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見慣れた景色ではあるが、長らく訪れていない場所。
そして握った手にある小さな柔らかい感触。どこか懐かしさもあるそれの正体を確かめようと目を向けると見慣れた、そしてもう二度と見ることができないはずの顔が見え、ここが夢の中だと海斗は理解した。
「奈菜……」
伊澄奈菜。自らの足と共に失った妹の名前。
「おにーちゃん……」
はあはあと荒く息を吐く奈菜、そして背後から聞こえてくる異音。その二つで海斗は今自分が置かれている状況を理解する。
「糞ッ、またかよ」
これは海斗が初めて白鯨と出会った日の夢。それは最愛の妹を亡くしたその日だ。最近は見ることが無くなっていた悪夢。
「逃げるぞ、奈菜」
「う、うん」
後の海斗は知ったのだが、この日は非常に珍しく白鯨が二匹現れており当時のAMSFは一匹目の相手をしていたがために二匹目の上陸を許してしまっていた。
幼い奈菜の手を引いて一生懸命逃げる海斗。これが夢であり、ここで逃げ切ったところで現実世界で奈菜が戻ってくるわけではない。そうとは理解していても、逃げないわけにはいかない。むしろもう二度と会えないが故に、夢の中でぐらいは逃げ切って幸せそうな奈菜の笑顔を見たいと強く願っていた。
「大丈夫だ、守ってやるから」
時に足がもつれ転びそうになる奈菜を支えながら、足を止めることなく前へ前へと進み続ける。だが人の走る速度より白鯨の方が圧倒的に早い。
白鯨の巨大な口が全てを飲み込み、周囲のモノをその巨体が押しつぶす音とそれに伴う大きな振動が二人の恐怖心をあおりながら迫ってくる。
「お、おにぃちゃん……ぐすっ。怖い……」
「泣くなって。大丈夫だから」
背後から迫りくる恐怖に涙声で呼びかけてくる奈菜をなだめてやりたいが、そんな余裕は存在しない。握る手を絶対離すまいと強く握り体力の続く限り走り続ける。
だがしかしそれも長くは続かない。海斗より体力のない奈菜はやがて足がもつれてしまいその場に転倒してしまう。
「痛っ……」
足をひねってしまったようで、奈菜は立とうとしても痛みからしゃがんでしまう。海斗は何とか奈菜と共に逃げようとおぶって逃げようとした、その時。
二人の背後からこれまで見たことのない白い巨体が現れた。
白鯨は海斗たちの姿を確認すると、その巨大な口を開け二人を飲み込もうと迫ってくる。その口内は真っ暗であり、何も存在させない無を想像させ海斗はそれに思わず恐怖する。これに飲み込まれてしまえば死ぬ、というよりも存在が跡形もなく消し去られてしまうようなそんな一度も想像したことが無いような恐怖。
恐怖に魅入られ動けなくなってしまった海斗は隣にいる奈菜を強く抱きしめ共に死を待つだけとなってしまう。
が、それを嫌った奈菜は行動を起こした。
自分が生き残ることを考えずに、ただただ愛する兄を守ろうと精一杯力をこめて海斗を引きはがし外へと押し飛ばす。火事場の馬鹿力を発揮した奈菜の力に抵抗することもできなくその場から押し出された。
気が付いた時には少し離れたところで祈る奈菜と、その後ろで大きな口を開け獲物を食らおうとする白鯨の姿が見えた。
「奈菜ッ! …………」
思わず妹の名を叫ぶと、そこはもう現実世界だった。今見ていた夢の、過去では実際にあったあの後突き飛ばされた海斗は右足を白鯨に噛み切られながらもなんとか生還することに成功した。
飛び起きた海斗は思わず義足に触れ、今はもう失ってしまった奈菜に思いをはせる。
「夢の中でくらい助かる展開にしてくれってんだ……」
しばらくそのままでいた海斗はやがて寝汗で濡れたシャツを着替え制服の上着を羽織ると部屋を出た。そのまま外へと出ると星が夜空で輝いていた。
基地内を見まわっている者たちとすれ違いながら海斗が向かった先は射撃場だ。再度眠ろうとするとまた同じ夢を見てしまいそうで、どうせなら身体を動かそうと考えたのだ。
「なんだ寝れないのか?」
射撃場へ入ると顔見知りの受付に声をかけられる。
「ああ。何か銃貸してくれ、適当に撃ちたいんだ」
「随分と大雑把な注文だな。……なら、これとかどうだ」
そう言って背後にあるガンラックから持ってきたのはSCARと呼ばれるアサルトライフルだ。アメリカの特殊部隊等で使われていて実績のある銃だ。
「なんでもいいよ、別に。今はただ撃ちたいだけだから」
「つまんねえの。ならマガジンと弾がこれな。分かってるとは思うけど安全管理はしっかりしろよ」
「分かってる、ありがと」
銃を借りて海斗はシューティングレンジへと向かう。マガジンに弾を込め、リロード。
装着されていたACOGと呼ばれる中距離用のサイトを覗きターゲットに向けて発砲。昔のことを思い出したということもあり、その射撃はいつもより荒い。しかし練習のために撃っているわけではないため、海斗はむしゃくしゃした気持ちを晴らすために繰り返し続けた。
――。
貰った銃弾をすべて撃ち尽くしたころには眠気が戻ってきたこともあり、海斗はSCARを受付へ返すと自室へ向けてきた道を戻り始めた。
「リーダー?」
その途中で愛歌と出会う。
既に時刻は早朝となっており、この時間に会うと思っていなかった愛歌は嬉しさと疑問の入り混じった表情をしている。そこから少し視線を下げると、海斗があげたネックレスが早速つけられていることが確認できる。
「どうしたの、こんな時間にこんなとこで」
「ちょっと、寝れなくてな。眠気がくるまで撃ってきたんだ」
「大丈夫?」
「ただ眠れなかったってだけだよ」
「リーダーが寝れないときって妹さんの夢を見た時だって聞いたことあるんだけど……?」
愛歌の言葉に海斗は驚かされる。そのことを愛歌に話したことは無いはずだ。
「サラから聞いたのか」
サラも同じように昔のことを夢に見るらしく、そのことを相談されたときに海斗は自らのことも話していた。それ以外では人に話したことは無い。
「違うよ、好きな人のことなら何でも分かるんだもん。……なんて、言えたらいいんだけど。そうだよ、サラちゃんに聞いたの」
「わざわざ見栄を張るところか?」
「張るとこだもん」
不満を表すように頬をぷくーと膨らませる。
「愛歌を見てるとたまに妹を思い出すよ」
「え、私リーダーの妹さんに似てる?」
そう言われ、愛歌はぱっと笑顔に変わる。
「ああ、似てるよ。子供っぽいところとか」
「えーーー!?」
思っていたこととは違う返事に抗議するような声をあげ、じっと海斗を見つめる。ころころと変わる表情はやはり愛歌の魅力だなと再認識しつつ、そのことは決して口には出さない。
「私子供っぽくないもん!」
その言い方自体がそうなのだが、それを指摘しようとは思わなかった。
「…………ねえ、リーダー。もしよかったら妹さんのこと教えてくれないかな?」
「……」
「どんな子だったのかとか教えてもらえたらなー、なんて。あ、妹さんのこと思いだしちゃうと眠った時にまた夢に見ちゃうかもしれないし、リーダーが言いたくないなら全然かまわないんだけど」
海斗が返事をしないことに愛歌は口早にそう付け加えた。
「いや、いいよ別に。二回連続で夢に見たことはこれまで一回もないし。それに、誰かに話しておかないと俺が死んだときにあいつのこと覚えてるやつが誰もいなくなっちゃうしな」
そう言うと愛歌は一瞬悲しそうな表情をするがAMSFとして活動している以上は、どうしてもその危険が付きまとうためそこに口を出しても仕方がない。
「でも、眠いから少しだけな」
「うん、リーダーにそのあたりのことは任せるよ」
二人は近くにあったベンチに腰を下ろす。
「名前は奈菜だ、伊澄奈菜。二つ下の妹で、何でも食べるやつだった。特に甘いもの、チョコレートとかな」
もう何年も前のことだが、海斗は言い淀むことなくすらすらと愛歌に伝えていく。
初めて二人だけで出かけた時のこと、海斗が誕生日プレゼントをあげて凄く喜んでいたこと、初めて告白されたと大騒ぎで相談してきたときのこと。そしてもっと些細な好きな色や花、テレビ番組などのこと。
最初は少しだけのつもりだった海斗だが話しているうちに口が止まらなくなり、いつのまにか長い時間語ってしまっていた。その間愛歌はただただ相槌を打って静かに聞いていた。
そして海斗が話をやめたのは喉の渇きに気付いた時だ。
「悪い、つい話過ぎた」
「ううん妹さんの話聞けて嬉しかったし、リーダーがどれだけ大切に思ってたか伝わってきたよ。話聞けて嬉しかった」
「ならよかった」
「最後に……もう一つだけ聞いてもいい?」
おずおずと申し出る愛歌の頭を撫でてやりながら、先をうながす。
「リーダーは奈菜さんのことを忘れて生きていくことも出来たと思うんだ。その、今のリーダーの生き方が間違ってるとかそういうことじゃないんだけど、復讐のために生きていくなんて辛いし……悲しいよ。こんな死と隣り合わせの日常奈菜さんだってきっと喜ばない」
「そういや、この話してたときは愛歌居なかったな」
白鯨と戦う前にこの話をサラやレオンとして居た時はまだ愛歌がそばに居なかったことを思い出す。
「復讐ってのは自分の心の中にあるどうしようもない気持ちを吐き出す行為でしかない、だから奈菜が望む望まないってのはあんまり関係ないんだ。……って言っても最初は愛歌が言った通り忘れて生きて行こうと思ったんだけどな」
白鯨に対する復讐心はあったものの、白鯨を目の前にしたときの恐怖心が残っておりその時は何か行動に起こそうとは思えなかった、しかし。
「なんとかそのあと日常生活に戻ったんだけどふとした時に呼んじゃうんだよ、奈菜って。もういないのは分かってるはずなのに。それが何度も続いてある時気付いたんだ。俺はあの時のことを忘れることができないんだって」
「……強いんだね、リーダーは。私だったらそんなの辛すぎて……」
「強くなんかないよ、いつまでも妹のことを忘れられないんだから。それに、俺に言わせれば愛歌の方が凄いよ。白鯨戦の時はいつも助けられてるし、頑張ってるし」
海斗が白鯨戦の時復讐心にかられないのは努めてそうしている、というのもあるのだが耳元から聞こえてくる歌声の影響も大きい。すぐ近くに仲間がいて自分一人ではないと実感でき安心するのだ。
「えへへ、そう言ってもらえると嬉しい。でも、私が頑張れてるのはリーダーのお陰だからね」
「そっか」
「うん。……よーし、それじゃあそろそろリーダーにエネルギー貰ったから発散してくるよ!」
愛歌は「やるぞー!」と勢いよく立ち上がると、海斗に別れを告げて元気に走っていった。
「あいつの明るさは救いだな」
子供みたいだと言うと愛歌は怒るが、海斗はそれも一つの長所だと思っていた。
愛歌の姿が見えなくなるまでその場にいた海斗はやがて自室へと戻っていった。




