雨と紫陽花と、赤い花の秘密? 前編
その日は朝から、ずっと雨だった。
ぽつぽつ、ぽつぽつ。
しとしと、しとしと。
村の屋根を優しく叩く雨音は、いつもより世界を静かにしている。
外は遊べない。
土の匂いが濃くなるこの季節、ミーナはいつものように庭を駆け回ることもできず――
今日は、お家で本を読む日。
ソファにもたれて、小さな足をぱたぱた揺らしながら、熱心にページをめくっている。
「この季節に咲くお花は……あじさい!?」
ぱぁぁ、とお顔が輝いた。
どうやら季節の花の本らしい。
「にぃに、あじさいが見たいのです」
ぱたん、と本を閉じて、ミーナはルークを見上げる。
「紫陽花かぁ……森の中ならどこかで咲いてるかもなぁ」
ルークは少し考えながらも、すぐに微笑む。
すると――
「行くのです。紫陽花探検隊、なのです!!」
すっ、と立ち上がり、びしっと敬礼ポーズ。
それを見ていた猫たち、いつもなら
『探検!? まかせるのにゃ!』
『ミーナの護衛、任せるにゃ!』
――と大騒ぎなのだが。
今日は。
『……雨、ぬれるにゃぁぁ』
『肉球が……冷たい泥いやにゃん……』
『ふとんの上でごろごろしていたい季節なのにゃ……』
全力でテンション低い。
「猫たち、完全に梅雨仕様だな……」
ルークは苦笑したが、次の瞬間――
「仕方がないなぁ。じゃあ、俺が一緒に行くか!」
その言葉に、ミーナはぱぁぁぁっと花が咲いたみたいに笑い、
「にぃに、だから好きなのです!!」
――ぎゅぅうっ。
小さな両腕で、思いっきり抱きつく。
ルークの脳が一瞬止まる。
(……なに、この天使!?)
兄、幸せである。
しろやくろ達も、布団の上でごろごろしながら
『……天使』
『……尊い』
とか言っている。もう少しやる気を出してほしい。
雨具を整え、森へ向かう。
森の空気は少しひんやりしていて、雨のしずくが葉を伝って落ちていく音が、まるで鐘みたいに静かに響く。
「しっとりして、静かな森だね」
「うん……でも、なんだか不思議で、きれいな感じなのです」
ミーナは長靴でぴちゃ、ぴちゃと水たまりを踏みながら進む。
そして――
「見ろ、ミーナ。あれが紫陽花だぞ」
ルークが指差した先。
そこには、雨に濡れて輝く紫陽花の群生。
青。
紫。
桃色。
雨粒を抱いた花びらたちが、まるで宝石のように咲き誇っている。
「わぁぁぁ……!!」
ミーナは目をきらきら輝かせて駆け出した。
「青に、ピンクに、むらさきに……!
いろいろな色があるのですっ!」
嬉しそうに花と花の間をくるくる回る。
「こら、滑るから気をつけろよー!」
ルークは笑いながら後を追う。
そんなとき――
「にぃに……」
ミーナの足が止まった。
指さす先。
紫陽花の群れの、少し奥。
「……あそこのあじさいだけ、真っ赤なのです」
そこには――
青でもなく、紫でもなく、
燃えるように 鮮やかな赤 の紫陽花が、一株だけ静かに咲いていた。
周囲の柔らかな色の中、その赤はあまりにも浮いていて――
まるで、血の色のように。
森の音が、一瞬だけ遠のいた気がした。
ルークが、ゆっくりと口を開く。
「ミーナ……知ってるか?」
冗談めかした声。だけど、どこか怖い雰囲気を混ぜて。
「赤い紫陽花の下には――」
ミーナが、ごくりと息をのむ。
「――死体が埋まっているんだ」
雨音だけが、森に響く。
「…………え」
ミーナの肩が、小さく震えた。
赤い紫陽花は、雨に濡れながら、ただ静かに揺れている――
つづく。




