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59.消えた精霊

 月明りが綺麗な夜。

 シスターと俺は、教会の前で話している。

 暗い夜中の密会は、やましいことがなくても何だか気が引けるな。


「ユーストスさん、お伝えする前に謝罪をしなくてはなりません」

「えっ……どうしたんですか?」


 話の最初から、彼女は申し訳なさそうな表情を見せる。

 謝罪と言ったが、謝られるような出来事に心当たりはない。

 キョトンとする俺に、彼女は口を開く。


「ユーストスさんが抱えている事情に関して、私ではお力になれないかもしれません」

「それは……どういう意味です?」

「……お探しの精霊様……ウルネ様はもういらっしゃらないかもしれないのです」

 

 彼女は続けて説明した。

 湖に住まう精霊、その名前はウルネ。

 髪の青い美しい女性の姿をした精霊で、この近くにある大きな湖に住んでいた。


「住んでいたのは間違いありません。私も以前にお会いしたことがございます。とても綺麗で、優しいお方でした」


 シスターは過去形で語る。 

 というのも、会ったのは子供の頃の一度だけ。

 それ以降、現在に至るまでの約二十年余りの間、一度も顔を見せてはくれないという。


「私だけではありません。町の方々が訪れても、その姿をお見せにはなられなくなりました……」

「それっていつ頃からですか?」

「私が最後にお会いしてからすぐだったので、二十年ほど前です」


 そんなにも長く……

 アリアたちも、精霊がいることは知っていながら、会ったことはないと言っていた。

 会ったことがないのは偶然とかではなく、そこにもういないから。


「詳しく説明してもらえますか?」

「はい……私の知る限りのことで良ければ」


 俺は頷き肯定する。

 彼女はポツリポツリと、その経緯を語り出す。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 事の発端、といっても憶測でしないが、始まりは二十年前。

 彼女が最後に湖の精霊ウルネと会った日から始まる。

 幼い彼女は、ウルネにあるお願いをするべく湖を訪れた。


「ウルネ様!」


 精霊を呼ぶのに、特別な儀式など必要ない。

 心に邪なものがない者が名を呼べば、彼女は応え姿を現す。


「サリエナね。どうしましたか?」

「ウルネ様にお願いがあってきました!」


 この頃の彼女はまだ、両目ともハッキリ見えていたらしい。


「言ってごらんなさい」

「はい! 町のみんなが困ってます! 最近水が足らないな~って言ってました! だからウルネ様にまた水を恵んでほしいのです!」


 湖の精霊であるウルネは水を司る。

 水は作物を育てるために必要不可欠であり、間接的に豊作を司る存在でもあった。

 湖から大地に水を送ったり、湖を中心とした一定範囲であれば、雨すら降らせることも出来る。

 町の人たちはその力を頼って、これまでに同じようなお願いを何度もしていた。

 ウルネはそれを快く引き受け、町の人たちを助けていたそうだ。


「……わかりました」


 しかし、その日は少しだけ様子がおかしかった。

 いつもならニコッと微笑み、快く引き受けてくれるのに、どこか辛そうな顔をしていた。

 翌日、雨は降った。

 お陰で作物は枯れずにすんだと、町の人たちは大喜びした。

 幼い彼女も喜んで、ウルネにお礼を言おうと湖へ足を運んだ。


「ウルネ様のお陰でみんな喜んでます! ありがとうございました!」


 シーンとする湖。

 風が虚しく吹き抜ける。


「ウルネ様?」

 

 呼びかけても、返事はない。

 しばらく待っても、ウルネは姿を見せなかった。

 幼い彼女はそのことを大人たちに伝えたが……


「ウルネ様もお疲れなのだろう」

「そうだ。きっと明日になればまた姿を見せてくださるよ」


 そう言って大して問題には感じていなかった。

 彼女もまた、大人たちの言葉を信じて安心していた。

 しかし次の日も、ウルネは姿を見せない。

 来る日も来る日も呼びかけたが、一向に姿を見せなくなった。

 さすがに心配になった大人たちも集まって捜索したが、彼女の姿はどこにもない。


 一月経って、一人の男性が異変に気付いた。

 湖の水位が下がってきていたのだ。

 数十年余りの間、一度たりとも減ることがなかった水が、明らかに減っている。

 思い返せばあれ以来、雨は一度も降っていなかった。


 さらに半年後。

 湖の水位は、初めての人が見てもわかるほど減っていた。

 露になった湖の縁を見て、町の人たちは悲しむ。

 この頃からもう、町の人たちは思い始めていた。


「ウルネ様がどこかへ行ってしまわれたからだ……」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「あれ以来、雨はあまり降らなくなりました。それでも作物は育つので良いのですが……」

「湖の精霊は帰ってきていないんですね」

「……はい」


 彼女の目は、精霊がいなくなって以降に流行った病で見えなくなったらしい。

 精霊の消失による影響は作物だけではなく、そこに住む人々にも及んでしまったようだ。


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