第99話「試験区域の混乱と発見」
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試験区域の設定に三日かかった。
外縁部の一角、住居二十棟分のエリア。住民は四十七名。うち信用ゼロの非労働者が三十一名、低信用の労働者が十六名。ナオもこの区域に含まれている。
ルールは単純にした。
一、時間台帳は維持する。一時間の労働は従来通り一時間分の時間信用を生む。最低保障も変更なし。
二、時間信用とは別に、「評価信用」を導入する。誰かの仕事に対して「良い」と思った者は、自分の時間信用から一定量を「評価信用」として相手に渡すことができる。
三、評価信用は市場で時間信用と同等に使用できる。
四、評価の強制はない。渡すも渡さないも自由。
五、三十日後に全参加者の時間信用・評価信用の推移を分析し、継続か中止かを判断する。
ルークがルールを書き、ザックが清書し、ユイがムーリアの文字に翻訳し、エルダが四十七名の住民に説明した。
初日。何も起きなかった。
二日目。何も起きなかった。
三日目。何も起きなかった。
四十七人の住民は、ルールを聞いたが、動かなかった。三千年間の慣習は、三日では変わらない。非労働者は相変わらず何もせず、低信用の労働者はいつも通りの作業を続けた。評価信用の移動はゼロ。
「ルーク殿、動きません」ザックが七日目の報告で言った。
「動かなくていい。——待て」
八日目。ナオが動いた。
広場の展示に触発されたのか、試験区域の小さな空き地に、新しい珊瑚彫画を置いた。海藻の森と発光魚。前作よりも大きく、より繊細。
九日目。空き地の前に、三人の住民が立っていた。
十日目。そのうちの一人——信用ゼロの二十代の青年が、ナオに声をかけた。「これは、きれいだ」と言ったらしい。ユイの通訳による。
そして——その青年が、自分の時間信用から半時間分を、ナオに「評価信用」として渡した。
最初の一件。
十一日目。ナオが青年に、小さな珊瑚の魚を一つ渡した。お礼だと言って。青年はそれを自分の部屋の壁に飾った。
十二日目。隣の住民が青年の部屋を訪ね、壁の珊瑚の魚を見て、「自分も欲しい」と言った。
十三日目。ナオのところに、三人が並んだ。
十四日目。五人。
十五日目。ナオは追いつかなくなった。一日に作れる珊瑚細工は一つか二つ。需要が供給を超えた。
十六日目。ナオが、別の非労働者——二十歳の女性マリに、珊瑚の削り方を教え始めた。
十七日目。マリの最初の作品ができた。稚拙だったが、海星の形をしていた。ナオが「いい」と言った。マリはその言葉を聞いて——笑った。
ザックが報告書に書いた。「笑顔確認。ムーリア滞在以降、ナオ以外で初」。
十八日目。珊瑚細工だけではなくなった。信用ゼロだった老人が、海藻を使った編み物を始めた。通常の衣服用の海藻布ではなく、色の異なる海藻を組み合わせた装飾品。腕輪のようなもの。試験区域の女性二人が「きれいだ」と言い、評価信用を渡した。
二十日目。試験区域の市場に、新しい品目が並び始めた。珊瑚細工。海藻の装飾品。貝殻を磨いた置物。干し魚の新しい調理法——塩だけでなく、海藻の汁で味付けしたもの。
評価信用の流通量が、時間信用の流通量を上回った日だった。
二十二日目。問題が起きた。
試験区域の外から、住民が見に来るようになった。中心部の労働者が、作業の合間に外縁部を訪れ、ナオの彫画を見て、海藻の装飾品を手に取る。しかし——彼らは試験区域の住民ではないため、評価信用を持っていない。時間信用で買おうとするが、試験区域の品目は評価信用でしか取引されていない。
摩擦が生じた。
「なぜ買えないんだ。同じムーリアの住民なのに」
コンラートのところに苦情が来た。
ルークはコンラートと協議し、対応を決めた。試験区域の品目は、時間信用でも評価信用でも購入可能とする。ただし、評価信用での購入者には優先権を与える。
二十五日目。試験区域外の住民が、自発的に評価信用のルールを導入し始めた。コンラートの許可を待たず——自分たちで。漁師の一人が、特に良い魚を獲った同僚に時間信用を渡し始めた。「これは評価だ」と言って。
二十七日目。コンラートがルークの部屋を訪ねてきた。
一行だけ書いた。
「『止められません。——広がっています』」
「止める必要はない。——広がるべくして広がっている」
「『しかし——格差が生まれています。ナオの評価信用は、試験区域内で最も多い。次いでマリ。一方で、まだゼロの者もいます』」
「ゼロの者は——何もしていないのか」
「『いいえ。——何をすればいいかわからないのです。三千年間、全てが等価だった世界で、突然「自分の価値」を問われて、答えられない者がいるのは当然です』」
「当然だ。——だから、強制はしない。時間がかかる者にはかければいい。最低保障は変えていない。信用がゼロでも飢えない。その上で、やりたいことを見つけた者が自分のペースで動けばいい」
コンラートの目が、ルークの顔をじっと見ていた。
「『あなたは——本当に、すぐに答えを出さない人ですね』」
「品質管理の基本だ。急いで出した答えは、だいたい間違っている」
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