
ルークは腕を組んだ。
中継島の位置は、エンドレアとシャングリアのちょうど中間。そして南壁の壁画によれば、海底の道の交差点——三本の道が合流する地点もまた、この付近に描かれている。
中継島は、ただの無人島ではなかった。
三つの大陸を繋ぐ海底交通網の——中継点。
「中継島、という名前は偶然じゃなかったのかもしれないな」
最後に、西壁。
ルークは魔法灯を掲げ、壁画に光を当てた。
西壁の絵は、他の三面とは性質が異なっていた。海図でも大陸図でもなく——人物と、装置の絵だった。
壁の左側に、三人の人物が描かれている。それぞれが異なる服装で、異なる記号を手にしている。一人は四芒星を持ち、一人は七芒星を持ち、一人は——空白の円を持っている。三大陸の代表者だろうか。三人は横一列に並び、中央の何かに向かって手を伸ばしている。
中央に描かれているのは——装置だった。
箱型の装置。縦長で、上部に円形の投入口があり、下部に半円形の取出口がある。側面には歯車の意匠が刻まれ、装置全体が淡い金色で塗られている。
ルークの足が止まった。
三秒。
五秒。
七秒。
ルークは壁画を見つめていた。表情は動かなかった。口も開かなかった。
ザックが横から覗き込んだ。
「この装置は何でしょう。祭祀用の道具か、それとも——」
「わからない」
ルークは短く答え、視線を壁画から外した。
「——記録は全部取ったか」
「はい。四面全ての模写が完了しています」
「よし。今日はここまでだ。蓋を元に戻して、周囲を立入禁止にしろ。ギムリ、露天風呂の位置は変更だ。この丘の反対側に掘れ」
「了解だ。——しかしルーク、この遺跡は」
「調査は継続する。だが、急がない。まず記録を整理して、アリスとユイに解読を依頼する。文字の解読ができなければ、先に進めない。——手順通りにやる」
ルークは階段を上り、地上に出た。夕暮れの中継島に潮風が吹いている。海の向こうに、エンドレア大陸の方角。反対側に、シャングリア大陸の方角。そして——南に、何もない水平線。
三つ目の大陸が、あの水平線の先にあるのか。海の底に沈んだのか。それとも——まだ、誰にも見つかっていないだけなのか。
ルークはポケットに手を入れた。次元転移キーの金属片に指が触れた。冷たい。さっきまで体温で温まっていたはずだが、今は——冷たい。
残りチャージ時間を確認する気にはならなかった。
代わりに、西壁の装置の絵を思い出した。
箱型。投入口。取出口。歯車。金色。
——知っている。
あの形を、知っている。
しかしルークは、それを口にしなかった。ザックにも、ギムリにも、誰にも言わなかった。言えば、何かが動き出す。まだ動かすべきではない何かが。
今はまだ——情報が足りない。




