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SB教団と呼ばれる白鯨を崇拝する宗教団体がある。だが世間一般にはそれを信じているものはほとんどおらず、武装組織として認知されている。
そのSB教団が所持していた建物の強襲作戦から数日後。
先の戦いでの死者をともらいを終え、海斗は仲間と共に所属している基地内にあるバーへとやってきていた。
作戦には海斗たち以外の部隊も参加していたのだがそちらでも死者が出てしまい、この作戦でこの世を去ったのは三人となってしまった。負傷者はそれ以上の数だ。
海斗とサラ、そして残りの仲間である愛歌と岩動レオンはそれぞれグラスに注がれたギムレットを口にしたり、眺めたりと各々で楽しんでいた。
「それにしても真理まで居なくなるなんてね」
ギムレットを呷るとサラは顔を俯け気味に言った。
「真理ちゃん……うぅ、ぐずっ」
そして完全に顔を伏せてしまい、泣きじゃくってしまっている白髪の少女、愛歌。数日たつがまだ気持ちの整理ができていないのだ。
「……それで、今回も補充は無いんだって?」
その横で海斗とレオンは現状について話していた。
「こっちに回せる人員はいないって言われた」
レオンの問いかけに、人事部から聞いたことをそのまま伝える。
「おかわり」
「ったく。もうこれで四人だけになっちまったってのに」
「一番最初は今の三倍は居たもんね……」
分隊として設立されたオルカ隊だが、もはや人数は班といっていいほどの少なさにまで落ち込んでいた。一番最後にこの部隊に入ってきた愛歌を最後に戦死者がいくらでようと人員が増えることは無かった。
「あんまり自分を責めるんじゃねえぞ海斗」
「分かってる」
強襲作戦の前段階、あの施設に敵組織の幹部がいるという情報を手に入れるためにこれまでに犠牲になった者もいる。真理はそういったこともあり、犠牲を無意味なものにしたくなく単独行動にでたのだろうと海斗たちは思っていた。
それでも真理の自業自得だと気にしないでいられるほど薄情でもない。
「愛歌、落ち着いて」
「…………ぐすっ。みんなはよくそんなに落ち着いていられるね」
顔を上げた愛歌の目元は涙をため真っ赤になっていた。決して薄情者だと言っている訳ではなく、どうしたらこの辛さと向き合えるのかと問うているのだ。
「俺たちのことは見習わない方がいい」
「だな。人間らしくいられるならその方が圧倒的にいいぞ」
「?」
「俺たちは人としては狂ってるってことだよ愛歌。何人も、何十人もの仲間の死を見てきてだんだんと感じ方が鈍くなってきてるんだ」
苦楽を共にしてきた仲間が殺されれば、怒りも後悔も悲しみもする。過去に戻ってやり返すことができるのなら、それを死ぬ気で回避しようとすらするだろう。
しかし、言ってしまえばただそれだけだ。愛歌のように涙を流すほどには心を揺さぶられない。最初の頃は同じように泣きはらし、眠れない夜が続いた過去もあった。
「……そんなこと、ないよ。ぐすっ、こうして私の心配してくれてるんだもん。そんなこと言わないでリーダー」
「ありがとな。ほら、酒でも飲んで少しは気を紛らわとけ」
同じ部隊の仲間が戦死するたびに、残った仲間でギムレットを飲むことが恒例となっている。
「酔いつぶれたらちゃんと介抱してね」
そう言って愛歌はちびちびとグラスに口を付け飲み始め、数分と立たないうちにすやすやと寝息をたて始めた。愛歌は酒に酔いやすい体質なのだ。
「オルキヌス隊が捕まえた奴は?」
複数の部隊で行われた作戦だが、そのうちの一つである部隊が敵を捕縛することに成功していた。
「まだ何も聞きだせてないって。それに何か聞きだせたとしても裏をとらないとならないし、今回のことで慎重になるだろうから当分は音沙汰なしだろうね」
「おかわり」
「ま、だろうな。俺たちとしても軽率に作戦たてられたくはねえしよ」
「だね」
「あーあ。いつになったら平和になるんだろうなこの世界は」
レオンが叶うことのない夢だと分かった上で言う。
「そんな日がくれば、今までに死んでいった仲間も浮かばれるだろうね」
それを否定してしまうのは簡単だ。しかしそれは海斗たちのような者は誰しも望むことである。
SB教団との戦闘で死んでいくのは何も戦友たちだけではない。海斗たちが作戦を遂行するなかで流れ弾や誤射といった理由で、戦闘に関係ない民間人が巻き込まれることも少なくはない。
「おかわ」
「さっきから、飲みすぎだ」
サラに酒癖が悪いという印象は海斗には無い。表にはあまり出さないものの真理の死を気にしているということなのだろう。しかし、だからといってあまり飲ませ続けるのも体に良くない。バーテンダーからグラスを貰おうとするサラから奪いとる。
「む、左側からなんて卑怯。私がそっち側見えないの知ってるくせに」
サラのオッドアイは後天的なものだ。それを裏付けるようにして左の目元には大きな傷跡があるのだが、サラはそれを嫌って鷹のデザインをした刺青を左目の周りに入れて怪我を隠している。その怪我の影響でほとんど左目が見えていない。
目立つ傷はそれだけではあるが、しっかりと目を凝らしてみれば身体全体に他にも傷跡が刻まれていることはすぐにわかる。それを隠すためにもサラは肌があまり見えないように髪を伸ばし、厚着をして人前ではタイツを手放せない。
「飲むなとは言わないけどもう少しペースを落とせ」
「……分かった」
こくりと頷くサラにグラスを返す。
「これで狙撃は上手いんだからすげえよなサラは」
褒めるように軽くサラの頭を撫でながらそう言ったのはレオンだ。
「……別に両目でスコープ覗く訳じゃない」
それを嫌そうにしながらも、されるがままにして答える。振り払ったところで意味がないことを知っているからだ。
「そうだけどさ……まいいか。とりあえずお前もあんまり無茶はするなよ」
「奴らを殺しきるまでは死なないから、安心して」
サラはSB教団に囚われ人体実験をされていた過去があり、左目の傷もそれが原因である。そのため数年たった今でもSB教団のことを憎悪している。
「俺も人のこと言えないけど程々にな」
サラはSB教団に、海斗は白鯨にそれぞれ強い恨みを持っている。
「無理。それができるなら私はAMSFに所属してない」
AMSF。それはAntiMobyDickSpecialForce(対白鯨特殊部隊)の略称でその名の通り白鯨の処理を主な任務とし、近年ではSB教団の対処もする特殊部隊だ。
【奴らは私の身体を好き勝手に弄って色んな事をした。そしてそれだけじゃなく、私の目の前で大切な人たちにも同じことをして挙句の果てに殺した。私はそんなあいつらを絶対に許さない。殺す殺す殺す、絶対にあいつらの息の根を止めてやる。例外なく全員ッ】
それは昔とある理由から囚われていたサラを救出した後、始めて海斗とレオンそして真理に会った時にサラが言った言葉だ。
今ではその憎しみも消えてはいないものの落ち着いてはいる。それでも、一人の少女が人としての尊厳を犯され死を目の前にしたうえで、恐怖に支配されず復讐を採ったのだ。そう簡単に薄れるものではない。
「ま、だろうな」
レオンは他人事のように言う。
「あのなあ……」
「お前だって無理だろ? その足のこととか忘れられるのかよ」
その足、というのは海斗の左足のことを指している。白鯨の右足の膝から下を飲み込まれて以来海斗は隻脚だ。
「…………」
そしてこの時右足だけではなく、二つほど歳の離れた妹を亡くしている。AMSFに所属しているのはそれが大きな理由で、海斗が白鯨を憎む理由だ。最愛の妹と自らの身体の一部を失ったその憎しみは今でも残っている。
「ま、俺らの暗い話はこの辺で終いにしようぜ。故人との別れのために飲みに来てるのに余計に重くなるようなことを話すもんじゃねえさ」
そっとグラスを差し出す。
海斗はそれを受けて自身のグラスも差し出し、チンッと軽くぶつけるとギムレットを口に含んだ。




