第19話「粉飾決算の看破と、完全なる出向(左遷)」
翌日。王都の王城、大広間。
ルンデルハウス大公の最終査問会議が開かれていた。
「見よ、この帳簿を! 大公領の税収と、国庫への納入額に『金貨一万枚』ものズレが生じておる! これぞ横領の動かぬ証拠!」
バルバトス侯爵が、勝ち誇った顔で分厚い羊皮紙を突きつけている。大公派の貴族たちは反論できず、アリスの父である大公は青ざめて俯いていた。
「もはや申し開きはできまい! 衛兵、大公を捕らえ……!」
「お待ちください」
大広間の重厚な扉が開き、響き渡ったのは、底冷えするような平坦な声だった。
アリスを伴って現れたのは、仕立ての良いスーツ(のような黒い礼服)に身を包み、分厚いバインダーを抱えたルークである。
「な、なんだ貴様は! 外部の人間が神聖な会議に……!」
「私は大公家の『外部監査役(ただの助っ人)』として参りました、ルークと申します」
ルークは侯爵が突きつけた帳簿を手に取ると、パラパラと一瞥し、鼻で笑った。
「侯爵閣下。こんな『単式簿記(お小遣い帳)』で、大公ほどの国家予算を監査しようとは、王室の経理レベルも随分と牧歌的なのですね」
「な、なにぃ!?」
ルークはバインダーを開き、徹夜でザックに書き写させた「エクセル風・複式簿記」の巨大な表を、会議の円卓にバサリと広げた。
「ズレが生じている金貨一万枚。これは横領ではありません。領内の治水工事に対する『インフラ投資』として処理されており、すでに今年度の『減価償却費』として適正に計上されています。つまり、帳簿上の利益が減っているだけで、キャッシュ(現金)が消えたわけではない。これは基礎的なファイナンスの概念です」
「げ、げんか……なんの魔法の呪文だそれは!」
侯爵が顔を赤くして吠える。
「さらに」ルークの反撃は止まらない。
「侯爵閣下が提出された、この監査資料。よく見ると、調査費用として『裏ギルドへの工作資金』らしきものが『交際費』として計上されていますね。これは明らかに税法上の損金不算入……つまり、侯爵閣下ご自身の『粉飾決算』および『脱税』の証拠となりますが」
「なっ……!?」
侯爵の顔から一瞬で血の気が引いた。ルークは、敵の提出した証拠書類の中から、逆に敵の不正を数式と論理の力で暴き出したのだ。
「そんな馬鹿な! そのような難解な数字のカラクリ、誰も理解できるはずが……!」
「理解できなくても、事実としてここに数字が合致しております。……違いますか?」
ルークが冷徹な視線を向けると、侯爵派の監査官たちは、その完璧すぎる帳簿の前に誰一人として反論できず、目を逸らした。
勝負は決した。
「衛兵! バルバトス侯爵を、国家反逆および横領の疑いで拘束しなさい!」
アリスの凛とした声が響き、侯爵は崩れ落ちるように連行されていった。
数時間後。大公の執務室。
「ルーク殿。貴方のその知略がなければ、大公家は今頃滅んでいた。なんと礼を言えばよいか……!」
アリスの父、ルンデルハウス大公が、ルークの手を固く握りしめて感涙にむせいでいた。
「いえ、私はただ『数字の辻褄』を合わせただけでして……(これでギルドが燃やされずに済む、よかった)」
ルークは愛想笑いを浮かべながら、早く辺境のぬるま湯に帰りたくてウズウズしていた。
「しかし、今回の件で王都は魔窟だと痛感した」
大公が深刻な顔で、アリスを見る。
「アリスよ。お前は真っ直ぐすぎる。このまま王都の中枢にいては、いずれまた侯爵のような輩に謀殺されかねん。……お前には、真の『生き残るための政治力』を学ぶ必要がある」
「父上……」
「ルーク殿!」
大公が突然、ルークに向かって深々と頭を下げた。
「我が娘アリスを、貴方のギルドへ『出向(※事実上の左遷兼保護)』させてはいただけないだろうか! 期間は無期限。貴方の側近として、その深遠なる帝王学を学ばせてやってほしい!」
「えっ」
ルークの笑顔が固まった。
「よろしいのですか、父上!」アリスの顔がパァッと輝く。
「はい! ルーク事務長の『エグゼクティブ・アシスタント(専属秘書)』として、ギルドのコンプライアンス維持に一生を捧げる覚悟です!」
(ちょっと待て。なんで俺の直属に、王族の超武闘派エリートが常駐することになってるんだ!?)
ルークは内心で激しくツッコミを入れたが、相手は大公である。ここで断れば、不敬罪で首が飛ぶかもしれない。
「……喜んで、お引き受けいたします」
ルークは引きつった笑顔で、そう答えるしかなかった。
かくして、王家のお家騒動は、事なかれ主義のおっさんによる「書類上の暴力」によって解決された。
そしてその代償として、ルークの辺境での平穏な生活には「絶対に逆らえない超強力なVIPの専属秘書」が、物理的に居座り続けることになったのである。




