6−2 山嵐 ‐この出会いは運命か、必然か‐
吸血鬼・山嵐は顔面に突き刺さった銀のナイフを掴み、地面にそれを叩きつけた。
目の前に立ちはだかる鬼狩り・タタラを見据え、ゴキリゴキリと首をならす。
「ふぅぅぅ……ッ!」
威嚇するかのように声をうならせた山嵐は、針の雨を放たんと前のめりになって背中をタタラに向けた。
「危な……!」
「目をつむって」
副団長は叫ぼうとしたが、それをかき消すかのように、タタラから忠告が入る。
直後に山嵐の背から放たれた幾千の針が、豪雨のごとくタタラに襲いかかる。
対してタタラは、陽光弾を取り出し一歩前の地面へそれを叩きつけた。
弾ける光と土の破片。それによって嵐の標準がずれ、針は木々や地面へと突き刺さった。
「ッ!」
光が止んだ瞬間には、タタラは既に斬鬼刀を構えて山嵐のすぐ目の前に迫っていた。
水平に斬鬼刀を振るうタタラに、山嵐は背中の針を伸ばしてタタラの一撃を防いだ。
あの針は遠距離だけでなく、近距離にも特化できるのだろう。さらにもう一本、大きな針を生やし、左右からタタラを攻め立てた。
タタラは大きく飛び上がってその攻撃をかわすと、空中で体をひねり山嵐に向かって急降下した。
体重を乗せた上段切りを喰らった山嵐の巨大は裂け、地面に沈む。
人間……ましてや子供とは思えない身体能力に、副団長は思わず息を飲んだ。
「ウヌアァッ!!!」
倒れた山嵐が、四つん這いになりながら背中の針をタタラへ飛ばす。
襲いかかる針を右に左にかわし、タタラは山嵐の懐に潜り込む。
握りしめた斬鬼刀を山嵐の腹に突き刺して、そのまま振り抜き横腹を切り裂いた。
山嵐の腹から鮮血が飛び散る。
やがて地面に膝をつく山嵐に、タタラがトドメを刺そうと肉迫した、その時だった。
「ッ⁉︎」
突如、地面から射出された針が、タタラの体を裂いた。
タタラはいち早く地面の違和感を感じ取っており、バックステップでギリギリ致命傷は避けたものの、その体には小さな傷ができていた。
針を警戒し、迂闊に近づくのをやめたタタラに向けて、山嵐は嘲笑のようにクツクツと笑っていた。
ここは鬼狩りの里と目と鼻の先。兵士たちを襲う前に鬼狩りを警戒して、この辺り一帯に“一定の衝撃に反応して、針になって射出する骨”を仕込んでおいたのだ。
形勢を逆転した山嵐は、再び針の雨をタタラに向けて放つ。
迫る針の雨に、タタラは斬鬼刀をまるで風車のように刀身を高速回転させて針の雨を弾き、身を守った。
しかし、所詮は壁ではなく刀なので限界はある。回転の間を縫って針の一本がタタラの頬をかすめた。
血の熱が頬を伝う。タタラは針を弾くことで、一瞬だけできた針の雨の隙間を縫って木に飛び乗った。
しかし、トラップは地面にしかないという浅はかな考えは、直ぐに裏切られた。
タタラが飛びつき手をつけた木から、先ほどのトラップと同じように針が射出されたのだ。
斬鬼刀で数本は防がれたものの今度こそ直撃し、無残に宙を舞うタタラにトドメを刺そうと、山嵐は狙いを定める。
が、タタラは最初に斬鬼刀で防いだ勢いを失い未だ宙に漂う針を、再び斬鬼刀で弾いた。弾かれた針たちは、主である山嵐の方へと一直線に向かっていく。
「ッ⁉︎」
自分のトラップが利用され驚愕する山嵐は、タタラに弾かれた針に貫かれた。
吸血鬼を倒せる斬鬼刀の素材は、吸血鬼の骨。つまり、山嵐自身の骨から形成された針も、ダメージになり得る。
「グゥッ!!」
血反吐を吐きながらも山嵐は、それでも狙いを定め直す。
どうやらさっきのが、最後の悪あがきだったようだ。タタラは木にへばりつき、身体中血に染まっており虫の息だ。
あと一、二本でも倒せると山嵐は確信した。
しかし、タタラはポイッとあるものを山嵐へ投げつけた———陽光弾である。
「目ッ!?ガァァァァアッ!!!」
狙いを定めるためにタタラを凝視していたため、放たれた陽光弾の光を直視してしまった。
タタラは掴まっていた木を蹴って、もがき苦しむ山嵐の下へ飛ぶ。
血を流し力の入らない体を飛ぶ勢いに任せ、すれ違い様にタタラは山嵐の首を斬り裂いた。
山嵐の苦痛に歪めた顔が宙を舞い、地面に落ちる。残った体も首が離れたと同時に、パタリと地面へ落ちた。
森に静寂が戻った。
副団長は今の戦いを見て、太陽のような光が弾けたり、針が飛んだり、地面から放たれたり、子供がまるで妖怪のように森を駆け巡ったりという、摩訶不思議な光景に理解が追いつかないでいた。
当のタタラは小瓶の薬を飲み、傷ついた自分の体に傷薬を塗り、包帯を巻いて応急処置を施している。大人でもあれだけの傷を追えば動けなくなるものなのだが、そこはやはり彼らの身体的特性なのだろう。
応急処置を終えたタタラの視線は、副団長へ向けられる。
ようやく思考が戻り、思わずハッとなった副団長は急いで姿勢を正し礼を言った。
「助かった。君のおかげで命拾いした……よ?」
タタラは礼を言う副団長の横を素通りした。
タタラの視線は副団長ではなく、彼の背後にいる部下たちの骸に向けられていたのだ。
「あ……」
骸となった部下たち、彼ら一人一人の大きさに地面を掘り始めるタタラを見て、副団長は「そうか、優しい子なんだな」と思った。
タタラは随分と手慣れた手つきで地面を掘り進めて行く、立場上そういったことが起こりやすいのだろう。
小さなその背中に、年不相応の大人びた虚しさが映る。
「すまない。ありがとな、本当に」
地面を掘るのを手伝い、改めて礼を言うもタタラの返事はない。黙って兵士たちを埋葬してくれる彼に、副団長は静かに涙を流していた。
兵士たちを埋葬し終え、副団長はついてきてくれた部下たちに礼と謝罪の想いを込めていた。
「すまなかったな、生かしてやれなくて」
副団長の部下たちは全員、兵士になった時点で国に命を捧げる覚悟ができていた。
しかしやはり、ともに釜の飯を食べた仲間が死んでしまうというのは悲しいことに変わりはない。
「お前らの家族に、ちゃんと謝罪しなきゃな」
正直のところ、持ち帰ってちゃんとした墓へ埋葬してやりたい。しかし今は任務中であり、この一件が国の存亡に関わるかもしれないのだ。
部下の魂を送り終えた副団長は深く息を吐き、ゆっくりとタタラの方へ振り向く。
少し離れた場所で、タタラは先刻倒した吸血鬼を袋へ詰めていた。
異常な光景に、副団長は思わず口を押さえた。これも彼らの風習の一つなのだろうか。
身体能力と回復力もさることながら、鬼狩り一族は人間とはかなり異なる存在だと再認識させられる。
気持ちを落ち着かせて、副団長は袋を詰め終えたタタラと改めて向き合う。
「君は……鬼狩り一族、って奴なんだよな?」
コクリッ、タタラは無言で頷いた。
顔もこちらに合わせもしない。警戒しているのだろうかと、副団長は頭を悩ませる。
すると、タタラは吸血鬼を詰めた袋を持ち上げ、チョイチョイと手招きした。
「案内、してくれるのか?」
「ここから先は、結界が張られてるから」
ようやく二言目が聞けた。
森の中を歩き進める、無愛想なタタラの背中を追いかける。
(結界……噂には聞いていたが)
封魔峰はある種の聖地として厳重に守られているのは本当だったのか、と副団長は子供の頃に聞かされた御伽噺の信憑性に感動した。
「って、いいのか?そんな場所に俺を入れて?」
まだなにも話していないというのに、すんなり案内してくれるタタラに疑問を抱く。
「好きでここに来る人はいない」
「確かに」副団長はここまでの険しい道のりと、吸血鬼に襲われたことを振り返ってそう思った。
「……長からの命で、俺の仕事はあなたを無事里に連れて行くこと。それだけ」
副団長は、素直にタタラに従うことにした。
本来ならば始めて見知る者に簡単に心を許すものではない。だがこのタタラに対しては、命を救ってもらい、部下を埋葬してくれた恩もあるため、余計な警戒は不要であり失礼だと副団長は感じていた。
「そうだ……」
ピタリとタタラの足が止まる。
まだなにかあるのかと、思わず身構えるが…
「あなた、名前は?」
タタラにそう聞かれ、副団長は思わず笑みを浮かべて答えた。
「俺の名は、“ウォレス”。レオネル王国特殊兵師団副団長の、ウォレスだ」




