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第49話「窓ガラスの襲撃者と、一杯のコーヒー」


パァァァン!!


サン・アンド自治領、タワーマンション最上階の強化ガラスが、凄まじい轟音とともに粉々に砕け散った。

強風がペントハウスに吹き込み、書類の山が吹雪のように舞い散る。


「ルーク総督ゥゥゥ!! 貴様ァァァ!! ワシの城を、ワシの会社をよくもォォォ!!」


ガラスの破片を踏み躙りながら現れたのは、漆黒の魔王鎧をボロボロにし、ネクタイを振り乱した魔王ダイコクだった。目は血走り、手には巨大なウォーハンマーが握られている。国際ギルドにすべてを差し押さえられ、ついに単身で「物理的なクレーム(殴り込み)」にやってきたのだ。


「ルーク殿! 下がって!!」

アリスが聖剣を抜き、ザックが短剣を構えてダイコクの前に立ちはだかる。


「どけぇッ! 今日という今日は、その小賢しい眼鏡ごと叩き潰して……グハッ!?」


ダイコクがハンマーを振り上げようとした瞬間、彼の膝がガクンと折れた。

魔王の圧倒的なオーラが嘘のように霧散し、ダイコクはぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、ペントハウスの絨毯の上に大の字に倒れ込んでしまったのだ。


「……はぁ、はぁ……腰が……。それに、息が、続かん……」


「社長……。いや、ダイコクさん」


ルークは安眠チェアからゆっくりと立ち上がり、アリスとザックを手で制した。

「剣を収めろ。……彼はもう、戦いに来たんじゃない。ただの、限界を迎えた過労のオッサンだ」


ルークは給湯室(ガチャ産)に向かい、全自動コーヒーメーカーで丁寧に一杯のコーヒーを淹れた。深煎りの、ガテマラの豆を思わせるような、香ばしく重厚なコクのある一杯だ。

ルークはそれをマグカップに注ぎ、倒れ伏すダイコクの鼻先にそっと置いた。


「……なんだ、これは。毒か?」

「ただのブラックコーヒーですよ。魔剤エナジーポーションよりは、今のあなたの胃に優しいはずだ」


ダイコクは体を起こし、震える手でマグカップを受け取った。

ズズッ、と一口すする。


「……苦いな。だが、深い。……昔、徹夜明けの始発待ちで飲んだ、あの缶コーヒーの味を思い出すわい」

ダイコクの目から、不意にポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。


「ワシは……ただ、この魔王領という会社を、デカくしたかっただけなんだ」

マグカップを両手で包み込みながら、昭和の猛烈魔王はポツリポツリと本音をこぼし始めた。


「魔王領の環境は過酷だ。広大なマグマの熱を処理するための巨大な冷却(冷凍)設備や、ゴーレムを動かすための膨大な製造電力……。そのエネルギー管理とプロジェクトの推進を、ワシはたった一人で背負ってきた。足を止めたら、国が崩壊する。だから、気合と根性で24時間、現場に立ち続けたんだ」


ダイコクの肩が震えていた。

「部下にも同じ熱量を求めた。それが『正解』だと思っていた。だが……気がつけば、誰もワシの背中についてきてはくれなかった。皆、君のところの『ぬるま湯』に逃げてしまった……。ワシの、何が間違っていたんだ……」


ルークの胸の奥が、チクリと痛んだ。

ダイコクの語る、冷却設備や製造電力といったインフラのエネルギー管理、そしてそれを一人で抱え込み、詳細な改善計画に追われるプロジェクトの、あの逃げ場のない「胃の千切れるようなストレス」。


それは、ルーク自身がかつて深く知っていた地獄そのものだった。

手段は違えど、ダイコクもまた、責任感という名の重圧と一人で戦い続けてきた、不器用な中高年プロジェクトマネージャーに過ぎなかったのだ。


「……間違ってなんかいませんよ、ダイコクさん」


ルークは、自分のマグカップを手に取り、ダイコクの隣に腰を下ろした。

「あなたのその熱意とハードワークがあったからこそ、魔王領という巨大なインフラは今日まで維持されてきた。その実績エビデンスは、誰にも否定できない」


ダイコクが、涙で濡れた目でルークを見上げた。

令和の事なかれ主義と、昭和の猛烈社員。

全く相容れないはずの二人の間に、同じ「働く男」としての、言葉を超えた静かな共感が生まれようとしていた。


第50話(最終回)「事なかれ主義の合意形成ウィン・ウィン

「……だが、ダイコクさん。気合と根性には、物理的な限界(寿命)があります」


ルークはコーヒーを一口飲み、静かなトーンで切り出した。

「属人的なハードワークに頼るシステムはいずれ必ず破綻する。あなたが倒れれば、魔王領は終わりだ。……そろそろ、落としどころ(合意形成)を探りませんか?」


「落としどころ、だと?」

「ええ。このまま国際ギルドの裁定が進めば、100億の未払い残業代で魔王軍は完全に倒産(消滅)します」


ダイコクが悔しそうに唇を噛む。しかし、ルークは思いがけない提案を口にした。


「当自治領は、国際ギルドへの『未払い残業代請求』および『資産差し押さえの仮処分』を、全面的に取り下げます」


「なっ……! ほ、本当か!?」

ダイコクが身を乗り出す。アリスとザックも「ルーク殿!?」と驚きの声を上げた。


「その代わり、条件があります」

ルークは眼鏡を中指で押し上げた。


「魔王領とサン・アンドで、エネルギーおよび製造インフラの『業務提携ジョイント・ベンチャー』を結んでいただきます」


「業務提携……?」

「ええ。当方から、最新の論理的な問題解決フレームワークと、詳細なエネルギー改善計画システムを提供します。これにより、魔王領の冷却設備や製造電力の効率は劇的に上がり、現在の『6割の労働時間』で同じ生産量を維持できるようになる。……つまり、あなたも部下も、もう24時間働く必要はなくなるんです」


ダイコクは呆然とルークを見つめた。

敵国を完全に滅ぼすチャンスだったにも関わらず、ルークは魔王領の経営再建案――それも、ダイコクが最も苦しんでいた「エネルギー管理と労働時間の削減」という根本的な課題の解決策を提示してきたのだ。


「なぜだ……。なぜ、そこまでしてワシの会社(国)を助ける? 君に何のメリットがあるんだ」


ルークは苦笑した。

「メリットは大ありですよ。魔王領が倒産して大量の難民(失業者)がこの街に押し寄せてきたら、私の仕事が天文学的に増えますからね。それに……」


ルークは窓の外、自分がガチャと効率化で作り上げた、平和で活気のあるサン・アンドの街並みを見下ろした。

「私一人でこの巨大なサプライチェーンを管理するのにも、限界が来ていたんです。ダイコクさんのような『現場の叩き上げの熱意』を持った強力なビジネスパートナーがいてくれた方が、結果的に私の仕事も楽になる(サボれる)。……そういうことです」


ルークは右手を差し出した。

「お互いの強みを活かし、無駄な残業を減らして、利益を最大化する。……共に、世界最高のホワイト経済圏を創り上げましょう、ダイコク社長」


ダイコクは、差し出されたその手と、ルークの穏やかな顔を交互に見つめた。

やがて、そのゴツゴツとした大きな手で、ルークの手を力強く握り返した。


「……ガハハハ! 負けた、完全にワシの負けだ! 令和のビジネスマンは、恐ろしく合理的で、そして……誰よりも情に厚いな!!」

ダイコクの顔には、憑き物が落ちたような、清々しい笑顔が浮かんでいた。


こうして、異世界を二分するはずだった魔王と総督の最終戦争は、一本の剣も交えることなく、一杯のコーヒーと「ジョイント・ベンチャーの設立」という極めて平和的な合意形成によって幕を閉じた。


数年後。

エルドリア大陸は、サン・アンド自治領と魔王領の強力な経済提携により、かつてない平和と繁栄の時代を迎えていた。

魔王ダイコクは「定時退社」の素晴らしさに目覚め、週末にはゴルフではなくサウナで汗を流す「好々爺」へと変貌を遂げた。

アリスやザックも立派な経営幹部として育ち、街の運営は完全に自動化された。


そして、サン・アンドのタワーマンション最上階。

今日も絶対安眠チェアには、アイマスクをして穏やかな寝息を立てるルークの姿があった。


「事なかれ主義」で楽をして生きたいと願った心が弱いおっさんは、その強烈な保身と少しばかりの優しさで、見事に世界を救い(ホワイト化し)、念願の「究極のぬるま湯」を手に入れたのである。

最後までお読みいただきありがとうございます。


もし「日本では当たり前になりつつ倫理観で無双するのも面白いな」「憧れのホワイト経営の先が気になる」と少しでも思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけると大変励みになります。


まだまだこれから続きます!最後までお付き合いください

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