49.この時を待っていたよ
優しい声が脳裏に響く。
蝶がヒラヒラと舞うように、言葉が通り過ぎていく。
君のお陰だ。
どうか私に任せてほしい。
聞こえる声に耳を傾ける。
全身の力が抜け、委ねるように意識が遠のく。
知っているのは、彼が英雄の一人であるということ。
俺の意識の奥深くで、彼らの力と一緒に見守っていてくれた。
そんな彼が、任せろと言っている。
ならば、託してみよう。
「任せたぞ――ローウェン」
倒れ込む俺の身体を、美しい蝶が包み込む。
「ああ、任せておくれ」
蝶が散っていく。
そうして姿を現したのは、俺ではない。
数千年前、呪いの王を討伐した六人の英雄。
その一人にして、【幻魔】と呼ばれた男。
「ローウェン……だと?」
「やぁ。久しぶりだね、呪いの王」
ローウェンは穏やかな表情で語り掛ける。
対する呪いの王は、冷静さを残しつつ顔をしかめていた。
「どういうことだ? なぜお前がここにいる」
「なに、綺麗な花畑には美しい蝶が似合うだろう?」
質問の答えになっていない。
眉間にしわをよせる王と、不敵に笑うローウェン。
「真面目に答える気はないよ。だって私は、君のことが嫌いだからね」
「ふっ……そういう飄々とした所は変わらぬな」
「そうとも。私は変わらない。あの時のままずっと――君を滅ぼすことだけを考えてきたのだから」
無数の蝶が舞う。
藍色に光る羽が、キラキラヒラヒラと花畑を彩る。
「まやかしが……目障りだ」
「そう邪険に扱わないほうが良い。まやかしだって、いずれ現実になるかもしれないよ」
ローウェンが生み出した蝶は全て幻術だ。
彼は優れた魔導士であり、幻術を得意とする魔法使いでもあった。
偽りの現実を構築し、騙し、欺くのが幻術使い。
だが、彼の場合は少し違う。
彼が生み出した幻は、ただの幻で終わらない。
無数の蝶が呪いの王に近づく。
ひらりと肩にとまった直後、彼の肉をえぐり取る。
「ぐっ」
「美しい花に棘があるように、私の蝶は肉を食らうのさ」
蝶が肉を食らうなど、本来はあり得ない。
まやかし、偽り。
それらを生み出し、彼は現実に変えてしまう。
彼が幻術で生み出したものは、実態を持つ幻覚。
幻でありながら、その存在を強く証明する新たな生物となる。
故に彼は――幻魔と呼ばれた。
「こんなものでぇ!」
「無駄だよ。今の君では、私の蝶を振りほどけない」
ローウェンは待っていた。
幾千年の時を過ごし、ただ一時を待ち続けた。
「ようやく……ここまでたどり着いた」
呪いの王は強くなっていた。
人間が増え、負の感情も増えたことで、より強い状態で復活を遂げた。
ローウェンは予想していたんだ。
そして、俺を……俺の中にいる彼らの力を信じた。
例え強くなろうとも、彼らの力であれば対抗できると。
そうして、呪いの王はギリギリまで呪力を削られていた。
万全の状態であれば、ローウェンの力は通用しなかっただろう。
全てはこの瞬間があってこそ。
だからこそ、彼は俺に言ったんだ。
感謝するよ――ユーストス。
「ぐおあ……こんなことで我は滅びぬ!」
「いいや、残念ながらここまでだよ。君は滅ぶんだ」
蝶が全身を蝕んでいく。
肉体の再生が追いつかず、いたずらに呪力を消費しているようだ。
このままいけば、呪いの王は消滅する。
俺と彼らの念願が叶う。
「滅ぶ……我が……」
が、ここで終わるのなら、かの英雄たちは命を落としていなかっただろう。
「そうか。ならば道づれだ」
蝶の群れがはじけ飛ぶ。
一瞬のうちに膨れ上がった呪力で切り裂かれた。
花が枯れ、大地が震えている。
あの時と同じだ。
自らの死を悟り、その恐怖を呪いの力へ変換している。
最後の力を振り絞って、俺たちに最大の呪いをかけようとしているんだ。
「結末は変わらぬ! お前も、器となった男も呪い殺してやろう」
「ああ、そうだね。君はそうするだろう」
対するローウェンは冷静だった。
なぜなら彼は一度見ている。
見て知っている。
守れなかった後悔も、一人残された孤独も全て。
「最後に勘違いを正しておこう。私の役目は、君を最後まで削ることで、倒すことではないよ」
「何を言って――」
「君を倒すのは、彼の役目だ」
そう言って、蝶が集まり散る。
任せたよ。
と、ローウェンは俺に言う。
「ありがとう」
「お前は――」
「待たせたな。これで本当に最後だ」
全て見てきたのは、ローウェンだけじゃない。
俺も知っている。
彼が現れた時点で、俺はこうなることを悟っていた。
だから備えていたんだ。
俺がじゃない。
俺の中にいる彼女の無念が、今度こそ守り抜けと叫んでいたから。
白い光が俺の身体を包む。
聖女の力の源は、神への祈りだ。
祈りとは願うことで、人がもつ想いの力と言える。
呪いと祈り。
似て非なる二つの力は、対極に位置している。
故に、聖女の力は呪いを弾く。
呪いの力を行使しても、俺の身体が浸食されないのは、祈りの力で中和していたから。
「馬鹿な! 我の力を寄せ付けぬなど……」
増幅する呪いの力。
それを真っ向から相殺し続ける祈りの力。
どちらも想いの力であるのなら、この結果が意味するのは――
「なぜ……」
「簡単だろ。お前の想いより、俺たちの想いのほうが強かった。ただそれだけの話だ」
幾千年の想い。
彼らの無念は、確かに晴らされた。
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