4.VSモトカズ&カオルコ -初バトルはアンティルール
草原のような場所にナギサとモトカズは数m離れて向かい合うようにして立っていた。薫る風が足元の草木を揺らす。
ここがANOでのバトルフィールドか、とナギサは即座に理解する。今日はよく別次元に飛ばされる日だなぁ。そんな日は今まで経験したこと無いけれど。
基本ルールの説明はまだ受けていないが、前作と同じく相手のHPを0にすれば勝ちのシンプルなルールだろう。
それに目の前にいる人も自分と同じ初心者だ。色々確かめながら戦っていけばいい……と気楽に考えていたナギサの横でソウハが深刻そうに呟く。
「……不味いですね」
「何が?」
「このバトルのルールです。アンティルールになっています」
「……アンティ!?ってことは負けたら何か取られるの!?」
「そういうこった」
目の前のモトカズが意地の悪い笑みを浮かべてニヤニヤしていた。
「アンティルールで勝利した方は相手のカードを1枚ランダムで入手することが出来る。初心者に解説してあげるなんて、俺ってばやっさし~」
「だ、騙したな!」
「人聞きの悪いこと言うなよ?お前はちゃんと了承したじゃねえか」
「うっ……」
言われてみればその通りである。自分がバトルルールをちゃんと確認しておけば防げた事態だ。
勢いに流されるまま了承しなければ……。
「いくぜ!イグニッション!カオルコ!」
ナギサが自らの行いを反省している時だった。モトカズが何かを叫んだかと思うと、彼の身体が光に包まれ、横に跳ねた長い黒髪を持つ、槍持ちの少女が代わりに現れた。
衣装はスカートの付いた兵士服、頭には犬か猫のような耳がちょこんと生えており、目が若干垂れ目なせいか臆病そうな印象を受けた。
少女は何もない空間から出現するなりものすごい勢いで頭を下げた。
「ごめんなさい!うちのマスター、こういう戦い方しか出来なくてっ!本当にごめんなさい!私だって正々堂々戦いたいんですけど……!ごめんなさい!」
『うっせえぞカオルコ!』
ごめんなさい、という言葉を三度繰り返して使い謝罪する少女の背後から男性の顔のようなドット絵が出現し、そこからモトカズの怒鳴り声が聞こえた。カオルコと呼ばれた目の前の少女がモトカズのデーヴァなのだろうが、お互いの性格は全く違うようだ。
というより、目の前のオラついた青年が臆病そうな少女に変わった現象には驚きを隠せない。“デーヴァと人間が思考や感覚を共有して共に戦う”という今作のゲームシステムは聞いていたが、まさか文字通り人間とデーヴァがこうして一体となるとは……。
『お前もさっさとデーヴァとリンクしろよ。バトルが始まんないだろ?……まさか、基本的なルールを何も知らずにアリュビオンに来たってか?』
「すみませんナギサ君……。やはり戦闘の仕組みくらいは先に解説しておくべきでした。不覚です」
「いや、謝らなくていいよ。これに関しては僕の落ち度だしね」
モトカズのやったこととこちらを見下しているかのような態度は気に食わないが、バトルはもう始まってしまったのだ。
こうなったらやるしかない。ナギサは腰のホルダーから取り出したアクロスギアをかざし、先ほどのモトカズと同じように叫ぶ。
「イグニッション!ソウハ!……で、いいんだよな?――うおっ!?」
突如ナギサの身体が光に包まれる。そして光が収まると、ナギサが元々立っていた場所に青い髪の剣士、ソウハが立っていた。
ソウハが身に纏う衣装は先ほどまでの着物から変わっていた。
彼女の髪の色と同じ青を基調とした西洋風の衣装。ファンタジー物の小説やゲームでよく見る騎士が着ている制服のようだ。
アクロステージではデーヴァの服装を通常時の衣装と戦闘時の衣装を別々に設定することが出来る。ソウハは普段は和服だが戦闘時は西洋風の衣装に切り替わるよう、ナギサによって設定されていた。武器は相変わらず刀のままである。
そしてナギサは一体どこに消えたのかというと、また知らない空間にいた。
立っているというよりは宙に浮いているような感覚だ。今の自分はどうなっているのだろうか、それに答えるような形で、ソウハの声が空間に響く。
『ナギサ君は今、私と身体を共有している状態にあります。貴方が望めば、私と同じ視界を覗くことも――。くっ』
『身体を共有か……。それで、僕は何をすればいい?』
『目の前に私のステータス画面などが表示されていませんか?くっ。私の残り体力がいくらか、だとか、何のスキルが使用可能なのか、状況を、ちっ。確認しながら私に指示をお願いします。……っ』
言われて気付いたが、視界には先ほどまで見えなかったものが小さなパネルと4枚のカードが空中に浮いた状態で表示されている。
上部には謎のカウントが「09:40」「09:39」と1秒ごとに減少している。おそらくバトル中の制限時間だろう。カウントから考えると10分がこのバトルに設定された制限時間だと思われる。
その下に見える緑色の太い横棒がソウハのHPゲージだとすると、その周りを浮いているカードに書かれた「ザンテツスラッシャー:未チャージ」「スラッシュシュート:発動可」「パワーエッジ:発動可」「バリア:発動可」という文字列はバトル中に使えるスキルのことだろうか。
「未チャージ」となっている物は文字自体が薄くなっており、まだバトル中に使用は出来ないのだろう。ここは前作と同じ仕様だ。
『……ところで、さっきから何を唸ってるの?』
『分かりませんかマスター。ではこちらから見せます』
次の瞬間、ナギサの目の前に槍の先端が迫ってきた。突然のことに「うわっ!」と驚きの声を上げる。しかし今度は視界が右の方へと周り、槍による突然の攻撃は回避された。
『これもしかして、君の視界か……?』
『はい。戦闘の真っ最中です。見える範囲は調整が出来ます。私が戦ってる間に色々触ってみてシステムや設定に慣れておいてください』
『システムって……』
次の一撃も回避。そして槍の攻撃範囲から外れるかのように大きくバックステップ。
自分の手元に表示されているソウハのHPは僅かに減少している。色々と喋っている間に何度か攻撃を受けたのだろう。そこまで大きく減っているわけではないので、ダメ―ジは軽傷にとどまっているようだ。
しかし視界が少し上下に揺れ始める。これが今戦っているソウハの視界ならば肩で息をしているといった感じだろうか。
『もしかして疲れてる?』
「ええ、少し……。分かってはいましたが相手は初心者ではありませんね」
今度の声は空間に響く感じでは無く、肉声が聞こえたように感じた。おそらくソウハが自らの口で喋っているのだろう。自分と目の前の対戦相手両方に向けた台詞を吐くために。
少し離れた場所でそれを聞いた槍使いのカオルコはまた頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!わたし達は2週間くらい前からやってるので、ちょっと強いかもです!ごめんなさい!」
『一々言わなくていいんだよ、んなこと!』
「ご、ごごごごめんなさいモトカズさん!」
ごめんなさい、ごめんなさいを繰り返すカオルコとそれを叱るために現れるドット絵のモトカズ。
まるで漫才のようなやり取りにナギサは思わず苦笑するが、状況が状況なだけにあまり笑ってはいられない。
「やっぱりこんなことやめましょうよ。こんな戦い、わたし楽しくないです……。それに、ついさっき負けたからって他の初心者さんに八つ当たりは――」
『ええい、うるせぇ!とっとと終わらせんぞ!身体貸せ!』
「きゃっ、ちょっと!」
次の瞬間、カオルコが槍を構えてソウハに向かい荒々しく突撃してきた。その顔はさっきと同じで申し訳そうなままだったので、表情と動作が噛み合っていない。先ほどのやり取りから察するに、おそらくカオルコとリンクしているモトカズが彼女の身体を無理矢理動かしているのだろう。
ソウハはその攻撃を避けようとするも、体力の低下からか回避行動は間に合わず、槍の先端が右腕をかすめる。
「ッ!」
直後、ソウハのHPが僅かに減少した。
『続けていくぞォ!“乱れ突き”だ!』
「ごめんなさーい!」
カオルコが本日何度目になったか分からない「ごめんなさい」を言いながら、槍を何度も何度も高速で突き出す。
スキルカード「乱れ突き」による攻撃をソウハは必死にかわすが、その内の一撃がソウハの身体を捉えた。
……かのように思えたが。
『“バリア”!』
その一撃はソウハの身体を貫くことは無かった。胸のあたりを中心に半透明の円が出現し、槍はそれに遮られるようにして停止していた。
ナギサが咄嗟に防御用スキル「バリア」を発動させて攻撃を防いだのだった。間に合った、とナギサは胸を撫でおろす。
『スキルの使い方はもう理解したか……。色々と学ばれる前に倒そうと思ったんだけどな』
『システムはなんとなく飲め込めてきたよ。なんとなく、だけどね』
ソウハの背後からデフォルメされた凪紗の顔のドット絵が出現して、モトカズの呟きに答えるよう言った。
ソウハとカオルコの戦いの最中でナギサはスキルカードの使い方と視界の調整を学んでいた。
まず、視界はデーヴァと全く同じ範囲のものを共有するタイプ……ゲームで例えるならFPSの視点の様な物と、第三者の視点でデーヴァの背後を見るタイプ……これもゲームで例えるならTPSのようなものがあることが分かった。
前者の視点なら敵が自分のデーヴァのどこを狙って攻撃しているのかが分かりやすく、後者ならば自分のデーヴァがどのような動きをしているのかが分かりやすい、といったところだろうか。バリアのスキルでカオルコの連撃を防げたのはナギサがちょうど前者の視点で状況を見ていたことによるところが大きい。
そしてスキルの使い方、これは簡単だ。使用可能になったスキルカードに触れ、そのスキル名を口にすればいい。
「今のは良いタイミングでした。ぐー、です」
相変わらずの落ち着いた口調だが、ソウハが親指を立てて自分の中にいるナギサに感謝の意を述べる。表情はクールだが感情表現は豊か、というのがソウハのキャラ設定だ。
ピンチの状況には違いないが、ナギサの気分は徐々に高揚しつつあった。
これが、これが武器と武器のぶつかり合い。スマホで操作するのとは違う、相棒と共に戦っているこの感じ。
――そうそう、これだよ。これこれ。
『だがこれはどうだ!“フラッシュ・スピア”!』
カオルコがバッ、と後ろに後退したかと思うと、モトカズのスキル詠唱と共に、握りしめている槍の先端が白く光輝いた。
「あ、あの!頑張って避けてくださいね!」
(……やりにくいなぁ)
ナギサはものすごく戦いにくそうなカオルコに若干同情したがそんなことに気を取られている場合ではない。
次の瞬間だった。光を纏った槍が先ほどとは比べ物にならない速度で突き出され、ソウハの身体を――。
「ッは――!」
勢いよく貫いた。ソウハの身体は衝撃によって大きく後ろに吹っ飛び、宙を舞うようにして地面に落下する。
HPゲージが先ほどよりも大きく減少した。もう半分は余裕で下回っている。
ハァ、ハァ……とソウハの苦しそうな息遣いがナギサの耳に何度も響く。疲労とHPの減少によって身体を激しく動かすのはもう随分と辛そうだった。
「あっ、あの!もう降参した方がいいと思います!こうして一方的にやっつけるだけなのはわたしも好きじゃないですし……」
相変わらず申し訳なさそうな表情でカオルコが叫ぶ。その直後にドット絵のモトカズはククッ、と笑った。
『こればっかりはカオルコの言う通りだな。始めたばかりで何も積んでないお前達じゃ勝てねえよ。時間の無駄だからとっとと降参するんだな』
「……まあわたし達はそう言ってさっき別の初心者さんに負けてるんですけど…………」
『バカッ!黙っとけよそれは!』
「あわわっ!ご、ごめんなさい!」
降参。
確かに相手は経験者。対するこちらはANOの世界ではまだゲームのルールすらよく掴めていない初心者だ。勝ち目は無いに等しい。相手の言う通り時間の無駄だかもしれない。
それに辛そうなソウハを見ているのは胸が痛い。バトルのルールは大体把握できたことだし、取られるカードに関しては運が悪かったと諦めて、ここは降参してしまうか……?
「……なんて、思っちゃ駄目ですよ」
刀を杖代わりにして、ゆらり、とソウハは立ち上がる。
その瞳には諦めの色は無く、むしろここからが勝負だと言わんばかりに燃えていた。
「ナギサ君、ガンバ!」
『――――!』
自分の考えを読まれた気がして、凪紗は驚愕した。
フッ、とソウハが笑う。
「ナギサ君の考えることは大体分かりますよ。ちょっとでも気分が落ち込むとすぐに逃げようとする。……約束ですからね。『僕が弱音を吐いたら励ましてくれ』って」
『それって……』
鳴海凪紗という男は昔から諦めの早い人間だった。
興味本位で始めた遊びやスポーツも、少しでも上手くいかないとすぐに飽きた。勝負事では自分が圧倒的に不利になればとっとと投了する。
ナギサはそんな自分が嫌いだったが、あまり直す気にはならなかった。
それが原因で、トラブルまで起こしたのに。
――負けそうになったからって手抜きしてんじゃねえよ!だからお前と遊ぶのつまんないんだよ!
――大事な試合だったのに、お前のせいで雰囲気が台無しだ……!
だがやっぱり自分のそういうとこは気に入らないので、アクロステージを始めた時、自分の相棒になったAI……ソウハに一つお願いをした。自分が弱音を吐いたら励ましてほしい、と。
「“ガンバ!”って言ってくれたら嬉しいな。クールな娘から明るいワードが出てくると萌えるんだよね」
『>萌えですか』
アクロステージのサービスが終了する日まで、凪紗はコミュニケーション機能で何度かソウハに日々の愚痴を零したことがあった。2年時の文理選択で文系の科目を選んだのに文系の成績が悪かったのでもう文系を辞めたい、だとか。趣味で絵を描いてみたがあまりにも才能が無いことが分かったので辞めようかな、だとか。
その度にソウハはスマホのスクリーンに『>ガンバ』『>そう悲観的になることないですよ』『>諦めたらそこで試合終了ですよ』などと表示し続けた。
そしてナギサは毎回「じゃあもうちょっと頑張ってみようかな」という気になれた。結局のところ自分は誰かに構ってほしかっただけなのかもしれない。
そして、何度も見た励ましの言葉を初めて生の声で聞いた。
“ガンバ”。その言葉を使うように頼んだのはかなりくだらない理由だったが、それでもやっぱり嬉しかった。
『……けど、もうボロボロじゃないか!君のそんな苦しい姿を見るのは……』
「むぅ。私が勝ちたいと言ってるんだから私の意思を尊重してください。それにANOでのデーヴァのステータスはリンクしているプレイヤーの精神状態もかかわってくるんです。ナギサ君が弱気だと私も弱ってしまいます」
『そ、そうなんだ……』
「それに、バトルのことちょっと楽しいって思い始めてるんでしょう?じゃあ勝ちましょうよ。ここで勝ったら絶対もっと楽しいですよ」
『……ああ、分かったよ。それに君が勝ちたいなら協力するさ。……さて』
ナギサの口角が上がる。そしてソウハの口角も次第に上がった。もはやナギサは初心者狩りを吹っ掛けられたことなどどうでもよくなっていた。
正直言って強引に賭け試合に持ち込まれたことに対しては腹が立っていないわけではないが、よくよく考えてみれば、毎日のように顔を合わせている真の邪悪の煽りに比べればあんなのもの大したことは無い。
ソウハに言われた通りこの状況が少しだけ楽しいと感じたことは嘘ではない。
これが生のバトルか、と。武器を持って目の前の相手と技を駆使して真剣に戦い合う、それが楽しくてたまらなかった。
そして、長年……というほど長い付き合いがあるわけではないが、とりあえず馴染みのある相棒と共に勝ちたい。ようやくそう思った。
いつまでもやられているばかりでは楽しくない。どうせなら初試合は勝ちたい。
そして、自分を舐めてかかってきた相手を返り討ちに出来たら……きっともっと楽しいに違いない。
――そうだな!ガンバんなきゃな!
戦いのルールは分かった。ならば後は簡単だ。
ソウハは刀の切っ先をカオルコ達にわざとらしく向ける。
――さぁ、やろうか相棒!
『反撃開始だ!』
「反撃開始です!」




