59.消えた精霊
月明りが綺麗な夜。
シスターと俺は、教会の前で話している。
暗い夜中の密会は、やましいことがなくても何だか気が引けるな。
「ユーストスさん、お伝えする前に謝罪をしなくてはなりません」
「えっ……どうしたんですか?」
話の最初から、彼女は申し訳なさそうな表情を見せる。
謝罪と言ったが、謝られるような出来事に心当たりはない。
キョトンとする俺に、彼女は口を開く。
「ユーストスさんが抱えている事情に関して、私ではお力になれないかもしれません」
「それは……どういう意味です?」
「……お探しの精霊様……ウルネ様はもういらっしゃらないかもしれないのです」
彼女は続けて説明した。
湖に住まう精霊、その名前はウルネ。
髪の青い美しい女性の姿をした精霊で、この近くにある大きな湖に住んでいた。
「住んでいたのは間違いありません。私も以前にお会いしたことがございます。とても綺麗で、優しいお方でした」
シスターは過去形で語る。
というのも、会ったのは子供の頃の一度だけ。
それ以降、現在に至るまでの約二十年余りの間、一度も顔を見せてはくれないという。
「私だけではありません。町の方々が訪れても、その姿をお見せにはなられなくなりました……」
「それっていつ頃からですか?」
「私が最後にお会いしてからすぐだったので、二十年ほど前です」
そんなにも長く……
アリアたちも、精霊がいることは知っていながら、会ったことはないと言っていた。
会ったことがないのは偶然とかではなく、そこにもういないから。
「詳しく説明してもらえますか?」
「はい……私の知る限りのことで良ければ」
俺は頷き肯定する。
彼女はポツリポツリと、その経緯を語り出す。
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事の発端、といっても憶測でしないが、始まりは二十年前。
彼女が最後に湖の精霊ウルネと会った日から始まる。
幼い彼女は、ウルネにあるお願いをするべく湖を訪れた。
「ウルネ様!」
精霊を呼ぶのに、特別な儀式など必要ない。
心に邪なものがない者が名を呼べば、彼女は応え姿を現す。
「サリエナね。どうしましたか?」
「ウルネ様にお願いがあってきました!」
この頃の彼女はまだ、両目ともハッキリ見えていたらしい。
「言ってごらんなさい」
「はい! 町のみんなが困ってます! 最近水が足らないな~って言ってました! だからウルネ様にまた水を恵んでほしいのです!」
湖の精霊であるウルネは水を司る。
水は作物を育てるために必要不可欠であり、間接的に豊作を司る存在でもあった。
湖から大地に水を送ったり、湖を中心とした一定範囲であれば、雨すら降らせることも出来る。
町の人たちはその力を頼って、これまでに同じようなお願いを何度もしていた。
ウルネはそれを快く引き受け、町の人たちを助けていたそうだ。
「……わかりました」
しかし、その日は少しだけ様子がおかしかった。
いつもならニコッと微笑み、快く引き受けてくれるのに、どこか辛そうな顔をしていた。
翌日、雨は降った。
お陰で作物は枯れずにすんだと、町の人たちは大喜びした。
幼い彼女も喜んで、ウルネにお礼を言おうと湖へ足を運んだ。
「ウルネ様のお陰でみんな喜んでます! ありがとうございました!」
シーンとする湖。
風が虚しく吹き抜ける。
「ウルネ様?」
呼びかけても、返事はない。
しばらく待っても、ウルネは姿を見せなかった。
幼い彼女はそのことを大人たちに伝えたが……
「ウルネ様もお疲れなのだろう」
「そうだ。きっと明日になればまた姿を見せてくださるよ」
そう言って大して問題には感じていなかった。
彼女もまた、大人たちの言葉を信じて安心していた。
しかし次の日も、ウルネは姿を見せない。
来る日も来る日も呼びかけたが、一向に姿を見せなくなった。
さすがに心配になった大人たちも集まって捜索したが、彼女の姿はどこにもない。
一月経って、一人の男性が異変に気付いた。
湖の水位が下がってきていたのだ。
数十年余りの間、一度たりとも減ることがなかった水が、明らかに減っている。
思い返せばあれ以来、雨は一度も降っていなかった。
さらに半年後。
湖の水位は、初めての人が見てもわかるほど減っていた。
露になった湖の縁を見て、町の人たちは悲しむ。
この頃からもう、町の人たちは思い始めていた。
「ウルネ様がどこかへ行ってしまわれたからだ……」
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「あれ以来、雨はあまり降らなくなりました。それでも作物は育つので良いのですが……」
「湖の精霊は帰ってきていないんですね」
「……はい」
彼女の目は、精霊がいなくなって以降に流行った病で見えなくなったらしい。
精霊の消失による影響は作物だけではなく、そこに住む人々にも及んでしまったようだ。






