62.汚染の元凶を探せ
二十年前。
この湖は澄んだ清い水で満たされていた。
湖の精霊であるウルネがいたことで、雨水や川から流れてきた水が浄化され、より清い水に変化していた。
その水は地面へ染みこみ、湖を中心として広く大地に浸透。
豊かな自然を育てる重要な役割を担っていた。
ウルネの存在がマードの町にもたらした恩恵は大きい。
彼女がいなければ、今ほど作物は育たない。
町の人たちの生活と彼女の存在は、密接に関わっていた。
故に町の人たちは、彼女の存在に感謝し、崇め敬い日々祈りを捧げていた。
そんな関係に終わりが訪れる。
どちらに非があるわけでもない。
彼女が人間を見限ったとか、人間が彼女を忘れたとか。
そういう理由ではなく、始まりは異変だった。
湖の水が、何かに汚染され始めた。
些細な変化でしかなく、これといって人体に影響はでない。
ただ、作物への影響は現れていた。
その年の作物は成長が遅く、実りも悪かったのだ。
とは言え稀に不作な時期もあり、町の人たちは大して気にもしなかった。
ウルネは違う。
湖の水は、自身の棲家であり依代。
身体の一部と言っていい水が、何かに犯されている。
その不快感は人間が理解できるものではないが、身体の中に異物が入り込んでいる感覚に近いだろう。
そしてその異物は、徐々に身体を蝕んだ。
湖の水によって得ていた恩恵が消えていく。
彼女自身の存在も薄れ、次第に姿も見えなくなってしまった。
「私の力が弱まったことで、雨を降らせることも出来なくなりました」
「それで湖の水が枯れてしまったんですね」
「はい」
なんという悪循環だ。
元の原因は彼女自身でも、町の人たちでもないということか。
「原因はわかっているんですか?」
「詳細はわかりません。私自身、それを見たことがありませんので」
「それ?」
「魔物です。この湖の地下深くに魔物が棲みついています。それも大きく、淀んだ力を持った魔物です」
彼女の話によると、湖に流れ込んできた不純物は、魔物の魔力に近いものだったらしい。
魔物の魔力は、人間と比べても濃く重たい。
人間の魔力を水だとするなら、魔物の魔力は濁りきった泥水と言える。
そして精霊は魔力の集合体だ。
それも特に澄んだ魔力で構成されている。
魔物の濁った魔力が混ざり込めば、存在を保てなくなるのもその影響だった。
「じゃあ試練っていうのは、その魔物を倒すことですか」
「はい」
ウルネは頷き答えた。
争いを好まないという発言にはいささか矛盾を感じるけど、それが町や彼女自身を救うことになるのであれば。
「わかりました。俺たちに任せてください」
魔物による被害、汚染は人々の暮らしを脅かす。
それはいずれ歪みを生み、負の感情の発端に繋がるだろう。
小さなすれ違いや間違いが積み重なって、大きく取り返しのつかない方向へと進む。
そうして呪いの王は誕生したのだから、これもまた、彼を呼び起こさないために必要なことだと思う。
「みんなもそれでいいか?」
「うん!」
「師匠についていきます」
「町のことも、放っておけない」
満場一致。
元々そのために、ここへ来たようなものだ。
「よし。ここに地下へ通じる穴を掘ってもいいのかな」
「構いません」
ただの独り言のつもりで呟いた言葉に、ウルネが了承してくれた。
俺は感謝を口にしてから腰を落とし、両手を地面につける。
「三人とも下がって。それと揺れるから転ばないように」
さて、どこまで掘れば通じるか。
「グランドイーター」
大地を食らい飲み干す魔力の顎。
グランドイーターは空間を削り取る魔法で、地形を崩して足場を奪う。
強力な魔法だし、穴掘りに使うことなんて基本的にない。
たぶん俺だけなんじゃないかな?
偉大な魔法使いソロモンでも、こんな雑な使い方はしなかっただろう。
そう思うと、ちょっと申し訳ない気もする。
「――音が途切れたな」
削る音が消えた。
どこか空洞に当たった証拠だ。
「降りるぞ」
三人が頷く。
俺はウルネにも挨拶をする。
「じゃあ行ってきます」
「はい。よろしくお願いいたします」
そのまま穴へと落下する。
風の魔法を使い上昇気流を生み出し、落下の速度を制御しながら。
マナが明かりを灯してくれているから視界は良好だ。
着地し、良好な視界で見なくとも伝わる。
「何……これ」
アリアが不気味がる。
たどり着いた洞窟の四方に、紫色の粘液が纏わりついていた。






